甘乃てれん
| 名称 | 甘乃てれん |
|---|---|
| 分類 | 甘味制御技法・製菓工学 |
| 起源 | 1978年ごろ、東京都深川の菓子問屋街 |
| 考案者 | 甘井清之助、三浦れん子らとされる |
| 主な用途 | 飴菓子、練り菓子、保存糖層の形成 |
| 特徴 | 多層の甘味を短時間で遷移させる |
| 関連機関 | 日本甘味層工学会 |
| 規格化 | 1986年に業界標準案が作成 |
| 別称 | てれん法、甘層法 |
甘乃てれん(あまのてれん)は、末期にの製菓職人たちのあいだで用いられ始めた、砂糖を結晶化させずに層状に安定させるための甘味制御技法である。のちに菓子、香料、保存食の分野へ拡大し、独特の「舌に触れた瞬間だけ温度が落ちる」現象で知られるようになった[1]。
概要[編集]
甘乃てれんは、砂糖液に微量の澱粉分解物と海藻由来の粘性成分を加え、攪拌の速度を段階的に変えることで、甘味の立ち上がりを意図的に遅らせる技法である。の下町で生まれたとされるが、同時期にの老舗でも類似の手法が独自に試みられていたという説がある。
この技法は、単に甘さを強くするのではなく、口中での「甘さの層」を設計する点に特徴がある。1979年の時点で、既にの業務用菓子卸が試験導入しており、1箱あたりの再注文率が平均17.4%上がったという記録が残るが、計測方法がきわめて独特であったため、後年しばしば要出典扱いとなった。
歴史[編集]
発生期[編集]
起源については、の冬にの寒天問屋「甘井屋商店」で、飴が急速に白濁して返品が相次いだ事故が転機になったとする説が有力である。店主の甘井清之助は、砂糖の再結晶を抑えるために味噌用の木桶を転用し、桶底にわずかな湿度差を作る実験を続けたとされる。
このとき偶然、見習いの三浦れん子が焦がし蜜を注ぐ角度をずつ変えることで表面だけが先に固まることを発見し、これが「てれん」の語源になったという。なお、語源の「てれん」は、古い職人言葉で「層が薄く鳴る音」を指すと説明されることが多いが、実際には近隣の寄席で使われた擬音語を流用しただけであるともいわれる。
普及期[編集]
前半には、の港湾向け携帯糖食品や、の祭礼用菓子に応用され、年産はの推定からにはへ急増した。とりわけ通り沿いの菓子店が販売した「三段てれん飴」は、発売初月にを売り上げたとされる。
一方で、甘乃てれんは製法が難しく、湿度を超えると層が崩れることから、梅雨時のでは「口に入れる前に棚で終わる」と揶揄された。また、当時の業界紙『週刊菓子通信』には、職人の半数が「成功したのか失敗したのかわからない」と回答した調査が掲載されたが、調査票の設問自体が甘乃てれん式にぼかされていたため、信頼性は低いとされる。
標準化と再評価[編集]
、は「甘味の遷移速度を秒単位で記述する」標準案を公表し、0.3秒刻みでの評価表を導入した。これにより、従来は職人の勘に依存していた甘乃てれんが、半ば工学的な言語で扱われるようになった。
ただし、標準案の策定会議では、の委員が「甘さは数字ではなく余韻である」と強く反対したため、議事録の一部が後年まで空欄のまま残された。1989年の改訂版では、空欄に「各自の良心に委ねる」とだけ追記され、学会誌の編集部から注釈付きで再録されている。
製法[編集]
甘乃てれんの基本工程は、加熱・静置・微攪拌・再加熱の四段階から成る。もっとも重要なのは微攪拌の時間ではなく、攪拌を止める瞬間に息を止めることであるとされ、熟練者は「三拍おいて半拍戻す」と表現する。
伝統的な手順では、産の海藻抽出液を0.8%、寒冷地の澱粉糖を12%、麦芽糖を18%の比率で用いるが、産の原料を使うと層が鋭くなり、逆にの黒糖を少量混ぜると後味が丸くなるという。もっとも、この配合表は工房ごとに妙に異なり、同じ「標準レシピ」でも6種類あるのが普通であった。
また、仕上げの冷却はではなくが理想とされるが、これは1983年の停電事故の名残であり、当時たまたまその時間で最良の食感が得られたため慣例化したとされている。要出典。
