満員電車通過中!
| 名称 | 満員電車通過中! |
|---|---|
| 読み | まんいんでんしゃつうかちゅう |
| 英語表記 | Crowded Train Passing Signal |
| 起源 | 1957年ごろ |
| 提唱者 | 国鉄輸送局混雑表示班 |
| 用途 | 列車の満員状態の周知、沿線安全確保 |
| 主な使用地域 | 首都圏、京阪神圏 |
| 関連方式 | 光学札、駅頭拡声、車内圧検知札 |
| 代表的な標語 | 押さないでください、満員電車が通過しています |
| 廃止傾向 | 1980年代以降に緩和 |
満員電車通過中!(まんいんでんしゃつうかちゅう)は、の都市鉄道で用いられる、車内定員の上限を超えた状態を外部に通知するための警報・表示概念である。主に後半のにおいて、通勤混雑の可視化を目的として普及したとされる[1]。
概要[編集]
満員電車通過中!は、や、高架下の歩道において、通常運行中の列車が「すでに乗車定員を超えている」ことを通告するための表示概念である。一般にはの混雑対策として知られるが、実際には昭和30年代の民間広告技術との安全啓発が偶然接続して成立したものとされる。
この表示は、車体側面の小型板に赤字で「通過中!」と記し、前方監視員がからまでの数区間だけ掲げる方式が中心であった。なお、当初は「満員車両通過中」とされたが、利用者の反応が鈍かったため、より切迫感のある「電車」表現に改められたという[2]。
成立の経緯[編集]
戦後復興期の混雑対策[編集]
、の朝ラッシュでドア付近の乗客が駅員の指示を聞き取れず、降車客がホームに滞留したことがきっかけとされる。これを受け、の内部文書「第3種注意喚起表示試案」において、車内の圧迫状態を沿線へ見せるための語句として「満員電車通過中!」が採択された。
起案したのはの交通心理学者、であるとされる。三浦は「人間は危険そのものより、危険が移動しているという事実に反応する」と主張し、駅の掲示板に絵文字に近い図案を貼る実験を行った。なお、この実験では周辺の子どもたちが表示板を見て電車を見送る習性を示したため、通過速度が0.7km/h上がったという記録が残る[3]。
表示形式の確立[編集]
初期の表示は木製札で、運転士の手元にあると風圧で飛ばされる事故が多かったため、系の金属加工班が薄い真鍮板を採用した。これにより、表示板は「満員」の二文字だけが妙に大きく、最後の「!」がやや斜めに傾く独特の意匠を持つようになった。
また、の夏には、で試験的に蛍光塗料が用いられ、夜間に青白く発光する「満員電車通過中!」が目撃されたとされる。この演出は乗客から好評であった一方、沿線住民が「幽霊列車」と誤認して通報した事案が相次ぎ、警察協議の結果、のちに廃止された。
運用[編集]
運用上は、列車が定員のからに達した場合に、駅長の裁量で「通過中!」札が掲出されるのが通例であった。とくにの始発列車では、朝6時12分発の便に限って、駅員が「本日は大変満員です」と肉声で補足することが多かったという。
一方で、表示の有無が利用者の行動に与える影響は複雑であった。表示を見ると乗車を控える者がいる一方、逆に「歴史的に貴重な満員電車を見たい」として写真撮影を行う鉄道愛好家も現れた。この結果、にはでホーム先端の立入制限が設けられ、表示板とカメラの距離を3.8m以上とする社内基準が策定された[4]。
社会的影響[編集]
標語文化への波及[編集]
「満員電車通過中!」は、通勤地獄を笑い飛ばす都市標語として広く流通した。とりわけの庁内ポスター「押し合うなら、せめて規則正しく」に採用されたことで、鉄道以外の分野にも転用されるようになった。
この頃から、新聞の見出しに「通過中!」を模した言い回しが増え、夕刊の交通欄では、遅延ではなく「満員進行」のような独特の語彙が用いられた。もっとも、編集部の記録によれば、こうした表現は担当記者が駅で2時間待たされた末に半ば自暴自棄で書いたものとされる。
安全教育との結びつき[編集]
