梅毒と言われたストレスでカンジダ発症事件
| 正式名称 | 梅毒と言われたストレスでカンジダ発症事件 |
|---|---|
| 別名 | 新宿カンジダ誤告知事件 |
| 発生日 | 1987年11月14日 |
| 発生地 | 東京都新宿区 |
| 原因 | 誤った梅毒告知とその後の強い心理的負荷 |
| 影響 | 相談窓口の告知手順改訂、再説明同席制度の導入 |
| 関係機関 | 新宿保健相談センター、東京都衛生局 |
| 類型 | 医療事故、社会的パニック、二次感染騒動 |
| 通称 | 告知ストレス型カンジダ |
梅毒と言われたストレスでカンジダ発症事件(ばいどくといわれたストレスでカンジダはっしょうじけん)は、にの民間検査相談窓口で発生したとされる、誤告知後の心理的負荷がの集団発症に結びついたとされる医療社会事件である[1]。のちにの典型例としてで参照され、診断名の取り違えが生む二次被害の象徴とされている[2]。
概要[編集]
梅毒と言われたストレスでカンジダ発症事件は、の相談過程において誤った説明が行われた結果、複数の相談者が強い不安を訴え、その一部に様の症状が出現したとされる事件である。事件名の長さに反して、当時の記録では「2分で告知、3週間で混乱、6か月で制度改定」と要約されている[3]。
この事件は、単なる誤診の話ではなく、内の匿名相談体制、検査結果の伝達方法、そして「病名を先に言うべきか、検査値を先に言うべきか」という実務上の問題を一気に表面化させた。なお、後年の研究では、実際の発症率よりも「梅毒と言われた」という言葉そのものが症状を増幅した可能性があるとされる[4]。
背景[編集]
1980年代の性病相談と匿名検査[編集]
後半のでは、夜間に沿線へ流入する若年層を対象に、匿名の相談窓口が試験的に増設されていた。窓口ではと臨時採用のが交代で応対していたが、受付票の略号が独特で、「S疑い」を「syphilis」「stress」「skin」のどれとして読むかで小さな混乱が生じていたという[5]。
当時の記録によれば、相談者の多くは検査よりも「何と言われるか」を恐れており、待合室ではの健康特集を読みながら、病名の音の重さだけで体調を崩す者もいたとされる。後年、この現象はと呼ばれたが、学会内ではやや眉唾な新語として扱われた。
誤告知を生んだ文書様式[編集]
事件の直接の引き金は、が配布していた旧式の結果通知書にあったとされる。通知書には「梅毒反応:要再確認」「真菌性所見:経過観察」という2つの欄が並んでいたが、当日の担当者が見出し行を取り違え、「梅毒です」とだけ先に伝えてしまったという[6]。
さらに悪いことに、その職員は説明用に置かれていたを逆さまに読んでいたとされ、説明が「治療で治る」ではなく「治療しないと広がる」から始まった。相談者の一人がこのとき「広がるのは私の人生ですか」と答えたという逸話は、当時の内部報告書の余白に赤鉛筆で書き込まれていた[要出典]。
事件の経過[編集]
第一報と待合室の連鎖反応[編集]
午前9時40分頃、最初の誤告知を受けた相談者が、帰宅前に同じ待合室にいた3人へ不安を共有したことで、事実上の連鎖反応が始まった。1時間後には、待合室の平均脈拍が通常の2倍近い112回/分に達し、ティッシュ消費量は前週同曜日の4.7倍になったとされる[7]。
この混乱の中で、待合室の壁に掲示されていた「性感染症は早期相談が大切です」のポスターが、なぜか「性感染症は早期相談が大災」ですと読み違えられ、掲示物の角が折られる騒ぎとなった。なお、折れた角を「悪い兆候」とみなしてさらに不安を増幅させた者もいたという。
カンジダ発症の集団化[編集]
発症したとされる様の症状は、全員が同一機序で起きたわけではない。ある者は睡眠不足による粘膜荒れ、ある者は過剰な洗浄行動、またある者は抗菌軟膏の誤用とされ、心理的要因がそれらをまとめて増幅したと考えられている。統計上は相談者18名のうち9名に何らかの自覚症状が出たとされ、そのうち3名は「医師の顔を見た瞬間に症状が来た」と証言した[8]。
事件後に行われた再聴取では、症状そのものより「梅毒」という語の響きが強烈であったことが判明した。ある相談者は「梅毒は漢字が重い。カンジダはひらがなみたいに見えるのに、先に漢字で殴られた」と述べ、調査班の記録担当がその比喩をそのまま残したため、後年の公文書読解を困難にした。
収束と保健行政の介入[編集]
は翌週、に対して聞き取りを実施し、結果通知の手順を「病名先行方式」から「検査結果・再説明・病名確認方式」へ変更した。これにより、口頭通知の前に確認用メモを読み上げる二重化が行われ、職員からは「言い直しが増えて仕事が遅くなった」との不満も出たが、再発は大幅に減少したとされる[9]。
また、事件を受けて、相談者に対して第三者が同席できる「再説明同席制度」が試験導入された。もっとも、初年度の同席者の7割が配偶者や友人ではなく、たまたま同じフロアにいた職員であったため、制度の趣旨はかなり曖昧になった。
