浅村栄斗
| 氏名 | 浅村 栄斗 |
|---|---|
| 画像 | Asamura Eito 2024.jpg |
| 画像サイズ | 280px |
| 画像説明 | 2024年の開幕シリーズで打席に立つ浅村 |
| 愛称 | アサムラ・ギア |
| 生年月日 | 1991年11月12日 |
| 出身地 | 大阪府堺市 |
| 身長 | 182 cm |
| 体重 | 86 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 3 |
| ポジション | 内野手 |
| 所属チーム | 東都ライオンズ |
| 利き手 | 右投左打 |
| medaltemplates | アジア競技大会金メダル(2018年) |
浅村 栄斗(あさむら えいと、〈3年〉 - )は、出身の()。右投左打。の所属。通算三度のと二度のを獲得したとされる[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
堺市の少年野球団「」で野球を始め、当初は兼であった。小学6年時には地元ので、校庭の送風機の風向きを利用した“逆風打撃”を独学し、地区大会で7打席連続長打を記録したとされる[2]。
では1年春からベンチ入りし、2年夏には準決勝で1試合4安打を放って注目された。当時の監督・は「打球が早すぎて外野手が先に驚く」と評したという。なお、この発言は後年にスポーツ紙各紙で微妙に文言が異なって引用されている。
所属チーム別の経歴[編集]
にへ入団し、同年に一軍初出場を果たした。プロ入り後は二軍での調整期間を経て、翌年には開幕ベンチ入りを勝ち取り、代打で初安打を記録した[3]。
には主将に就任し、同年は全144試合に出場して自己ベストを更新した。さらににはへ一時移籍したが、翌年に古巣へ復帰し、復帰初年で打点王を獲得したとされる。球団関係者によれば、契約書の余白に打撃フォームのメモがあったことが移籍交渉を早めたという。
は通算2000安打まで残り6本の状態でシーズンを迎え、8月に節目を達成した。これにより、末期生まれ以降の選手としては最速級の到達と報じられたが、記録集計の方法をめぐって一部に要出典の指摘がある。
代表経歴[編集]
にへ選出され、で主に六番打者を務めた。同大会では決勝で逆転適時打を放ち、金メダル獲得に貢献した[4]。
その後も予備登録を経て、にはで行われた強化試合に初出場を果たした。代表通算では、国際大会14試合で打率.381を記録しているとされ、本人は「国内リーグのボールより国際球の縫い目のほうが礼儀正しい」と語ったという。
選手としての特徴[編集]
浅村は、広角に打ち分ける技術と、追い込まれてからの対応力で知られている。特に初球からのスイングスピードはリーグでも屈指とされ、2022年には打球初速の平均がを記録したと発表された[5]。
守備面ではからまでを高い精度でこなすユーティリティ性が評価されている。また、送球時に右足のつま先をわずかに三塁側へ開く独特の準備動作があり、これは時代に校舎裏の狭い通路で反復練習した名残とされる。
一方で、試合終盤になるほど打撃フォームが簡潔になる傾向があり、打撃コーチのは「緊張すると余計な筋肉が全部どこかへ出勤する」と評した。なお、この表現はチーム内でしばしばモノマネの対象となっている。
人物[編集]
エピソード[編集]
大の好きであり、遠征先では必ず豆の挽き目を自分で調整するとされる。2020年の遠征では、宿泊先の製氷機を使って急冷式の抽出に挑み、翌朝のミーティングで味の話を17分間続けたため、投手陣から「実質カフェ担当」と呼ばれた。
また、試合前に球場内の最も古い時計を確認する習慣がある。本人は「時間のほうがこちらを見ている気がする」と述べており、球団広報はこれを“浅村式集中法”として2021年のファンブックに掲載した。
交友関係[編集]
同世代のとは少年野球時代からの知己で、合同自主トレでは打撃よりも朝食の盛り付け時間で勝負していたという。さらに移籍後は若手選手の質問役を務め、特にバント練習で迷っている選手には「まず構えを丁寧にして、次に諦めないこと」とだけ答えることで知られた。
なお、球場の売店で“浅村セット”と呼ばれる焼きそば・麦茶・黒糖饅頭の組み合わせが一時期販売されていたが、本人は「全部食べると逆に集中できる」とコメントしている。
記録[編集]
タイトル・表彰[編集]
2回、3回、1回、3回を獲得したとされる[6]。また、を通算8回受賞し、内野守備の安定感でも高い評価を受けた。
にはとを同時受賞し、表彰式では盾ではなく“地区予選のスコアブック複製”を掲げて登壇したため、司会者が一瞬言葉を失ったという。
代表歴・個人記録[編集]
金メダル、ベストナイン候補、国際試合通算打率.381などが主な記録として挙げられる。さらに、5月には通算350二塁打を達成し、球団史上4人目となる“左打ちでの節目到達者”となった[7]。
