無自覚の銃殺と無意識の扼殺
無自覚の銃殺と無意識の扼殺(むじかくのじゅうさつとむいしきのやくさつ、英: Unaware Shooting and Unconscious Strangulation Effect)とは、の用語で、においてが心理的傾向である[1]。とくに対人場面で、些細な一言を「銃殺」級の失敗、沈黙や曖昧な同意を「扼殺」級の加害として後から再解釈する現象として知られる[2]。
概要[編集]
無自覚の銃殺と無意識の扼殺は、の臨床場面との対人認知研究の接点で記述された架空の認知バイアスである。本人の自覚がないまま、会話や意思決定に含まれる「相手への影響」を極端な暴力表現へと読み替えてしまう点に特徴がある[3]。
この効果は、末期にの面接室で観察されたとされ、その後の行動実験班との比較認知研究グループによって整理された。なお、当初は「発話後遺症」または「過剰責任の二重像」と呼ばれていたが、の合同シンポジウムで現在の長い名称に統一された[4]。
定義[編集]
定義上、無自覚の銃殺と無意識の扼殺は、本人が意図的な攻撃や支配を行っていないにもかかわらず、あとから自分の行動を「取り返しのつかない加害」として認識し直す傾向を指す。前者は言語的・論理的な一撃を、後者は沈黙・保留・曖昧な同意による圧迫を、それぞれ象徴する概念である[1]。
のによれば、この効果は「罪悪感の強度」そのものではなく、「出来事の種類を暴力比喩へ変換する速度」によって測定されるとされる。もっとも、この定義はの再現研究で一部修正され、怒りよりも羞恥と疲労の組合せが強いときに発生率が高いことが示された[5]。
由来・命名[編集]
由来は、の精神科病院で行われた面接記録にあるとされる。記録には、患者が「自分は相手を撃ってしまった気がするが、実際には電話を切っただけだ」と述べた箇所があり、これが「銃殺」側の語源になったという[6]。
一方「扼殺」は、の学生相談室で使われていたメモ書きに現れる「相手の発言を黙って見送った結果、会話そのものを絞め殺した感じがする」という表現に由来する。二つの語が一本化されたのは、の編集会議で、当時の主任研究員が「片方だけでは症状の全体像が見えない」と主張したためである[7]。
メカニズム[編集]
この効果は、第一にの自己監視機構が過活動を起こし、通常の反省が即座に「重大事件」へ増幅されることで生じると説明される。第二に、記憶再生の段階で相手の表情が「被害者の沈黙」として上書きされ、行為者本人の記憶よりも周囲の空気が優先される[8]。
また、の実験では、参加者が短文を送信した直後に10秒間の無音を置かれると、約68.4%が「自分は相手を撃った」「会話を絞めた」と表現したとされる。これに対し、通知音を0.3秒遅延させるだけで発生率が41.2%低下したことから、研究者は「即時反応の空白」が扼殺感を誘発すると結論づけた[9]。
実験[編集]
初期実験[編集]
にで行われた初期実験では、被験者146名に対し、架空の謝罪文を3分以内に作成させた。結果、語尾に「です」を多用した群は銃殺感、文末を省略した群は扼殺感が有意に高くなったと報告されている[10]。
比較文化実験[編集]
との共同研究では、日本語話者は「撃つ」「絞める」といった比喩へ移行するまでの時間が平均2.7秒短かったのに対し、英語話者は「damage」「stifle」への移行がやや穏やかであった。もっとも、翻訳時に「strangle」を「首を絞める」と訳したことで、回答用紙の3分の1が空欄になったとの指摘がある[11]。
追試[編集]
の追試では、参加者の机にの地図を置くと効果が強まることが確認された。研究班は、都市名の密度が高い地図ほど「自分の一言で都市計画を壊した気分」になるためではないかと推測したが、査読者からは「地図の扱いが雑すぎる」として要出典コメントが付いた[12]。
応用[編集]
臨床応用としては、過剰な自己責任を言語化するの補助指標に使われることがある。とくにやにおいて、患者が自分の発言を「相手を殺した」と比喩化した場合、その比喩の強度を追跡することで回復の進み具合を測定できるとされた[13]。
また、企業研修では、会議で沈黙した参加者があとから「自分は議論を扼殺した」と感じる現象を軽減するため、発言後に必ず15秒の沈黙を入れる手法が採用されている。なおのあるIT企業では、この手法により離職率が8.9%改善したとされるが、同時期に社内チャットの絵文字使用率が2倍になったため、因果関係は不明である[14]。
批判[編集]
批判としては、まずこの概念がを過度に刺激し、かえって相談者の自己像を硬直化させるという指摘がある。とりわけ以後の深層心理学用語を安易に連結した命名が、学術語としては過剰に劇的であるとする意見が根強い[15]。
さらに、の年次大会では、そもそも「銃殺」と「扼殺」を一つのバイアスに束ねる必要性があるのかという討論が行われた。これに対し提唱派は「分けると片方だけが自己正当化に使われる」と反論したが、会場ではむしろ名称の長さが議題の中心になったと報告されている。
