理科室の声
| 名称 | 理科室の声 |
|---|---|
| 別名 | 実験室残響、棚鳴り、白衣共鳴 |
| 分野 | 教育音響学、学校民俗学 |
| 初出 | 1968年ごろ |
| 発祥地 | 東京都杉並区・世田谷区周辺 |
| 提唱者 | 戸田圭一郎 |
| 主要機関 | 日本学校音響研究会 |
| 関連制度 | 理科室環境記録票 |
| ピーク期 | 1974年 - 1987年 |
| 現在の扱い | 一部の教育現場で伝承的に参照される |
理科室の声(りかしつのこえ)は、のにおいて、試薬棚・換気扇・標本瓶などから周期的に生じるとされた可聴現象、またはそれを記録・分析するための学術的実践である[1]。後期の内の中学校を中心に研究が始まったとされ、のちにとの境界領域として発展した[2]。
概要[編集]
理科室の声は、に特有の金属棚、ガラス器具、流し台の排水管、さらに古いの共振によって生じると説明される現象である。一般には「誰もいないのに名前を呼ばれたように聞こえる」「ビーカーを拭く布の擦過音が短い文節に変換される」といった体験として報告された[3]。
もっとも、当初から全てが物理現象として整理されていたわけではない。昭和40年代末の教育現場では、理科準備室に蓄積した薬品ラベルの剥離音や、標本箱の湿度変化による収縮音が、児童生徒の「声」として再解釈されることが多く、これが学校ごとの伝承を生んだとされる。結果として、、、が奇妙に交差する分野として認識されるようになった[4]。
成立史[編集]
杉並区実験記録[編集]
最初期の記録は、の区立中学校で作成された「第3理科室環境異常メモ」に求められるとされる。ここでは、午後3時12分に黒板脇の収納棚から「短く二度、長く一度」の音が出たため、当直の理科教師・が黒板にチョークで「聞こえた者のみ記録」と書き残したという[5]。
戸田はのちにの聴覚研究室に持ち込んだが、担当者のが「再現性は低いが、学校の時間割に依存するのが面白い」と評したことから、現象は単なる怪談ではなく、時間帯・湿度・生徒数の3要素を含む観測対象として扱われるようになった。なお、この時点で既に「理科室の声」という呼称が一部の生徒間で流通していたとされるが、初出がどの学校新聞であったかは特定されていない[要出典]。
日本学校音響研究会の設立[編集]
、戸田らはを設立し、会報『校舎残響』を創刊した。会報第2号では、の木造校舎における「棚鳴り率」を、1学期あたり平均14.7回、冬季は最大31回とする調査が掲載され、以後の研究の基準値となった。
この研究会では、理科室の声を「器材の老朽化に伴う音の擬人化」と定義したうえで、実際には児童生徒の緊張や期待が音を文として知覚させると考えた。ところが、1974年の総会で、都内の中学校長が「本校では昼休みにだけ声が増える」と報告したため、学術的な議論に加えて、学校管理と怪異現象の関係が強く意識されるようになった[6]。
特徴[編集]
理科室の声にはいくつかの型があると整理されている。最も有名なのは「呼名型」で、流し台下の配管が断続的に震えることで、児童生徒には自分の姓を呼ばれたように感じられる現象である。次いで「指示型」があり、これは薬品庫の戸の軋みが「片付けなさい」「手袋をつけろ」と聞こえるタイプで、主に掃除当番の心理に作用したとされる。
また、理科室の声は環境条件に強く依存するとされ、68%以上、室温19〜22度、窓の開閉が半端な状態で最も明瞭になるという。とりわけの北部調査では、換気扇を止めた直後の90秒間に限って「声の輪郭」が3割増すことが確認されたと報告されており、以後、学校では試験監督より換気扇の管理が重視される例もあった。
一方で、同じ理科室でも個人差が大きく、班長経験者ほど「命令調」に聞こえ、転校生ほど「挨拶」に聞こえる傾向があるという。これは教育心理学的には適応反応、民俗学的には教室の擬人化として説明されるが、1980年代の一部の研究者は、標本瓶の並び順が変わると声の語尾が変化することまで主張しており、さすがに学会で笑いが起きたという。
社会的影響[編集]
理科室の声は、学校文化に独特の影響を与えた。1980年代には、理科準備室の整理整頓が「声の機嫌を取る」行為として児童に教えられ、に次ぐ「第二の静寂空間」として理科室を扱う校則が一部で制定された。特にのある市立中学校では、理科室の声が強い日に実験を延期する運用が続き、年間の実験実施率が通常学級より11.3%低下したと校内報に記されている[7]。
また、1986年の夏には、が「学校の音と子どもの聞こえ方」を扱う番組の中でこの現象を取り上げ、視聴者から「自分の母校でもあった」「掃除用ブラシがしゃべるのを聞いた」といった投書が相次いだとされる。これにより、理科室の声は単なるオカルトではなく、学校施設の老朽化問題を象徴する言葉としても使われるようになった。
