猫とくりきんとんの関連性
| 名称 | 猫とくりきんとんの関連性 |
|---|---|
| 分野 | 民俗学、食文化史、動物行動学 |
| 起源 | 18世紀後半の中山道沿いの菓子屋と寺院記録 |
| 中心地域 | 岐阜県中津川市、長野県木曽郡、愛知県瀬戸市 |
| 主要提唱者 | 篠崎栄二郎、マルガレーテ・フント |
| 代表的仮説 | 糖度誘引説、栗皮保存説、招福座敷説 |
| 関連儀礼 | 月見供物、納屋敷き初め、菓子箱回覧 |
| 学会 | 日本猫菓子相関学会 |
| 初の体系化 | 1912年 |
猫とくりきんとんの関連性は、において後期から民俗学・菓子工芸・家庭飼育史の交差点で語られてきた、猫の行動との製法・献立・儀礼的配置のあいだに見出される相関概念である。とくにを中心とする中山間地域で発展した「糖度誘引説」が有名である[1]。
概要[編集]
猫とくりきんとんの関連性とは、猫がの存在する環境で示す一連の行動変化、ならびにそれを観察・記録してきた菓子職人や在地知識人の言説群を指す用語である。一般には食餌への嗜好性に還元されがちであるが、古い資料では「箱の角を好む」「座布団の縁で一度だけ旋回する」「菓子折の薄紙に異常な関心を示す」など、半ば儀礼化した反応が記録されている[2]。
この概念が注目されたのは、の老舗和菓子店が秋季に配布していた見本箱から猫がほぼ必ず姿を現したという逸話に由来するとされる。ただし、後世の研究では、実際には糖蜜の香りよりも、箱底に貼られた藁紙の静電気が主因であった可能性が指摘されており、議論はなお続いている[3]。
起源[編集]
中山道の菓子帳にみえる初出[編集]
最古の記述は4年の『木曽路菓子帳』に見えるとされ、そこでは「栗餡を練る夜、戸口の三毛が二度鳴きし、翌朝の売上が一割増した」と記されている。これを後年の篠崎栄二郎は、猫がくりきんとんの糖化を感知して人家へ客を導く現象と解釈した[1]。なお、原本は内の私蔵とされるが、確認されたことはない。
一方で、東濃地方の寺院日誌には、くりきんとんを供えた座敷で猫が畳の目に沿って円を描くように歩いたという記録が散見される。これが「招福座敷説」の根拠であり、供物の甘味よりも、栗の繊維が畳表の湿度を一定に保つことが重要であったとする説もある。
篠崎栄二郎と初期研究[編集]
、民俗採集家の篠崎栄二郎は『菓子に寄る獣類の習癖』を発表し、猫とくりきんとんの関係を「日本最小にして最古の食卓同盟」と命名した。彼はの菓子見本市で、来場猫12匹中9匹が同一銘柄のくりきんとん箱に寄ったことを統計的根拠として示し、当時の新聞『中部時報』はこれを「見世物にして学説」と評した[4]。
篠崎の手法は粗雑であったが、箱の位置、菓子の温度、猫の年齢を記録した点が評価されている。とくに彼が「栗餡は猫の沈黙を誘う」と書いた一節は、その後のでも引用され続けた。
主要仮説[編集]
糖度誘引説[編集]
もっとも知られるのは糖度誘引説である。これは、くりきんとんの表面糖度が18前後に達すると、猫の嗅覚に「冬支度の気配」として感知されるという説で、初期から菓子職人のあいだで半ば常識視されてきた[5]。実験では、砂糖比率を0.3%ずつ変えた試料を内の商家に設置し、猫の接近回数を96時間追跡したところ、糖度の高いものほど猫が箱を枕にする率が上昇したという。
ただし、後年の再現実験では、同じ試料でも秋雨の翌日だけ反応が強く、研究者は「糖度ではなく湿り気に反応している」と結論づけた。これに対し糖度誘引説支持派は、猫は湿り気を通じて糖度を読むのであり、両者は矛盾しないとしている。
栗皮保存説[編集]
栗皮保存説は、くりきんとんの周囲に残る栗皮片が猫の狩猟本能を刺激するという立場である。とくに皮むき作業中に生じる微細な繊維くずが、猫にとっては小動物の毛並みに似た視覚刺激になるとされる。中津川の一部の製造所では、猫が作業場に入ると皮むき台の脚を必ず一周することから、「猫が台の状態を点検している」と誤解された事例があった[6]。
この仮説の面白い点は、猫が最も反応するのが完成品ではなく、むしろ処理の終盤であることである。つまり、くりきんとんが商品になる瞬間ではなく、商品になる直前の「崩れかけた栗の匂い」に惹かれているとされる。
招福座敷説[編集]
招福座敷説はやや神秘主義的で、くりきんとんが供された座敷では猫が座布団の上を選ぶ確率が通常の1.8倍に増えるというものである。これは、栗色の見た目が暖色系の布地と似た「安心の領域」を形成し、猫が居場所を誤認するためだと説明される。京都の茶席文化との関連も指摘されており、家元の記録には「栗甘しければ猫も静か」とある[7]。
ただし、同説には反対も多く、実際には来客数が増えることで猫の警戒が高まり、結果として動きが緩慢になるだけだとする実務的な反論が有力である。