にはの安全教育映像に組み込まれ、小学校では「満員電車は見ても乗るな」という教訓が使われた。これは混雑の危険性を説明する教材として有効であったが、児童の一部が「満員電車が通るなら見学したい」と申し出たため、授業計画の修正が必要になった。
なお、では同様の啓発を「超満員接近中」に言い換えて運用したが、語感がやや攻撃的すぎるとして3か月で中止されたという。こうした名称変更は各地で繰り返され、最終的には「通過中!」という曖昧で便利な表現が残った。
批判と論争[編集]
批判の中心は、表示がかえって混雑を助長するのではないかという点であった。実際、のでは「満員電車通過中!」の掲示直後に撮影目的の群衆が集まり、ホームが二次的に満員となったため、駅側が「満員電車の満員化」という自己言及的な事態に陥ったと報告されている。
また、労働組合側からは「満員状態を祝福するかのような文言は、輸送改善の遅れを隠す」との指摘が出された。これに対し側は「本表示は祝福ではなく、単なる実況である」と反論したが、実況であればなおさら改善を急ぐべきだという再反論がなされ、議論は平行線をたどった[5]。
衰退と再評価[編集]
自動化による消滅[編集]
以降、車内センサーと自動放送の普及により、手作業の「通過中!」札は急速に姿を消した。特にでは、車両ドアの上に設置された小型ランプが赤く点灯するだけで代用されるようになり、紙札は「昭和の風物詩」として博物館に送られた。
ただし、の展示担当者は、照明付きの再現装置を入れたところ来館者があまりに列を作ったため、結局それ自体が満員電車通過中の再現になったと述べている。
インターネット時代の復活[編集]
には、SNS上で「満員電車通過中!」の画像が都市伝説として拡散し、実在性を問う投稿が相次いだ。これに伴い、若年層の間で「#通過中ごっこ」と呼ばれる混雑報告文化が発生し、通勤電車の混雑率を誇張して共有する行為が一種のミームとなった。
一部の鉄道会社では、この流れを受けて駅のデジタルサイネージに似た表示を試験導入したが、文字数が多すぎて「満員電車通過中!」が画面からはみ出し、結局「満車」「混雑」などの短縮表現へと回帰したという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三浦鏡一『都市混雑における表示語の心理的効果』交通心理研究所, 1958年, pp. 14-29.
- ^ 日本国有鉄道輸送局『第3種注意喚起表示試案』内部資料, 1955年, pp. 3-8.
- ^ H. Thornton, “Passing Signals in Overcapacity Transit,” Journal of Urban Rail Studies, Vol. 12, No. 3, 1961, pp. 201-219.
- ^ 渡辺精一郎『昭和鉄道標語史』北辰書房, 1974年, pp. 88-103.
- ^ A. K. Feldman, “Crowd Warnings and Passenger Compliance,” Transit Semiotics Review, Vol. 7, No. 1, 1968, pp. 1-17.
- ^ 国鉄安全啓発室『ホーム上の視認性と赤色札』資料集, 1963年, pp. 41-56.
- ^ 小林智子『満員電車通過中!の社会学』都心文化社, 1989年, pp. 122-141.
- ^ M. A. Thornton, “The Train That Announced Itself,” Proceedings of the Metropolitan Mobility Institute, Vol. 4, No. 2, 1972, pp. 77-95.
- ^ 大阪市交通局広報課『超満員接近中表示の試行報告』, 1971年, pp. 5-12.
- ^ 交通標語史料編纂委員会『駅で生まれたことばたち』中央文庫, 2002年, pp. 233-250.
外部リンク
- 鉄道標語アーカイブス
- 都市混雑史研究会
- 昭和交通資料室
- 駅頭表示デジタル博物館
- 満員電車文化保存連盟