ただし、現場の教師からは「子どもが設備不良を表現する便利な言い換えに過ぎない」との批判もあり、の調査官が1988年にまとめた内部報告では、理科室の声の増加は“校舎改修の遅れを示す副次指標”と位置づけられている。にもかかわらず、修学旅行先で別の学校の理科室に入った生徒が同様の声を聞いたとする証言が複数残り、現象の説明はなお定まっていない。
研究と論争[編集]
計測機器導入期[編集]
代に入ると、の協力により、理科室の声はマイクロホンとスペクトログラムによって解析され始めた。これにより、従来「ひそひそ話」とされた帯域の多くが、実際にはの起動音、窓枠の微振動、そして金魚鉢の水面反射による複合音であることが判明した。
しかし、スペクトログラム上で奇妙な字形が現れる事例があり、研究者のはこれを「教科書における視覚記憶の干渉」と説明した一方、同僚のは「学校という制度そのものが音に語尾を与える」と主張した。この対立は後に『』として知られる。
批判と反批判[編集]
理科室の声に対しては、疑似科学であるとの批判が繰り返し行われた。特にの『学校建築と聴覚錯覚』誌上で、の建築音響班が「音源の9割は老朽換気扇で説明可能」と結論づけたことは大きな転機となった。
これに対し支持派は、説明可能な音があることと、声として受け取られることは別問題であると反論した。実際、同年の調査では、理科室の声を経験したと答えた教職員のうち42%が「言われた内容を実験ノートに書き留めたことがある」と回答しており、現象が教育実践に影響していたことは否定できない。なお、この調査には調査票の設問がやや誘導的であったとの指摘がある[要出典]。
理科室の声の類型[編集]
研究史の中で、理科室の声は大きく4類型に整理されている。第一に「授業開始前型」で、チャイム後5分以内に起こりやすく、出席確認と混同されやすい。第二に「放課後型」で、掃除後に残響だけが長く続き、誰もいないはずの廊下側から「戸締まり」を告げるとされる。
第三に「試験前型」があり、これは理科室の標本棚の陰で、消しゴムの転がる音が「電気分解」「密度」といった単語に聞こえる現象である。第四に「深夜巡回型」は、宿直教員しか体験しないため記録が少ないが、にの夜間巡回で「白衣を返せ」という声が一度だけ録音されたとされ、後年の研究者を大いに困惑させた。
この分類は、に刊行された『学校残響の民俗誌』で広く普及したが、著者のが「本分類は各校の怪談帳を便宜的にまとめたもので、自然科学的整合性は保証しない」と明記していたため、学術界では半ば冗談として扱われることもあった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 戸田圭一郎『校舎残響の記録』日本学校音響研究会, 1972, pp. 14-39.
- ^ 佐伯真由美「理科室における周期音の知覚」『東京教育大学聴覚研究報告』Vol. 8, No. 2, 1973, pp. 201-219.
- ^ 日本学校音響研究会編『学校の声と機械音』青灯社, 1975, pp. 55-88.
- ^ 小野寺俊輔「理科準備室の共振と児童の命名反応」『教育音響学雑誌』第12巻第4号, 1991, pp. 73-96.
- ^ Margaret A. Thorne, “Classroom Reverberation and Apparent Speech in Laboratory Spaces,” Journal of School Acoustics, Vol. 17, No. 1, 1993, pp. 1-28.
- ^ 京都大学建築音響班「学校建築と聴覚錯覚」『建築環境研究』第21巻第3号, 1994, pp. 122-147.
- ^ 林田悦子『学校残響の民俗誌』南窓書房, 1998, pp. 11-64.
- ^ 文部省学校施設課『理科室環境実態調査報告書』文部省内部資料, 1988, pp. 3-17.
- ^ Margaret A. Thorne and 小野寺俊輔『The Grammar of School Noises』East Gate Press, 1996, pp. 88-131.
- ^ 佐藤俊一「換気扇停止後90秒と声の輪郭」『埼玉県教育研究紀要』第34巻第2号, 1982, pp. 44-59.
- ^ 戸田圭一郎『理科室の声に関する追補ノート』校舎音響研究会, 1984, pp. 7-26.
外部リンク
- 日本学校音響研究会アーカイブ
- 校舎残響データベース
- 理科室環境史研究センター
- 学校民俗学会年報
- 教育音の博物館