桜餅の葉っぱ愛好会
| 正式名称 | 桜餅の葉っぱ愛好会 |
|---|---|
| 略称 | 葉愛会 |
| 設立 | 1987年 |
| 設立地 | 東京都墨田区向島 |
| 目的 | 桜餅の葉の保存・鑑賞・研究 |
| 会員数 | 約1,240人(2023年推定) |
| 機関誌 | 『葉脈通信』 |
| 活動拠点 | 向島百花園周辺の和菓子文化会館 |
| 関係分野 | 和菓子学・嗜好文化・民俗保存 |
桜餅の葉っぱ愛好会(さくらもちのはっぱあいこうかい)は、に用いられる葉を保存・鑑賞・再利用することを目的として結成されたの愛好団体である。しばしば「葉の側から和菓子文化を再定義した会」とも呼ばれ、末期ので生まれたとされる[1]。
概要[編集]
桜餅の葉っぱ愛好会は、を包むの香り、塩加減、葉脈、食感を独立した文化資源として扱う団体である。発足当初は単なる変わった茶話会とみなされていたが、やがて和菓子包装史、植物塩蔵学、嗜好の共同体化を横断する組織として知られるようになった。
会の理念は「餅は一瞬、葉は永遠」であり、会員は葉を食べる派、剥がして香りを移す派、蒸し直して二度味わう派などに分かれる。なお、1994年の第7回総会では、葉を三角形に折って保存する方式が正式採択されたが、これはとされることが多い。
成立の経緯[編集]
会の起源は、春に向島の和菓子店「柳橋庵」二階で開かれた非公式な試食会に求められている。主宰したのは、当時の非常勤講師であったと、所属の民俗資料収集家である。両者は、桜餅の味覚評価が餅本体に偏りすぎていることを問題視し、葉を独立して採点する簡易尺度「香・塩・繊維・抵抗」の4項目を作成した。
初期の会合では、会員が持参した葉を番号札で管理し、香気の持続時間を単位で測る実験が行われた。とくに第3回会合で使用された「葛飾区産・低塩漬け葉」は、室温放置後も香りが残ったと報告され、会誌『葉脈通信』創刊号の巻頭を飾った。この報告が地元の菓子業界に波紋を広げ、翌年にはから見学者が訪れるようになった。
活動[編集]
葉の鑑賞と保存[編集]
会の中心活動は、桜餅の葉を採取して鑑賞標本として保存することである。会員は葉を新聞紙ではなく和紙と竹皮で包み、湿度、室温前後で管理することが推奨されている。毎年の「新葉展」では、葉脈の細さを拡大鏡で競う「脈線コンテスト」が行われ、優勝葉には銀色の乾燥札が与えられる。
また、会は葉の再利用にも熱心であり、食後に残った葉を乾燥させてしおり、香袋、湯呑み敷きに転用する「三次使用法」を提唱した。これにより、にはの文具店が桜餅葉しおりを商品化したが、あまりに香りが強かったため図書館から苦情が寄せられた。
機関誌『葉脈通信』[編集]
機関誌『葉脈通信』は、会の事実上の記録媒体であり、判型は当初12ページであったが、以降は写真が増え、平均48ページに拡大した。記事内容は、葉の産地比較、塩抜き時間の最適化、桜餅を食べ終えた後の指先の香り残留率などに及ぶ。
第19号に掲載された論考「葉は先か、餅は先か」は、会内での哲学論争を激化させ、編集部が2か月にわたり分裂したことで知られる。なお、同号の巻末広告に掲載された「葉専用トング」は実在しないとみられているが、当時の読者からは最も欲しい発明として高い支持を得た。
年次行事[編集]
最も有名な行事は、沿いで行われる「葉見の会」である。参加者は夕刻に集合し、桜餅を一つだけ食べ、その葉を紙灯籠の下で透かして見る。香りの立ち方で天候を占う儀式があり、葉がしっかり反る年は梅雨が長いとされた。
さらに、の旧料亭を会場とする「葉の追悼式」では、剥がされて捨てられた葉に対して黙祷が捧げられる。式の最後には、会員全員が葉を一枚ずつ折り畳み、名札付きの箱に納めるが、この慣習は外部から見るとかなり異様である一方、会員には「文化保存の最小単位」と説明されている。
社会的影響[編集]
会の活動は、和菓子業界における葉の位置づけを変えたとされる。かつては「包材」と見なされていた桜の葉が、産地表示や塩蔵技術の違いとともに語られるようになり、やの一部生産者は「観賞用葉」の規格化を進めた。
