気分落胆性躁鬱現実逃避症候群
| 正式名称 | 気分落胆性躁鬱現実逃避症候群 |
|---|---|
| 別称 | 気分落胆性反転症候群、逃避性双相様症候群 |
| 初出 | 1978年 東都心性行動研究会 |
| 提唱者 | 宮坂 恒一郎 |
| 主な研究地 | 東京都、川崎市、名古屋市 |
| 関連分野 | 臨床精神動態学、都市適応行動学 |
| 有病率 | 都市部成人の約1.8%と推定 |
| 主症状 | 気分の急落、昂進的作業、実在感の低下 |
| 診断補助尺度 | MDRS-12 |
| 指定分類 | 都市性周期反応群 |
気分落胆性躁鬱現実逃避症候群(きぶんらくたんせいそううつげんじつとうひしょうこうぐん)は、を中心に20世紀後半から報告が増えたとされる、気分の落ち込みと過活動、ならびに強い現実回避傾向が周期的に組み合わさって現れると説明される症候群である。主にの周辺領域で扱われ、の報告を契機に広く知られるようになったとされる[1]。
概要[編集]
気分落胆性躁鬱現実逃避症候群は、抑うつ的な停滞、異様な多動、現実との接触を避けるための過剰な計画行動が一つの周期として現れるとされる症候群である。患者は一見すると勤勉で社交的であるが、数日から数週間の単位でが加速し、家計簿の再設計、書棚の色分け、未完了の語学学習などに没入すると説明されている。
本症候群は、の正式診断名ではなく、もっぱらの民間系研究会と企業内産業医の記録から形成された概念であるとされる。ただし、の以後、物流現場や編集業界における「周期的過適応」との関連が指摘され、一定の現実味を持つ用語として扱われるようになった[2]。
歴史[編集]
提唱以前の前史[編集]
起源は40年代後半、周辺の喫茶店で行われた若手臨床家の非公式勉強会に求められるとされる。とりわけが、患者の訴えに共通する「落ち込むが寝ない」「やる気が出るが仕事は進まない」という矛盾に着目し、これを一つの周期現象として整理したのが始まりとされる。
宮坂は当初、これを「気分落胆性反転」と呼んだが、の合宿記録で、ある参加者が「落ち込むたびに大掃除を始め、最後に引っ越しまで検討する」と発言したことから、現実逃避の語が組み込まれたという。なお、この時点で参加者は全員を飲んでいたとする証言があり、信憑性は低い。
診断名の成立[編集]
、は『気分落胆性躁鬱現実逃避症候群の臨床像』と題する内部報告書を刊行した。そこでは、発症の引き金として、締切前夜のからへの深夜移動、あるいは梅雨期の長時間会議などが挙げられている。
この報告書はわずか37頁であったが、付録に「回避的整頓行動の指数表」が付されていたため、産業医の間で妙に流通したとされる。特にという簡易尺度は、12項目中7項目が「机の引き出しを急に並べ替えたくなる」で占められており、後年まで批判と愛用の対象になった[3]。
普及と変質[編集]
後半には、新聞の健康欄や女性誌の相談コーナーにまで入り込み、いわゆる「働く都市生活者の新しい疲労」として流布した。とくにの印刷所との広告代理店では、昼は能率が上がり、夜に現実逃避的な資格講座の申し込みが増える傾向があるとして社内対策が取られたという。
一方で、のでは、症候群の境界が広すぎるとして「ほぼ誰でも当てはまるのではないか」との批判が出た。しかし反対派の質問に対し、宮坂は「ほぼ誰でも当てはまるからこそ、都市は動く」と述べたと記録されている。
症状[編集]
典型例では、午前中に強い無気力と自己否定がみられる一方、午後になると過剰な修正欲求が生じ、不要な資料整理や企画書の再構成が始まるとされる。夜間には現実接触を避けるために、通販サイトの比較、未読メールの一括アーカイブ、架空の移住計画の検討などが延々と続くことがある。
また、患者は自分の状態を「落ち込んでいるのに忙しい」「何かしているのに進んでいない」と表現することが多い。これはの産業保健記録で初めて注記され、当時の記録者は「自己記述が妙に詩的である」と評した。
重症例では、週末にだけ大規模な人生設計を始め、月曜朝には一切の構想を覚えていないという現象が報告されている。なお、これを「月曜失念相」と呼ぶ説もあるが、学会の正式用語ではない。
原因[編集]
原因としては、都市部の反復的な評価環境、過密な通勤、そして締切文化が複合していると説明される。とくに内側の中間管理職層と、夜間に独学で何かを始めてしまう層に多いとされるが、統計の取り方が雑だったため、後の検証は難航した。
さらに、の某印刷会社で行われた追跡調査では、エレベーターの待機時間が長い部署ほど症状の持続時間が延びる傾向が見られたという。これは一見もっともらしいが、調査票の半数が会議室の裏紙で回収されたため、厳密な評価は困難である[4]。
一部の研究者は、原因の中心を「現実への過剰な接近回避」と定義し、情報過多社会において自己防衛が症候化したものだと解釈した。なお、この説を唱えたは、後年になって自身が最も重い症例であったと半ば自嘲的に回想している。
診断[編集]
診断には、と呼ばれる簡易尺度が用いられるとされる。質問項目には「締切が近いほど掃除が進む」「重要な連絡ほど下書きのまま残る」などが含まれ、合計8点以上で疑い、11点以上で強い可能性があるとされた。
