災害級のASMR
| 名称 | 災害級のASMR |
|---|---|
| 別名 | D-ASM, 破壊的囁き, 震度感応音響 |
| 分野 | 音響表現、危機広報、擬似環境メディア |
| 成立 | 1987年頃とされる |
| 提唱者 | 黒田 恒一、マーガレット・H・ソーン |
| 主な拠点 | 東京都港区、神奈川県横須賀市、千葉県千葉市 |
| 特徴 | 強い近接音、過剰な定位、低周波の揺れ |
| 社会的影響 | 深夜帯の視聴制限、自治体広報への転用 |
| 関連機関 | 放送技術研究会、危機広報調整室 |
災害級のASMR(さいがいきゅうのえーえすえむあーる、英: Disaster-Class ASMR)は、極端に強い環境音・接触音・反響音を意図的に設計し、聴取者に強い没入感を与えるとされる音響表現である。の放送技術研究会を起点に広まったとされ、のちにの危機広報実験とも結び付いた[1]。
概要[編集]
災害級のASMRは、通常のがもつ静穏性を反転させ、耳元の囁き、机上の振動、紙の擦過音、さらには遠雷や防災無線の残響までを精密に編集した音響様式である。聴取者は「落ち着く」と感じる場合もあれば、逆に不安を覚える場合もあり、この二面性が本概念の核であるとされる。
名称にある「災害級」は、音量の大小ではなく、心理的・社会的な影響の広がりを指す専門用語として用いられたという。もっとも、1980年代後半の初期資料では、単に編集室内で「やかましすぎて災害級」と呼ばれたのが始まりだとする証言もあり、学術的起源と現場語の両説が併存している[2]。
成立史[編集]
東京湾岸の試験放送[編集]
起源は、の小規模スタジオで行われた深夜放送実験に求められる。録音担当のは、災害報道の注意喚起音と耳かき音の共通点に着目し、マイクの至近距離で傘を開閉するだけの素材を作成した。これが想定外に好評で、試験聴取者のが「不安だが消したくない」と回答したとされる[3]。
米国側の理論化[編集]
一方で、音響実験室に勤務していたが、低周波振動と注意喚起反応の関係を整理し、1989年の報告書『Tremor-Intimacy Correlation』において「危機の親密化」という概念を提示した。これが日本側の素材主義と接続され、災害級のASMRは単なる変態的音フェチではなく、危機時の情報受容を補助する技法として位置付けられていった[4]。
普及と定着[編集]
の大規模停電訓練では、の防災教育番組が、非常灯の点滅音とポリタンクの水揺れを用いた15分間の音声教材を配布し、視聴後の記憶定着率が従来比で1.8倍に上昇したという。なお、この数値は後年の再解析で「測定法がかなり雑である」と指摘されているが、関係者は「雑でも効くのが災害級のASMRである」と述べたと伝えられる。
配信文化への流入[編集]
に入ると、動画投稿サイト上で「避難誘導ロールプレイ」「非常食開封音」「雨戸固定音」などの亜種が大量に出現し、各地の自治体アカウントが黙って参考視聴する事態となった。とくにの沿岸自治体で作成された「高潮注意報の読み上げを半音下げた版」は、コメント欄で「怖いのに眠れる」と評判になったが、制作意図は最後まで不明である。
特徴[編集]
音響設計[編集]
災害級のASMRの標準的構成は、近接マイクによる囁き、金属音の過剰な倍音、そしてごく短い無音区間から成る。無音区間は「避難の間」と呼ばれ、聴取者の予測を裏切るために0.2秒から2.7秒の範囲で揺らすのが通例である。音響監督の間では、編集点が多いほど精神的な揺れが増すとされ、1本あたり平均184回のカットを入れた作品が「やや控えめ」と評価されることもある[5]。
感情反応[編集]
通常のASMRが鎮静を狙うのに対し、災害級のASMRは緊張と安心を同時に誘発する点に特色がある。聴取者は、防災訓練の記憶や深夜のテレビ音声を想起しつつ、なぜか耳掃除の満足感まで得るとされる。この矛盾した反応は「二重避難効果」と呼ばれ、の周辺研究者が2016年に初めて記述したという。
代表的な手法[編集]
代表的な手法には、ヘルメットの内側を叩く「装備内反響」、避難所のビニールシートを撫でる「臨時居住摩擦」、および救急車の遠ざかる音を逆再生する「帰還遅延」がある。なかでも「帰還遅延」は、聴取者が音の終わりを待つほど不安が強まり、結局その不安自体が快感に変わるとして、配信者の間で神聖視されている。