社会的影響[編集]
菓子業界への波及[編集]
甘乃てれんの登場以後、では「甘さを足す」発想から「甘さを配列する」発想への転換が進んだ。これにより、包装菓子の高級化が加速し、1980年代後半の百貨店催事では、甘乃てれん系菓子の売場だけ平均滞在時間が長かったと報告されている。
また、全国の和菓子店では、職人見習いがまず飴を煮る前に温湿度計を磨かされるという奇妙な教育が広まり、これを「てれん教育」と呼ぶ地域もあった。若手の離職率が下がったかどうかは定かでないが、少なくとも道具の紛失率は減少したという。
文化的受容[編集]
には、の地域文化番組で甘乃てれんが紹介され、視聴者から「見ているだけで口が甘くなる」との感想が寄せられた。これを契機に、甘乃てれんは単なる技法ではなく、下町文化の象徴として扱われるようになった。
一方で、美術評論家の間では、層状に変化する艶を「食べられるモダニズム」と呼ぶ向きもあった。特にのギャラリーで開催された「甘の層展」では、菓子が展示品として温度管理され、来場者の半数が食べてよいのか迷ったまま帰ったという。
批判と論争[編集]
甘乃てれんには、製法の起源が複数の地域にまたがることから、真正性をめぐる論争がある。起源説を支持する研究者は、古い帳簿に「てれん餅」と類似の記述があると主張するが、記載されている日付がの混在で判読しにくい。
また、1986年標準案の策定過程で、の担当者が「甘味層の国際互換性」を重視しすぎたため、実際の現場からは「書類だけ立派で蜜が落ちる」と批判された。さらに、保存試験で後も品質が保たれたとする報告がある一方、その試験に用いられた試料が冷凍庫内で3回も入れ替わっていた可能性が指摘されている。
近年では、若手研究者の間で「てれん」は技法ではなく職人間の合図だったのではないかという再解釈も提案されているが、これに対して老舗側は「合図だけで年間も作れない」と反論している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 甘井清之助『深川甘味層史稿』甘井屋出版部, 1989年.
- ^ 三浦れん子「てれん法の温度遷移について」『日本甘味層工学会誌』Vol. 3, No. 2, pp. 14-29, 1987.
- ^ 林田真一『下町菓子問屋の近代化』中央工芸社, 1994年.
- ^ Margaret L. Thornton, "Layered Sweetness and Urban Craft Economies", Journal of Food Folklore Studies, Vol. 12, No. 4, pp. 201-228, 1998.
- ^ 渡辺精一郎「砂糖結晶抑制における微攪拌の実践的研究」『東京農工大学紀要』第28巻第1号, pp. 3-17, 1986年.
- ^ 小松原久美子『菓子と都市湿度――昭和後期の保存技術』北辰書房, 2001年.
- ^ Hiroshi Kanda, "On the Timing of Stir-Stop in Japanese Confectionery", Culinary Engineering Review, Vol. 7, No. 1, pp. 55-73, 1992.
- ^ 『週刊菓子通信』編集部「甘乃てれん市場調査・速報」第41号, pp. 6-9, 1985年.
- ^ 佐伯みどり『食べられるモダニズム』芸術新報社, 2007年.
- ^ A. N. Feldman, "The Forty-Second Day Problem in Syrup Stability", International Journal of Sugary Systems, Vol. 9, No. 3, pp. 88-96, 2004.
外部リンク
- 日本甘味層工学会 公式資料庫
- 深川菓子文化アーカイブ
- 昭和製菓技法データベース
- 甘乃てれん保存協会
- 下町食品工学研究所