猫耳の恩返し
| 名称 | 猫耳の恩返し |
|---|---|
| 読み | ねこみみのおんがえし |
| 成立 | 18世紀末ごろとされる |
| 主な舞台 | 京都、浅草、神戸港 |
| 関連分野 | 民俗学、服飾史、都市伝説研究 |
| 特徴 | 猫耳を模した意匠が礼儀作法として扱われる |
| 影響 | 祭礼衣装、土産物、若者文化 |
| 異説 | 明治の博覧会で体系化されたとする説がある |
猫耳の恩返し(ねこみみのおんがえし)は、後期ので成立したとされる、猫耳状の装飾を施した小物や衣装が「借りを返す」行為を媒介にして生まれたとする民俗的概念である。近代以降は、、およびの交差領域で語られている[1]。
概要[編集]
猫耳の恩返しは、猫耳状の意匠を持つ布、帽子、簪、面などが、借り物を返す際の目印として用いられたことに由来すると説明されることが多い。もっとも、この説明は所蔵の写本『耳礼雑記』に依拠して広まったもので、成立当初から既に後世の脚色が多いと指摘されている[2]。
この概念では、猫耳は単なる装飾ではなく、貸し借りの清算を象徴する「感謝のしるし」とされる。返礼の品に猫耳を一対だけ付ける、あるいは片耳だけを折って渡すなど、地域ごとに細かな作法が伝えられており、の商家では「耳が立つほど礼が立つ」とも言い習わされたという[3]。
歴史[編集]
江戸後期の起源説[編集]
最も有名なのは、年間にの機織り職人・が、残糸を無駄にしないために耳状の小片を縫い付けたことが起点であるとする説である。重之助は近所の猫に機織り場を荒らされ続けたが、ある夜、猫が帳簿の上に座ってから店の落款がよく売れるようになったため、感謝の印として耳を立てた、という話が残る[4]。
明治期の制度化[編集]
23年、の雑貨商組合が「猫耳附与規程」を内規として定め、借用金の受領書や景品包装に猫耳型の紙飾りを添える慣行を始めたとされる。実際には、当時流行した向けの見栄え向上策だった可能性が高いが、後年の回想録ではこれが「恩返し文化」の標準化として誇張された[5]。
昭和の再解釈[編集]
30年代には、に入った輸入フェルトを用いて猫耳帽が大量生産され、港湾労働者の間で「借りた工具を返すときに被る帽子」として広まったという。とくにの台風被害の後、互助組織がこの帽子を配布したことから、災害時の返礼と復旧の象徴として新聞に取り上げられたが、配布数のという数字だけが独り歩きしているとの指摘がある[6]。
作法[編集]
猫耳の恩返しにおける作法は、地域差が大きいことで知られる。標準的には、贈り物の包み紙の上端を二つ折りにして耳のように立て、受け取った側が24時間以内に同じ形で返すのがよいとされる。
一方で、の一部では、耳の角度が45度未満だと「礼が届かない」とみなされ、再包装を求められたという口伝がある。またでは、耳の内側に砂糖をひと粒入れる習慣があり、これは港を経由した砂糖菓子文化と結びついたものであると説明されるが、民俗学者のは「後世の土産物業者による創作である可能性が高い」としている[7]。
社会的影響[編集]
この概念は、実用品の包装技術から礼儀作法、さらには観光土産にまで広がった。特に後半からにかけて、の包装紙売場では猫耳型リボンが標準装備に近い扱いとなり、の統計では猫耳風結束が年間に達したとされる。
また、学校教育の現場でも、奉仕活動の返礼を教える補助教材として取り上げられた。だが、子どもたちが「耳を付ければ何でも恩返しになる」と理解してしまい、文化祭で机や椅子に耳を生やす事例が相次いだため、が注意文書を出したという話がある。なお、当時の通知文には「過度の耳飾りは器物への礼儀を損なう」との珍妙な一文があるとされる[8]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、猫耳の恩返しが本来の互助慣習なのか、それとも近代商業が作り出した消費文化なのかという点にある。とくにのは、古層の資料に猫耳の記述がほとんど見られないことを理由に、概念自体が期の広告業者による「情緒商品」であると主張した[9]。
これに対し擁護派は、の寺社に残る奉納絵馬の中に、耳の付いた猫が帳面を運ぶ図像が確認できるとして反論した。ただし、その絵馬の年代は「からまで幅がある」とされ、議論は現在も収束していない。
各地の類型[編集]
関東型は包装や結び方を重視し、関西型は返礼のタイミングを重視する。東北型では冬季に毛糸の耳飾りが用いられ、雪下ろしを手伝った者に対して配られたとされる。
また、では耳が三つ編みの先端に見立てられ、恩返しの際に色布を結ぶ習慣があったという。もっとも、現地調査報告の多くは1980年代の観光パンフレットに依拠しており、研究者の間では「耳の数だけで地域差を説明するのは乱暴である」との慎重論も強い[10]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 牧野重之助『耳礼雑記影印本』西陣民俗叢書刊行会, 1872.
- ^ 有馬久子「猫耳意匠と返礼儀礼の変容」『日本民俗学会誌』Vol.42, No.3, pp.118-136, 1968.
- ^ 高瀬真一「近代包装文化と恩返し神話」『都市文化研究』第15巻第2号, pp.44-67, 1979.
- ^ 京都市歴史資料館 編『耳のつくもの史料集』京都市歴史資料館, 1931.
- ^ Margaret L. Thornton, "The Semiotics of Gratitude Ears," Journal of Invented Folklore, Vol.7, No.1, pp.3-29, 1984.
- ^ 中村芳郎『博覧会と装飾の民俗』朝日文化出版, 1908.
- ^ 佐伯千代『港町の贈答と猫耳帽』神戸港文化研究所, 1962.
- ^ Daniel R. Keene, "Gift Wrapping as Ritual Appliance in Postwar Japan," Asian Material Culture Review, Vol.19, No.4, pp.201-225, 1995.
- ^ 小林澄江「昭和三十年代の返礼用紙飾り調査」『生活史論集』第8巻第1号, pp.77-92, 1991.
- ^ 『猫耳の恩返し大全 耳が立つほど礼が立つ』日本風俗学協会, 2003.
外部リンク
- 京都民俗意匠アーカイブ
- 神戸港包装文化研究会
- 耳礼資料デジタルライブラリ
- 全国返礼作法協議会
- 西陣装飾紙工組合