樋口ラーメン
| 分類 | 醤油系ラーメン(地域呼称) |
|---|---|
| 発祥とされる地域 | 北部の製麺所周辺 |
| 主な調理法 | 豚骨清湯+醤油だれ(とされる) |
| 代表的な具材 | メンマ短冊、ほうれん草、刻み長ねぎ |
| 特徴 | スープの温度を一定に保つ「三層保温法」 |
| 法的な位置づけ | 「商標」ではなく「流派」として扱われることが多い |
| 通称 | 樋口系/HGR(店主略) |
樋口ラーメン(ひぐちラーメん)は、で食される「醤油」系の呼称の一つであるとされる。特に内では、屋号「樋口」が冠された系統を指す場合がある[1]。一方で、同名の発明品として語られることも多く、起源の扱いには揺れがある[2]。
概要[編集]
樋口ラーメンは、の中でも「醤油」系の文脈で語られることが多い。ただし、実際の内容は単一のレシピに固定されているわけではなく、後述の「三層保温法」や「寸詰め打ち(麺幅の調整技法)」のように、調理工程の考え方を共有する“流派”として理解される場合がある。
この名称は、のある製麺所が地域向けの改良を重ねたことに由来するとされるが、同時に「樋口」という人物が“麺の硬さを数値化した”ことで広まったという伝承もある。さらに、の飲食人が独自に再解釈して「樋口=低温熟成スープ」の意味に変換したという説もあり、呼称の揺れは早くから観察されたとされる[3]。
なお、樋口ラーメンという語を店名として見るか、工法として見るかで印象が変わる点が特徴である。百科事典的には「呼称」であると整理されることが多いが、実務上は「注文の際に指名されるレシピ」として流通してきた経緯がある[4]。
成立と選定基準[編集]
樋口ラーメンが“樋口ラーメンらしい”と評価される条件は、味そのものよりも工程に置かれているとされる。具体的には、(1) 茹で湯の温度帯を「88〜92℃」に固定する、(2) 濾過を「秒間25往復」で行う、(3) 醤油だれを「沸騰前の温度で合わせる」の三点が目安とされる[5]。
また、麺に関しては「熟成箱の湿度を63%に保つ」「小麦粉と水の合一時間を41分で打ち切る」といった、妙に細かい運用が語られることが多い。これらの数字は測定器の型番と結びつけて語られる場合もあり、内では「樋口式温湿度記録札」が学校給食の現場で話題になったという証言もある[6]。
一覧的に整理すると、樋口ラーメンは「醤油だれの香りを立てつつ、後味に獣臭を残さない」方針でまとめられているとされるが、実際には店ごとに“獣臭”の定義が違うため、同じ指名でも結果が揺れる。なお、後年に流派が分岐した際、「チャーシューを先に煮る派」と「焼いてから馴染ませる派」が対立し、地域集会でしばしば議論が噴出したと記録されている[7]。
歴史[編集]
起源:製麺所の“測る”文化と三層保温法[編集]
樋口ラーメンの起源は、北部の小規模な製麺所が、卸先の給食センターで提供温度が安定しない問題に直面したことにあるとされる。そこで店主のは、温度計を鍋ではなく“湯気”に向ける奇策をとったと伝えられている。湯気の色合いが一定になった瞬間を基準に、スープを「第一槽(加熱)」「第二槽(香り)」「第三槽(提供)」の三層に分けたのが、三層保温法だとされる[8]。
当初は厨房内の独自の工夫に過ぎなかったが、給食の提供時間に合わせて温度の落差が減ったことで評判化した。記録では、提供開始から給食トレイ着地までのタイムラグが「12分→7分」と短縮されたとされる。さらに、同じ年の新学期に合わせて、ラーメンが「熱いのに焦げない」形で広まったという説明が添えられる[9]。
ただし、この三層の“香り”槽については、後年になるほど用途が増幅した。初期の関係者は「麦茶の蒸気で中和する」と語った一方、別の証言では「昆布の微粒子を浮かべて香りを引き寄せる」とされ、学術的に裏づけのある説明は少ないとされる。とはいえ、その曖昧さこそが、樋口ラーメンを工法として語らせる要因になったとの指摘がある[10]。
流通:HGR略称と“指名オーダー”の発明[編集]
樋口ラーメンが店頭で定着したのは、1940年代末から1950年代初頭の「指名オーダー文化」が広がった時期だとする説がある。飲食店の帳簿に、料理名ではなく工程コードを記す運用が流行し、樋口ラーメンはという略称で記されることがあったとされる[11]。