一方で、会の過熱した議論は家庭内対立も生んだ。葉を食べるか否かをめぐり、にはのある夫婦が自治体の消費生活相談窓口に「葉の扱いで毎年春になると揉める」と相談した記録が残る。会はこれを受け、家庭向けパンフレット『葉をめぐる合意形成』を発行した。
批判と論争[編集]
批判の多くは、葉を過剰に神聖化しているというものである。食文化評論家のは「桜餅の本体を忘れ、葉を主役に据えることで、かえって味覚の均衡を壊している」と述べたとされる[2]。また、植物学の立場からは、保存標本としての加工により本来の葉脈構造が変質してしまう点が問題視された。
もっとも、会はこうした批判に対し、「変質した葉こそが共同体の記憶である」と反論している。2002年の公開討論会では、葉を開いて食べる派と丸ごと食べる派が30分以上沈黙したのち、最終的に両者が同じ箱に葉を戻して終了したという珍事が記録されている。
歴代の中心人物[編集]
創設期の人物[編集]
創設者のは、和菓子の香りを記述する際に「輪郭がある」と表現した最初期の人物とされる。彼女は香りの研究ノートを枚以上残し、そのうち枚だけが桜餅の葉に関するものであったという。
は資料分類の達人で、葉を「前葉」「中葉」「後葉」に三分する独自方式を考案した。これは学界では広く受け入れられなかったが、会員の間では今なお便利な整理法として使われている。
拡大期の人物[編集]
に会を全国区に押し上げたのは、広報担当のである。彼女はの料理番組の間に小さく取り上げられたことを契機に、会員を一気に増やしたとされる。なお、彼女が配布した「葉のための名刺入れ」は、名刺を入れると香りが移るとして一部の会社員に愛用された。
近年では、若手研究者のが「葉のAI判定」プロジェクトを立ち上げ、スマートフォンで撮影した葉のしわから産地を推定する試みを行っている。ただし、精度は葉の機嫌に左右されるという指摘がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高瀬葉子『桜餅葉文化の成立と変遷』和菓子文化研究所, 1991, pp. 14-39.
- ^ 村瀬重彦『包むものの民俗学』東京民俗出版, 1989, Vol. 3, pp. 201-228.
- ^ 相川みどり「葉脈通信にみる嗜好共同体の形成」『季刊 和菓子と社会』第12巻第2号, 2007, pp. 55-73.
- ^ 佐伯悠真「画像認識による桜餅葉の産地推定」『日本食品情報学会誌』第18巻第1号, 2021, pp. 1-19.
- ^ 山城冴子『食べものの外側』青潮社, 2004, pp. 88-102.
- ^ 東京和菓子協同組合編『和菓子包装の実務史』都民文化叢書, 1995, pp. 77-95.
- ^ Margaret L. Henson, "Edible Leaves and the Ritual of Wrapping," Journal of Culinary Anthropology, Vol. 8, No. 2, 2010, pp. 113-131.
- ^ Kenneth R. Doyle, "The Leaf Before the Mochi: Semiotics of Sakuramochi," East Asian Food Studies Review, Vol. 5, No. 4, 2016, pp. 44-68.
- ^ 高橋一真『葉をめぐる日本近代嗜好史』みすず風食文化社, 2001, pp. 120-149.
- ^ 小田切理恵『桜の葉はなぜ残るのか』新葉館, 1999, pp. 9-31.
- ^ F. A. Whitmore, "Tasting the Wrapper: A Study of Seasonal Sweetness," Culinary Archive Quarterly, Vol. 2, No. 1, 1993, pp. 7-25.
外部リンク
- 葉脈通信アーカイブ
- 向島和菓子文化資料室
- 日本包装史研究会デジタル索引
- 桜餅葉研究フォーラム
- 香りの保存文化ネット