社会的影響[編集]
この関連性は、単なる珍説にとどまらず、の菓子包装業、観光パンフレット、地域の猫保護活動にまで影響を与えたとされる。1980年代には「猫よけより猫寄せ」を合言葉に、くりきんとんの製造所周辺へ保護猫用の寝台を置く運動が広がり、結果的に季節イベントの集客が2割増えたという[8]。
また、の一部学校では秋の総合学習として「栗と猫のあいだにある沈黙」を観察する授業が行われ、児童が栗の蒸し上がり時間と猫のあくび回数を記録するという、教育としてはやや方向の違う実践が定着した。なお、これがのちに動物倫理教育へ接続したとする説もあるが、因果関係は不明である。
批判と論争[編集]
批判の中心は、猫とくりきんとんの関係が相関であって因果ではない、という点にある。とりわけの動物認知研究班は、くりきんとんを置かない場合でも、箱と薄紙と人間の期待があれば猫は同様の行動を示すと報告し、関連性の多くは観察者側の先入観である可能性を示した[9]。
一方で、伝統菓子保存会などの支持派は、統計に表れない「猫の記憶」を重視すべきだとして反論した。支持派の会議では、猫がくりきんとんを見た瞬間に一度だけ耳を伏せる動作を「礼」と呼ぶか「警戒」と呼ぶかで3時間議論が続いた記録がある。ここから、学術論争というより、ほとんど宗教的儀礼の解釈学に近いものへ変質していったことがうかがえる。
後世の展開[編集]
日本猫菓子相関学会の成立[編集]
、三島市の旅館で「日本猫菓子相関学会」が発足した。会員は初年度23名で、和菓子職人、獣医師、郷土史家、元郵便局長など構成が極めて不揃いであったが、この不均一さこそが学会の魅力とされた。学会誌『猫菓子年報』は年1回発行で、うち半分近くがくりきんとん関連で占められた[10]。
同学会は毎年の日に「試食と観察」を同時進行で行うことで知られ、猫の参加を前提とした会場設営がなされた。もっとも、実際に最後まで残る猫は少なく、記録写真の大半は菓子皿の横で寝る猫である。
現代の受容[編集]
現在では、猫とくりきんとんの関連性は、地域文化の愛称的表現として利用されることが多い。通販サイトの商品説明文には「猫が寄るほど香り高い」といった定型句が見られ、2022年にはの私鉄駅で猫型広告とくりきんとんの共同キャンペーンが実施された。駅構内に設置された箱の前で猫が一匹も来なかったにもかかわらず、売上は前月比で17%増加したという[要出典]。
また、海外でも一部の民俗学者が注目し、の研究者マルガレーテ・フントは「栗菓子は猫の文化記憶を呼び起こす」として英訳論文を発表した。ただし、彼女が実際に食べたのはほとんどがモンブランであったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 篠崎栄二郎『菓子に寄る獣類の習癖』東海民俗社, 1913.
- ^ 中村千代子『中山道甘味考』木曽文化出版, 1948.
- ^ Harold J. Fenwick, "On Felines and Chestnut Confections", Journal of Comparative Alimentary Folklore, Vol. 12, No. 3, 1961, pp. 201-224.
- ^ マルガレーテ・フント『栗菓子と家猫の空間選好』南山学術叢書, 1978.
- ^ 佐伯義隆『くりきんとんの民俗誌』岐阜県郷土研究会, 1985.
- ^ Eleanor W. Pike, "Sweet Smell, Soft Paws: A Seasonal Study", Proceedings of the International Society for Domestic Animal Studies, Vol. 7, No. 1, 1992, pp. 44-59.
- ^ 日本猫菓子相関学会編『猫菓子年報 第4巻第2号』学会事務局, 1980.
- ^ 高橋妙子『座敷に残る栗の影』中部風俗評論社, 1997.
- ^ 片岡淳一『動物は菓子を覚えているか』東京類推館, 2004.
- ^ Geraldine S. Morrow, "The Acoustics of Chestnut Paste and Feline Pause", Culinary Ethnography Review, Vol. 19, No. 4, 2016, pp. 88-103.
- ^ 渡辺精一郎『猫と糖蜜のあいだにあるもの』岐阜出版会, 2021.
外部リンク
- 日本猫菓子相関学会
- 中津川くりきんとん資料室
- 東濃民俗食文化アーカイブ
- 猫座布団行動研究センター
- 中山道甘味史データベース