この略称が面白半分で広まり、やがて客が「HGRで」と口にするようになった。ここで“客が言ったから採用された”のではなく、樋口側が意図的に厨房の手順書を「HGR-88」「HGR-92」など温度帯で分けていたのが大きかったと説明される。ただし、HGR-92がどの店舗で使われたかは、当時の手順書の行方が不明なため確定していない[12]。
さらに、のラーメン評論圏では「秋田の樋口を、低温で熟成したスープだと誤解して広めた」とされる派生がある。実際には三層保温法の“提供槽”を誤って“熟成槽”として解釈したのではないか、という疑いが、当時の記録媒体から指摘されている。この誤解は、ファンの間で「嘘のように当たる」と称され、樋口ラーメンの神話化を加速させたとされる[13]。
発展:給食・イベント・そして分岐(焼き派/煮派)[編集]
樋口ラーメンは、地域行事にも組み込まれた。特に近郊では、冬季の夜市で提供する際の“焦げない”評価が高かったとされる。記録によれば、行事当日の提供総量が「1,420杯」で、汁量は1杯あたり「210ml」と管理されたとされる[14]。
この時期にチャーシューの扱いで分岐が起きた。煮派は、三層保温法と干渉しないよう、チャーシューを先に煮て冷却し、最後に再加熱する方式を採用した。一方、焼き派は「香り槽」に直結させるため、焼成直後の香気を逃がさない運用を求めた。この対立は、地域集会で“豚肉の香りを何分で閉じ込めるか”という議題にまで発展したとされる。
なお、焼き派側の証言では、香りの閉じ込め時間が「63秒」であると断言されるが、記録上の裏付けは乏しい。逆に煮派側は「41分で馴染む」と主張し、成立条件を工程に依存させた。こうした論争の結果、樋口ラーメンは味の系統名であると同時に、厨房の“宗派”名としても扱われるようになった、と整理されることがある[15]。
批判と論争[編集]
樋口ラーメンには、味より工法を重視しすぎる点への批判がある。とくに「88〜92℃」のような温度指定が強調されることで、家庭では再現が困難になり、結果として“店でしか食べられない神話”が形成されたという指摘があった[16]。
また、呼称の揺れも論争の種になった。たとえばの一部では、樋口ラーメンを“低温熟成”の意味で使い、側と別のレシピを同一名で扱った。これに対し、秋田側の関係者は「熟成は第三槽ではなく、麺の箱の話である」と反論したとされるが、反論は雑誌記事だけに記録され、厨房の原簿に残っていないと指摘される[17]。
さらに、第三の論点として「数字の権威化」がある。測定器がない時代に“63%”“210ml”“1,420杯”のような数字が先に語られたため、後年の誰かが集計を盛ったのではないかという疑いも出た。ただし百科事典としては、この疑い自体が文化的に利用され、樋口ラーメンは“厳密そうに見える嘘”として定着した、という逆説が語られることもある[18]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『秋田の湯気と麺帳簿』秋田民俗調査会, 1953.
- ^ Marjorie A. Hensley「Three-Tier Warming in Regional Broth Traditions」『Journal of Culinary Temperatures』Vol.12第4号, 1979, pp.44-61.
- ^ 小泉尚人『温湿度記録札の系譜』北東食品技術協会, 1968.
- ^ 佐藤文哉『ラーメン呼称学入門』筑波出版, 1994.
- ^ 樋口家文書編集委員会『樋口ラーメン手順書(写)』樋口家文書刊行会, 2001.
- ^ 鈴木麻衣『給食提供と再加熱の実務』日本学校栄養学会, 1987, 第7巻第2号, pp.101-119.
- ^ 藤井正彦『麺の寸詰め打ち—職人が黙る数字』生活調理研究所, 2012.
- ^ Andrew T. Whitcomb「Misread Aging: The HGR Misconception」『Proceedings of Miso & Myths』Vol.3, 2006, pp.220-238.
- ^ 国分玲奈『ラーメン史と誤差の文化』第三書院, 2018.
- ^ 工藤敏久『“熱いのに焦げない”の条件』秋田調理科学会, 1999.(※一部章の数値が他文献と一致しない)
外部リンク
- 樋口ラーメン保存協議会
- 北東厨房技術アーカイブ
- HGR略称研究室
- 湯気温度計観測サロン
- 秋田給食メニュー博物庫