一試合最多安打は6、最多打点は8、連続出塁は29試合である。また、雨天中止明けの初打席での安打率が高いことが知られており、データ班はこれを「湿度補正」と名付けたが、本人はまったく興味を示していない。
出演[編集]
CM[編集]
に飲料メーカーのCMに出演し、無音の打撃練習を続けながら水を飲むだけの演出で話題となった。CMの最後に表示された「準備は、音より先に始まる。」というコピーは、実際には浅村の練習ノートに書かれていた一文をそのまま使ったものとされる。
また、にはスポーツ用品ブランドのバット紹介映像にも登場したが、撮影で使われたバットのうち1本だけ芯が通常より3ミリずれていたため、本人が「むしろ試合用に近い」と発言したという。
テレビ番組[編集]
『』、系『』などに出演した。特に『朝まで打撃理論』では、1時間半にわたってティー打撃の角度を説明し、共演者のが途中でメモの余白を使い切った。
なお、深夜バラエティ番組で“球場の冷蔵庫に貼られた献立表を勝手に改善する男”として再現VTR化されたことがあるが、本人は「改善したのではなく、並び順を少し整えただけ」と訂正している。
著書[編集]
著書に『』(、)、『』(、)がある。前者は自伝であり、後者はフォーム論と生活習慣を半々で綴った実用書として刊行された[8]。
『打席の前で考えること』は発売初週でを超え、球団公認ショップでは“読むとミート率が上がる”との謎の帯文が付いた。なお、本人は執筆時に原稿用紙ではなくスコアブック裏面へ下書きしていたという。
背番号[編集]
背番号はである。少年時代から「三塁線を抜く打球が好きだった」ことに由来するとされ、入団会見で本人が「3は丸く見えて、実は折れにくい」と述べたことから定着した[9]。
なお、一時期在籍時のみを着用していたが、これは契約更改の席で「新しい番号は景気のいい数字がいい」と提案されたためで、当人は後年「結局3に戻る運命だった」と語っている。
脚注[編集]
1. ^ ただし、通算MVP回数と打点王回数については球団公報と競技連盟資料で数え方に差がある。 2. ^ 地元大会の記録は一部が学校保管の手書きメモに依拠している。 3. ^ 2009年の一軍初出場は、資料によっては代走起用とするものもある。 4. ^ 国際大会の打順については大会プログラムと中継映像で表記が異なる。 5. ^ 打球初速の計測方法は球団独自のものであり、リーグ公式値とは一致しない。 6. ^ 表彰回数は年度表彰と月間表彰を合算した集計である。 7. ^ 二塁打記録は雨天コールドゲームを含むかで議論がある。 8. ^ 著書の実売部数は初版増刷分を含むとされる。 9. ^ 背番号の由来は本人談と当時の広報資料で若干異なる。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
東都ライオンズ公式プロフィール
日本野球連盟選手名鑑
球道書房 著者紹介ページ
プロ野球データベース・浅村栄斗
国際大会アーカイブ・選手記録
脚注
- ^ 高瀬一真『打球初速と選球眼の相関に関する一考察』スポーツ科学研究 Vol.18, No.2, pp. 41-58, 2024.
- ^ 松井悠介『左打者の可動域と終盤対応』ベースボール・アナリティクス 第12巻第4号, pp. 9-27, 2022.
- ^ 渡辺誠二『浅村栄斗の打席準備動作に見る身体運用』大阪体育大学紀要 第33号, pp. 101-119, 2021.
- ^ Eleanor M. Cline, "Cultural Utility in Japanese Infielders", Journal of Comparative Baseball Studies Vol.7, No.1, pp. 77-93, 2023.
- ^ 田所修二『主将がグラウンドに残すもの』東都ライオンズ球団報, 2017.
- ^ 佐伯弘明『アジア競技大会における中軸打者の役割』競技史評論 第21巻第3号, pp. 55-74, 2019.
- ^ 北川真由『球場内カフェイン摂取と打率変動』日本スポーツ栄養学会誌 Vol.15, No.2, pp. 13-25, 2020.
- ^ 山岡玲子『打席の前で考えること』球道新書, 2022.
- ^ Robert K. Manson, "The Third Base of the Mind", Baseball Quarterly Review Vol.44, No.6, pp. 200-214, 2024.
- ^ 浅村栄斗『左で打つ理由』球道新書, 2024.
外部リンク
- 東都ライオンズ公式サイト
- 日本野球機構 選手ページ
- 球道書房 著者紹介
- 国際大会公式記録室
- プロ野球データ年鑑