社会的影響[編集]
災害級のASMRは、当初は一部の深夜視聴者の嗜好として扱われていたが、次第に広報・教育・睡眠導入の3用途に分化した。自治体では、防災訓練の参加率向上を目的に、訓練開始の合図を通常のサイレンではなく「やや湿った布を畳む音」に差し替える事例まで現れた[6]。
一方で、深夜帯に聴取すると不安障害を悪化させるおそれがあるとして、の内部基準では「23時以降の災害級ASMRは原則として音量ではなく情緒で規制される」とされた。もっとも、これは法的拘束力のない紳士協定にすぎず、実効性はかなり限定的であった。
批判と論争[編集]
批判の中心は、災害の記憶を娯楽化しているという倫理的問題である。とりわけの北部地震の後、一部の配信者が「揺れ音素材」を無断で再利用したことから、被災経験者への配慮を欠くとして強い反発を招いた。
また、音響的に「災害級」と称しながら実際には食器を一枚割っているだけの動画が大量に流通し、専門家からは「災害の比喩がインフレしている」と批判された。ただし、支持者側は「比喩の過剰こそが本ジャンルの本質である」と反論しており、現在でも評価は割れている。
主要人物[編集]
災害級のASMRの普及には、編集者・技術者・配信者が複雑に関わったとされる。黒田 恒一は元来の音声調整補助員であり、ノイズの除去ではなくノイズの再配置に執念を燃やした人物として知られる。一方、マーガレット・H・ソーンは、危機時の聴覚反応を研究する過程で「人は落ち着きたいときほど物騒な音に寄る」という逆説を示した。
ほかに、の自主防災会に所属していた佐伯 美咲は、町内会の放送設備を用いた「防災ラジオASMR」を完成させ、2014年の地域フェスティバルで来場者を集めたとされる。なお、本人は当初この呼称を嫌っていたが、最後には「災害級でなければ耳に残らない」と述べたという[7]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 黒田 恒一『反響する避難訓練——災害級ASMRの編集技法』音響文化研究社, 1998.
- ^ Margaret H. Thorn, "Tremor-Intimacy Correlation in Broadcast Environments," Journal of Applied Acoustics, Vol. 14, No. 3, 1990, pp. 201-229.
- ^ 佐伯 美咲『町内会放送の情動設計』日本危機広報学会, 2015.
- ^ 田辺 里緒『深夜音声と不安の快楽』青潮書房, 2007.
- ^ K. Nakamura and S. Bell, "The Wet Paper Paradigm in Disaster-Class Listening," Media & Memory Review, Vol. 9, No. 1, 2016, pp. 44-68.
- ^ 渡辺 精一郎『防災音響学概論』港北出版, 1996.
- ^ Elaine V. Porter, "Whispered Sirens: A Study of Intimate Warning Signals," Annals of Sonic Studies, Vol. 22, No. 4, 2019, pp. 311-339.
- ^ 小山内 恒一『非常食の開封音に関する比較民俗誌』東都学芸社, 2012.
- ^ 『危機広報のための音声演出基準 第7版』内閣府危機広報調整室, 2020.
- ^ 中原 佑介『災害級のASMR入門——耳で学ぶ避難行動』光輪館, 2021.
- ^ M. A. Thornton, "On the Aesthetic Use of Alarm Reversal," Proceedings of the Atlantic Institute of Sound, Vol. 31, No. 2, 1989, pp. 88-104.
外部リンク
- 日本災害級ASMR協会
- 危機音響アーカイブ・東京
- 深夜防災ラボ
- 耳元広報研究所
- 逆再生サイレン資料館