ただし、尺度の作成過程には恣意性が大きく、の改訂版では「雨の日に急に哲学書を読み始める」が削除された一方、「冷蔵庫の中身を列挙し始める」が新規追加された。編集委員の一人は、これを「臨床と生活実感の橋渡し」と説明したが、別の委員は「もはや趣味の分類である」と記している。
また、問診では家族歴よりも「学生時代に机の配置換えを何度したか」が重視されるとされる。この独特の基準は批判も多いが、の記録では、机の配置換え回数が年12回を超える群で再発率が高かったという。
治療と対応[編集]
治療は、規則的な睡眠、現実的な締切設定、そして「今日やることを3つ以上に増やさない」ことが基本とされた。とくにでは、患者に対し一度に複数の未来設計をさせない「単線計画法」が導入され、2か月で自己申告上の回避行動が23%減少したと報告されている。
また、軽症例には、の公園を15分歩き、帰宅後に洗濯物を畳むだけで一日を終える訓練が勧められた。これを担当した看護師の間では「小さく終える療法」と呼ばれ、意外にも継続率が高かったという。
一方で、患者が突然「人生を立て直す」と言い出した場合、周囲が過剰に応援すると翌週に反動が来るとの指摘がある。そのため、家族には「励ますより水を出せ」とする実務的な助言が広まった。
社会的影響[編集]
この症候群は、以後の都市労働文化を象徴する言葉として、雑誌記事や企業研修に頻出した。特にの事務職や、深夜まで企画書を練り続ける出版関係者の自己理解に用いられ、半ば流行語のように扱われた。
には、の生活情報番組が「頑張りすぎる心の揺れ」を扱う回でこの概念を紹介し、放送後に出版社へ関連書籍の注文が一時的に集中したとされる。もっとも、その多くは自己啓発書であり、医学書ではなかった。
また、地方自治体のメンタルヘルス講座でも引用され、の職員研修資料には「現実逃避は怠惰ではなく、過剰適応の裏返しである」との文言が残る。もっとも、これは受講者の記憶に頼る部分が多く、要出典と見なす編集者もいる。
批判と論争[編集]
批判の中心は、概念が広すぎて説明力と引き換えに何でも包み込んでしまう点にあった。とくに後半以降、実証研究の不足が指摘され、症候群ではなく単なる生活習慣の偏りではないかとの見解が強まった。
また、の初期資料の一部が、後年の版では語尾や年号だけ書き換えられていたことが判明し、成立史そのものに対する疑義も出た。これに対して支持派は「草創期の記録はどの分野でも揺れる」と反論したが、反対派は「揺れすぎである」として笑ったという。
それでも本概念が完全に消えなかったのは、症状名としての響きが異様に具体的で、一般の相談者が自分の状態を説明するのに便利だったためである。実際、の匿名調査では、名称を見ただけで「まさに自分だ」と答えた者が全体の42%に達した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 宮坂 恒一郎『気分落胆性躁鬱現実逃避症候群の基礎的検討』東都心性行動研究会紀要, 1978, pp. 3-41.
- ^ 渡会 史郎『都市労働者における回避的整頓行動』精神動態臨床, Vol. 12, No. 2, 1981, pp. 88-102.
- ^ S. K. Armitage, “Manic Avoidance and Urban Rhythms,” Journal of Applied Psychodynamic Studies, Vol. 7, No. 4, 1983, pp. 211-229.
- ^ 中島 由美『現実逃避と気分反転の境界』日本都市保健学雑誌, 第19巻第1号, 1984, pp. 15-33.
- ^ Harold P. Wexler, “The Calendar Trap Syndrome,” Urban Behavior Review, Vol. 9, No. 1, 1986, pp. 1-18.
- ^ 関東臨床適応学会編『MDRS-12改訂版マニュアル』関東臨床適応学会出版部, 1981, pp. 5-27.
- ^ 小寺 玲子『編集職と自己修復衝動』労働と心の記録, 第8巻第3号, 1987, pp. 77-91.
- ^ 宮坂 恒一郎・他『気分落胆性躁鬱現実逃避症候群の社会史』都市精神医療年報, Vol. 15, No. 1, 1992, pp. 49-70.
- ^ Margaret L. Thorn, “A Survey of Over-Planning in Metro Tokyo,” East Asian Mental Health Quarterly, Vol. 4, No. 2, 1998, pp. 133-149.
- ^ 佐伯 真理子『小さく終える療法の実務』国立都市適応医療センター研究報告, 第3巻第2号, 2006, pp. 21-39.
外部リンク
- 東都心性行動研究会アーカイブ
- 国立都市適応医療センター資料室
- 関西行動観察センター年報
- 都市症候群史料データベース
- MDRS-12オンライン判定補助