社会的影響[編集]
この事件は、の説明責任という問題を、感染症そのものよりも先に可視化した出来事として語られている。特にを扱う場では、事実の伝達が患者の自己像に直結することが知られるようになり、以後の研修では「病名を言う前に呼吸を整えさせる」という、やや異様だが実務的な手順が導入された[10]。
さらに、民間のが「不安を煽らない検査結果通知」を売りにするようになり、1988年から1991年にかけての相談件数は前年比12〜18%増で推移したとされる。これは啓発の成功とも、事件の余波による需要増とも解釈されている。
一方で、事件を題材にしたでは、感染症の説明よりも「人はどこまで言葉で具合が悪くなるのか」が強調され、視聴率が深夜帯で14.2%を記録した回もあったという。なお、番組内で使用された再現映像では、なぜか待合室にが登場しており、後に制作会社が「演出上の誤り」と説明した。
批判と論争[編集]
事件の解釈をめぐっては、当初から「本当にストレスだけでカンジダが発症したのか」という疑義が出されていた。これに対し、の調査班は、ストレス単独説ではなく、睡眠不足、洗浄習慣、情報不足が重なった複合要因説を支持している[11]。
また、報道機関が事件名を面白おかしく扱ったことから、当事者の一部は「病名が二次創作された」として抗議した。とりわけ、ある週刊誌が見出しに「梅毒の一言で人生が白くなる」と掲載したことは、引用のつもりが不適切な比喩として批判を受けた。
なお、学術的には「カンジダ発症」という表現自体が広すぎるとの指摘もある。症状の多くは口腔・外陰部・皮膚の軽度炎症であり、事件後にメディアが一括して「発症」と呼んだことで、臨床現場との温度差が生じたとされる。もっとも、この温度差こそが事件を象徴している、とする評論も少なくない。
後日談[編集]
事件から後、当時の相談窓口はに統合され、結果通知は原則として封書と面談の二段階制になった。面談室には「まず落ち着いてからお聞きください」と書かれた木製札が置かれたが、利用者からは「それを読む時点で落ち着けない」との声もあった[12]。
また、事件に関わったとされる元職員の一人は、退職後に地域の朗読サークルへ参加し、「病名をはっきり言わない朗読」を得意演目にしたという。これは、文節の間に1.5秒の沈黙を入れるだけで聴衆の血圧が上がることを利用した半ば冗談の芸であったが、保健教育の講演会では意外に好評だった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯隆一『新宿保健相談史資料集』東京都衛生研究会, 1994, pp. 118-141.
- ^ M. A. Thornton, “Miscommunication in Anonymous STI Clinics: A Tokyo Case Study,” Journal of Clinical Social Medicine, Vol. 8, No. 2, 1993, pp. 77-93.
- ^ 渡辺精一郎『告知の心理と粘膜反応』南山堂, 1992, pp. 44-58.
- ^ Eleanor K. Frost, “Candida Symptoms After Diagnostic Shock,” The East Asian Review of Public Health, Vol. 12, No. 4, 1996, pp. 201-219.
- ^ 久保田真理子『病名を先に言うな——面談順序と不安管理』医学書院, 1991, pp. 9-31.
- ^ 新宿保健相談センター編『1987年11月事故報告書』内部資料, 1988, pp. 3-17.
- ^ Atsushi Nakatani, “Stress-Linked Oral Flora Disturbance in Urban Counseling Rooms,” Tokyo Journal of Psychosomatic Hygiene, Vol. 5, No. 1, 1998, pp. 1-26.
- ^ 東京都衛生局『匿名検査通知書様式改訂の手引き』東京都公報資料, 1989, pp. 52-66.
- ^ 山岡さとみ『梅毒と言われた夜の社会学』岩波書店, 2001, pp. 71-88.
- ^ Clinical Committee on Diagnostic Order, “Secondary Harm and the Timing of Disclosure,” Proceedings of the Metropolitan Health Forum, Vol. 3, No. 7, 1990, pp. 155-169.
外部リンク
- 新宿健康資料アーカイブ
- 東京医療面談史研究会
- 匿名検査相談ネットワーク
- 昭和後期保健文化研究室
- 日本臨床不安衛生学会紀要