澁谷かのん
| 名称 | 澁谷かのん |
|---|---|
| 読み | しぶや かのん |
| 英語表記 | Shibuya Kanon |
| 別名 | 渋谷式カノン、歩行者輪唱 |
| 起源 | 1970年代後半の渋谷駅周辺 |
| 提唱者 | 羽田野清一郎、M. T. Halberd |
| 関連機関 | 都市騒音研究会、東都音響文化研究所 |
| 主な用途 | 群衆の同期、商業施設の音響誘導 |
| 象徴年 | 1984年 |
澁谷かのん(しぶや かのん)は、発祥の都市音響史において、歩行者の反復音を旋律へ変換するために用いられた人物名兼概念である。後に周辺の若年層文化と結びつき、擬似的な合唱単位を指す語として広まった[1]。
概要[編集]
澁谷かのんは、の雑踏を単なる騒音ではなく、時間差で重なる可変的な旋律として扱う都市音響上の概念である。名称はに由来するとされるが、実際には1978年に東口で実施された「歩行者同期観測」の記録用ラベルとして使われたのが最初とされる[2]。
当初は商業施設の案内放送を聞き取りやすくするための実験語であったが、1980年代半ばにの深夜番組がこれを取り上げたことで、若者文化の符牒として独り歩きした。なお、当時の資料には「澁谷香音」「シブヤ・カノン」など表記揺れが非常に多く、編集者の間では半ば別概念として扱われていた[3]。
歴史[編集]
黎明期[編集]
起源については二つの説がある。一つは、にの非常勤講師であった羽田野清一郎が、交差点を渡る歩行者の足音が一定間隔で戻ってくる現象を観測し、これを「都市の輪唱」と記述したとする説である。もう一つは、出身の音響設計者M. T. Halberdが、の空調騒音を下敷きにしたインスタレーション案の名称として提案したとする説である。
いずれの説でも、最初は音楽ではなくの補助概念として扱われた点で一致している。特に1979年の冬、雨天時に発生した信号待ちの滞留人数が平均3,840人を超えたことから、案内音声の遅延を補正する必要が生じ、澁谷かのんの原型が実務に投入されたとされる。
普及[編集]
、が試験導入した「かのん式多層放送」は、同じ文言を0.8秒ずつずらして3回再生する方式で、買い物客の移動速度が平均で12%向上したと報告された[4]。この数値は当時の社内報にしか見当たらず、要出典とされることが多い。
その後、の屋上イベントで、DJが群衆の足踏みをライブで採譜したことから、澁谷かのんは「街全体を輪唱させる芸術」として再解釈された。1986年にはが「都市雑音の再文脈化」に関する小規模助成を行い、研究者とクラブ関係者が同じ会議室で議論する珍事が起きている。
制度化と拡散[編集]
1990年代に入ると、の一部職員が、防災無線の聞き取り改善に澁谷かのんの位相制御理論を応用した。これにより、同じ放送が時間差で三層に分かれて届く仕組みが試験運用され、住民アンケートでは「落ち着く」と答えた者が41.6%、「眠くなる」と答えた者が38.9%で拮抗したという。
一方で、音楽関係者の間では「澁谷かのんは本来ではなく、単に渋谷駅周辺の人流を文章化したものにすぎない」とする批判も根強い。もっとも、2002年以降は上で断片的に拡散した影響で、海外では「Shibuya Canon」が都市型ASMRの祖型として紹介されるなど、学術的文脈から離れた再神話化が進んだ。
構造と技法[編集]
澁谷かのんの基本構造は、「主声」「追従声」「遅延声」の三層から成ると説明される。主声は駅前の標識や呼び込み、追従声はそれを聞いた群衆の復唱、遅延声は地下通路や高架下で反響した断片であり、これらが最大1.7秒ずつずれて重なることで、半ば自律的な和声が発生するとされた[5]。
また、実践家はしばしばを「終止点」と呼び、そこで生じる滞留を楽曲のカデンツとして扱った。1988年の記録では、通行人の傘の開閉音を含めるかどうかで研究班が分裂し、最終的に「雨天時のみ可」とする折衷案が採用された。このような細部への執着が、澁谷かのんを単なる流行語ではなく、半ば儀礼的な都市技法へ押し上げたと考えられている。
社会的影響[編集]
澁谷かのんは、の商業空間における音の扱いを変えたとされる。とりわけや大型書店では、案内放送に意図的な遅延を設け、来訪者の歩行速度や滞在時間を制御する手法が採用された。1996年の調査では、澁谷かのん方式の店内放送を導入した売場で、客の平均回遊距離が1日あたり約180メートル延びたとされる[6]。
また、教育分野ではの一部で、都市騒音を採譜する課題が出されたことがある。これにより、虫の鳴き声や自転車のベルを和声化する学生が急増し、1998年には「澁谷かのん部」という非公式サークルが12校に存在したという。ただし、この数字は当時の同人誌に基づくもので、正確性には疑義がある。
批判と論争[編集]
澁谷かのんをめぐっては、成立当初から「実在する都市現象に音楽的権威を後付けしたにすぎない」との批判があった。特にの社会音響学者、三枝真理子は1993年の論文で、澁谷かのんの多くが後年の編集で整えられた可能性を指摘し、「渋谷の雑踏に対する美学的願望を制度化したもの」と評している[7]。
一方で、擁護派は「都市の混雑を聞き取れるかたちで保存した稀有な文化技法」であると反論した。2007年にはの駅構内放送改善案が澁谷かのんに似ているとして、著作権ならぬ「音響先使用権」をめぐる奇妙な議論が起きたが、結局は「一般的な案内放送の域を出ない」として棚上げされた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 羽田野清一郎『渋谷歩行者音響調査報告書』東都音響文化研究所, 1979, pp. 12-41.
- ^ M. T. Halberd, “Canonical Delay in Commercial Districts,” Journal of Urban Acoustics, Vol. 8, No. 2, 1985, pp. 114-129.
- ^ 三枝真理子『都市雑音の再文脈化——澁谷かのんを中心に』上智大学出版, 1993, pp. 55-88.
- ^ 川口智彦『駅前の反復と輪唱:渋谷式カノンの実務』日本放送協会出版, 1988, pp. 7-33.
- ^ Margaret L. Keen, “Walking Choirs and Crosswalk Time-Lag,” Proceedings of the International Congress of Sound Studies, 1991, pp. 201-219.
- ^ 『東急百貨店社内報 かのん特集号』第14巻第3号, 1996, pp. 4-9.
- ^ 小野寺一史『防災無線と位相差制御』ぎょうせい, 2001, pp. 91-126.
- ^ A. R. Feldman, “Shibuya Canon as Urban ASMR,” Contemporary Japanese Media Review, Vol. 22, No. 4, 2008, pp. 66-74.
- ^ 渡辺精一郎『群衆同期論入門』港湾文化社, 1990, pp. 143-171.
- ^ 『音の都・渋谷』編集委員会『澁谷香音と表記揺れの文化史』渋谷学会, 2004, pp. 3-19.
外部リンク
- 東都音響文化研究所アーカイブ
- 渋谷区都市伝承データベース
- 日本歩行者同期学会
- 都市雑音再文脈化センター
- Shibuya Canon Project