猫のカエル ネコガエル
| 分類 | 観察文化・民俗生物学(架空の生物学的概念) |
|---|---|
| 起源とされる時期 | 1968年頃(都市伝承として) |
| 主な観察方法 | 音声再生と反応カウント |
| 関連組織 | 民間湿地保全協議会「水辺の記録室」 |
| 流行の中心地 | および近郊 |
| 論争点 | 種同定の妥当性と再現性 |
猫のカエル ネコガエル(ねこのかえる、英: Cat-Frog 'Nekogaeru')は、で一時的に流行した「猫の鳴き声に反応するカエル」観察枠組みとして知られる。主にの文脈で語られ、視聴者参加型の記録運動として社会的注目を集めたとされる[1]。
概要[編集]
は、音声刺激(猫の鳴き声を模した環境音)に反応して、短時間で鳴き返しもしくは位置転移する個体群を「便宜的に」そう呼んだとされる枠組みである。観察記録は、環境音の周波数分布や反応までの遅延時間(ms)を逐次記す形式で運用されたとされる[1]。
成立経緯は、湿地の再整備が進む一方で在来の両生類調査が停滞した地域において、住民参加でデータを集める目的で広まったと説明される。もっとも、枠組みの中心が「生物」そのものではなく「反応するように見える現象の記録方法」に置かれていた点が、後の議論を複雑にしたとされる[2]。
概要(選定基準と観察ルール)[編集]
この枠組みでは、「猫の鳴き声への反応」を定義するための選定基準が、早期から細かく整備されていたとされる。具体的には、(1) 観察場所の水際から半径3.2m以内への移動、(2) 刺激提示後1.7〜4.9秒以内の発声または接近、(3) 同一地点での反応が少なくとも2回連続すること、の三条件を満たした記録が採用されたとされる[3]。
さらに、記録員は反応の「見逃し」を減らすため、夜間の湿度を測定し「相対湿度が67〜71%の範囲では反応率が上がる」との経験則を手帳に併記したと伝えられている[4]。一方で、音声刺激の再現性については地域ごとに装置が異なり、ここが一致しないことが後の批判へとつながったとされる[5]。
歴史[編集]
前史:『鳴き声の地図』計画[編集]
1960年代後半、周辺では農業用水路の暗渠化が進み、住民が「季節の音が消える」ことに危機感を抱いたとされる。そこでが、音を手がかりに生き物の所在を推定する「鳴き声の地図」計画を立ち上げたとされる[6]。
記録室の担当者であったは、カエルの鳴き声が天候に左右されることに着目し、「猫の鳴き声は周辺住民が確実に聞き取れるため、音源の再現性が高い」と主張したとされる。ここで採用された猫声は、実猫の鳴き声そのものではなく、近隣の防犯チャイムのハウリング特性を利用した疑似音であったとされる点が、成立の奇妙さを加速させた[6]。
ブーム期:1968年の“3.2m事件”[編集]
もっとも知られる逸話は「3.2m事件」と呼ばれるものである。これは1968年9月13日、の旧湧水路(当時は通称「梓川裏の小渠」)で、記録員が半径3.2mを超えた地点で反応が止まったことを報告し、条件が厳密化された出来事として語られている[7]。
当時の調書では、反応遅延が平均2.8秒、分散が0.7秒とされ、さらに「観察員の靴底が砂を踏む頻度が反応率に影響する」との追記があったとされる。記録室はこの追記を“人為的ノイズ”ではなく“湿地の圧刺激”として扱い、以後の運用に取り入れたとされる[7]。その結果、現象は「猫のカエル」と呼ばれるようになり、住民集会での音声再生デモが観光的に拡散したとされる[8]。
公式化と揺り戻し:文化としての収束[編集]
1970年代に入ると、自治体の一部が「生物保護イベント」の名目で猫声再生の観察会を許可し、庁舎前でも記録フォーマット配布が行われたとされる。1974年には内の施設で、参加者1,204人に配布された“反応用シート”が、翌年には1,538人へ増加したと報告されている[9]。
ただし同時期に、外部の研究者から「猫の鳴き声への反応とされる現象が、単なる刺激音(周波数成分)への走性で説明できる」との指摘が出たとされる。さらに、記録室の資料では“採用条件”が後から編集されている可能性があるとも報じられ、枠組みは生物学から離れて民俗的記録術として収束したとされる[10]。
批判と論争[編集]
論争は主に二点に整理される。第一に、いわゆる“ネコガエル”の同定根拠が示されないまま、反応の記録だけが拡大した点である。反対側の研究者は、反応遅延が気温や水温の影響を強く受けるため、猫声条件が見かけ上の変数になっている可能性を指摘したとされる[11]。
第二に、記録室のデータにおいて「採用された反応」の割合が、イベント開催日の直前にだけ上昇していることが問題視されたとされる。具体的には、現地では“採用率”が平常時32%であったのに対し、公式観察会日には61%に跳ね上がったとする集計が残っていたとされる[12]。この集計表は一部で「出席者の期待が生物行動を誘導した」と解釈されたが、別の編集者は「記録の主観バイアスを示唆する」としている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 水辺の記録室『鳴き声の地図(松本版)』水辺の記録室出版, 1975.
- ^ 渡辺精一郎「音声刺激による接近反応の記録手法」『日本湿地観察年報』第12巻第3号, pp. 41-58, 1972.
- ^ Sato, H. and Kuroda, M. "On the Apparent Response Delay in Field Bioacoustic Surveys" Vol. 8 No. 2, pp. 91-109, 1976.
- ^ 鈴木眞理「参加型データ整備と“採用条件”の編集」『民俗データ学研究』第4巻第1号, pp. 13-27, 1981.
- ^ Thompson, L. A. "Expectation Effects in Community Wildlife Recording" Journal of Rural Ecology Vol. 15 No. 4, pp. 201-219, 1980.
- ^ 長野県環境監視課『湿地音響イベント報告書』長野県, 1974.
- ^ 松本市史編集委員会『松本市の水路と音』松本市史叢書, 1991.
- ^ 中村和紗「“3.2m事件”の資料批判」『フィールドノート批評』第2巻第2号, pp. 77-96, 1986.
- ^ 日本両生類協会『鳴く条件と周辺環境の相関(概説)』日本両生類協会紀要, 1969.
- ^ やや不一致の書誌情報として『猫声再生の野外実験ガイドブック』ねこがえる研究会, 1973.
外部リンク
- 水辺の記録室アーカイブ
- 松本市 鳴き声の地図 展示目録
- 民俗生物学データベース(反応遅延編)
- フィールドノート批評 電子別冊
- 地域環境イベント記録索引