脚注[編集]
[1] 佐伯倫太郎『対人認知における暴力比喩の自己内転換』日本認知心理学会誌 第18巻第2号, 1988年, pp. 41-58. [2] Margaret J. Thorne, "The Unaware Shooting and Unconscious Strangulation Effect", Journal of Imaginary Cognition, Vol. 12, No. 4, 1991, pp. 201-219. [3] 渡辺精一郎『過剰責任と会話の死角』北野書房, 1990年. [4] K. Ellison & M. J. Thorne, Proceedings of the East-West Symposium on Self-Blame, University of London Press, 1987, pp. 77-93. [5] 井上和真「沈黙遅延と羞恥反応の相関」『行動臨床研究』第9巻第1号, 2014年, pp. 5-26. [6] 神奈川県立精神医療センター記録室『1978年度面接記録抄』内部資料, 1979年. [7] 国立精神衛生研究所編『新語採択会議議事録 1987』, 1988年. [8] L. B. Keene, "Prefrontal Overmonitoring and Metaphoric Violence", Cognitive Aspects Quarterly, Vol. 7, No. 2, 1995, pp. 66-84. [9] 横浜対人認知ラボ『遅延応答が自己評価に与える影響』報告書, 2006年. [10] 大阪大学行動心理学班『謝罪文生成と比喩変換の実験』, 1983年. [11] S. Tanaka, N. Lim, & P. R. O'Neill, "Cross-Linguistic Effects in Self-Accusation Labels", International Review of Applied Mind, Vol. 3, No. 1, 2002, pp. 11-39. [12] 東京認知地理研究会『都市地図刺激による自己責任感の増幅』, 2019年. [13] 小池麻衣子『認知再構成療法における比喩強度指標』医歯薬出版, 2016年. [14] 名古屋産業心理研究所『沈黙導入型会議の効果測定』, 2022年. [15] R. H. Bellamy, "On the Excessive Dramatization of Responsibility", Theoretical Psychology Review, Vol. 21, No. 3, 2021, pp. 144-149.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯倫太郎『対人認知における暴力比喩の自己内転換』日本認知心理学会誌 第18巻第2号, 1988年, pp. 41-58.
- ^ Margaret J. Thorne, "The Unaware Shooting and Unconscious Strangulation Effect", Journal of Imaginary Cognition, Vol. 12, No. 4, 1991, pp. 201-219.
- ^ 渡辺精一郎『過剰責任と会話の死角』北野書房, 1990年.
- ^ K. Ellison & M. J. Thorne, Proceedings of the East-West Symposium on Self-Blame, University of London Press, 1987, pp. 77-93.
- ^ 井上和真「沈黙遅延と羞恥反応の相関」『行動臨床研究』第9巻第1号, 2014年, pp. 5-26.
- ^ 神奈川県立精神医療センター記録室『1978年度面接記録抄』内部資料, 1979年.
- ^ 国立精神衛生研究所編『新語採択会議議事録 1987』, 1988年.
- ^ L. B. Keene, "Prefrontal Overmonitoring and Metaphoric Violence", Cognitive Aspects Quarterly, Vol. 7, No. 2, 1995, pp. 66-84.
- ^ 横浜対人認知ラボ『遅延応答が自己評価に与える影響』報告書, 2006年.
- ^ R. H. Bellamy, "On the Excessive Dramatization of Responsibility", Theoretical Psychology Review, Vol. 21, No. 3, 2021, pp. 144-149.
外部リンク
- 日本架空認知心理学会アーカイブ
- 対人比喩効果データバンク
- 国際自己責任研究連盟
- 東京臨床認知図書館
- 横浜行動実験資料室