津布楽一樹
| 別名 | 津布楽 かずき(つぶら かずき) |
|---|---|
| 生年 | (異説あり) |
| 没年 | |
| 出身地 | |
| 分野 | 近世文献学・写本科学・紙物理統計 |
| 主な業績 | の提唱、写本の筆圧復元法 |
| 所属 | 文科系臨時写本研究所(当時) |
| 影響 | 図書館収蔵方針と修復現場の標準化 |
津布楽一樹(つぶら かずき、英: Tsubura Kazuki)は、日本の界において「写本の癖」を定量化しようとした人物として知られる[1]。また、彼の名が冠されるは、紙・筆圧・湿度の相互関係を統計的に扱う指標として普及した[2]。
概要[編集]
津布楽一樹は、において「写本は人の呼吸の履歴である」とする立場から、写本の質感を指標化する研究を行ったとされる人物である[1]。
彼は筆跡を読むのではなく、筆跡が生んだ紙の微細な凹凸と滲み方を統計的に読み取ることを目標としたとされ、結果としてという愛称が付いた[2]。
なお、同時代には「文献は言葉の容器にすぎない」という見方が強かったが、津布楽は容器そのものを研究対象にし、修復や収蔵の判断基準を変えたと説明されることが多い[3]。
人物像[編集]
津布楽一樹は、几帳面であることで知られたとされる一方、奇妙な条件設定を好んだ人物でもあったとされる[4]。
たとえば彼は、写本の観察実験で「鉛筆はHBではなく、必ず“旧式の極硬(仮称)”を用いる」「机の天板には必ず産の杉を貼る」「温度はに丸め、湿度はに揃える」といった、解説文書のような厳密さを残したとされる[4]。
これらの条件がどこまで再現されたかは別として、周辺研究者の間では「津布楽の実験室は、研究ではなく儀式である」と評されたという記録がある[5]。
また彼は、弟子に対して「紙の繊維は嘘をつかない」と言い聞かせていたと伝わるが、実際には紙もまた人間の都合で選別されるため、言葉としては正しすぎるという批判も後年出た[3]。
歴史[編集]
成立と研究の出発点[編集]
津布楽が研究に入った経緯は、での災害後に始まったとする説がある。すなわちの震災で大量に焼損した書庫から、比較的無傷の写本だけが優先的に回収され、その後の修復が「見た目の印象」中心で進んだことへの反発だったと説明される[6]。
彼は修復担当者の判断にばらつきが出る原因を「材質の違い」より「判断者の視線の癖」と捉え、視線の癖が紙に刻まれることはないが、修復の圧力と乾燥の段取りが結果的に紙面の滲み方を決める、と考えたとされる[6]。
そこで彼は、写本を“語る対象”ではなく“応答する対象”として扱い、紙面の変化を数表に落とす試みを行った。これが後にへと結晶したとされる[2]。
津布楽指数と社会への波及[編集]
は、紙面の「滲み」「凹凸」「光の反射」という三要素を、観測ごとに0〜9点で採点し、その合計に重みを掛ける方式だったとされる[2]。
ただし公式の重みは一度だけ改訂され、初版では滲みを0.5、凹凸を0.3、反射を0.2と置いていたのが、第二版では滲みを0.7に増やしたという。改訂理由は「滲みが“倫理観”を反映するから」という、文献学者らしからぬ説明だったと残っている[7]。
この指標は、図書館や修復工房に採用され、収蔵棚の空調設定が実務的に標準化されたとされる。具体的には、湿度の管理目標が「以上、以下」といった範囲で運用され、修復担当者には“数値の免罪符”が与えられたと回想されることが多い[8]。
一方で、社会的影響の副作用として「津布楽指数が高い写本ほど“価値がある”とみなされる風潮」が生まれ、言葉の内容より紙面のスコアが先に語られる場面も増えた、と指摘されている[9]。
研究手法と細部のこだわり[編集]
津布楽一樹は、写本の観察を“目視”と呼ぶことを嫌い、「目視とは人の脳が入ってくる操作である」として、可能な限り計測へ寄せたとされる[3]。
彼の手法の特徴は、計測そのものより計測環境の固定にあったと説明される。たとえば彼は観察机の位置をの“下限”に合わせるべきだと主張し、同僚は精密機械の誤差として突っ込んだが、津布楽は「誤差は誤差のまま統計に入れればよい」と答えたとされる[10]。
また、写本の角度は必ず15度ずつ変え、各角度で反射の色を七段階に分類したという。さらに滲みの採点には、筆で引いた線を模した“疑似滲み紙”を用意し、同じ手順を回繰り返して平均した上で採点したとされる[11]。
このような過剰な手順は、後年「研究の体裁を整えるための儀礼」として揶揄されたが、結果として測定者間のばらつきが減り、修復の再現性が高まったとも記録されている[8]。
批判と論争[編集]
批判として最も多いのは、が“紙の状態”を“文章の価値”に誤って結びつけた可能性があるという点である[9]。
また、指数の構成要素である「滲み」「凹凸」「反射」が、写本の来歴(保管、温湿度、輸送、誰が触ったか)を反映することは確かだが、その来歴が必ずしも資料価値を示さない、とする指摘があった[12]。
さらに、津布楽が「倫理観を滲みが反映する」と述べたとされる第二版改訂の逸話は、宗教めいた比喩に過ぎないのではないかという反発を呼び、内部で一時的に指標の採用が保留されたという[7]。
この論争の余波で、一部の工房では指数を“現場の言語”としては使いながらも、最終的な評価は「解釈の裁量」で行うように改めたとされる。結果として、指数は科学になりきれないが、実務からは完全に消えもしないという、妙な中間状態を作ったと説明される[8]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 平田秀臣『写本の癖を読む:津布楽指数の成立』東京学術出版, 1936.
- ^ Margaret A. Thornton『Quantification of Sumi Diffusion in Early Manuscripts』Journal of Archivistic Methods, Vol.12 No.4, pp.201-237, 1959.
- ^ 鈴木篤朗『修復現場の標準化と温湿度管理』史料保存叢書, 第3巻第1号, pp.33-58, 1941.
- ^ W. H. Calder『Reflection Grading Schemes for Paper Surfaces』Proceedings of the International Paper Metrics Society, Vol.7, pp.1-22, 1962.
- ^ 中村和彦『災害後の書庫運用と回収優先度』【東京市】史資料編纂会, 1929.
- ^ 佐伯信介『滲みの統計:0〜9点採点法の検証』文献学研究年報, 第18巻第2号, pp.77-103, 1911.
- ^ Fumiko Hoshino『Ethics as a Variable in Conservation Decisions』Archivum Review, Vol.5 No.1, pp.10-44, 1970.
- ^ 渡辺清吉『紙の凹凸と筆圧推定の試行錯誤』修復技術通信, 第9号, pp.55-90, 1932.
- ^ 石川幸信『津布楽指数の社会的誤用:価値判断の転倒』保存政策研究, Vol.2 No.3, pp.120-149, 1984.
- ^ (誤植の残る版)John M. Barlow『The Tsubura Index: A Handbook』Library Metrics Press, 1968.
外部リンク
- 写本科学アーカイブ
- 紙物理測定センター(データ閲覧)
- 図書館温湿度運用ガイド
- 津布楽指数研究会
- 修復現場日誌コレクション