空中クロワッサン
| 名称 | 空中クロワッサン |
|---|---|
| 読み | くうちゅうくろわっさん |
| 英語名 | Aerial Croissant |
| 発祥 | 1930年代のパリ近郊とされる |
| 分類 | 航空菓子・発酵焼成菓子 |
| 主材料 | 小麦粉、発酵バター、霧状糖液、軽質塩 |
| 代表的製法 | 気球上成形法、下降焼成法 |
| 保存法 | 木箱に入れ、風向きの少ない室内で保管 |
空中クロワッサン(くうちゅうクロワッサン、英: Aerial Croissant)は、で生地を折り重ね、の揚力を利用して焼き上げるとされるである。との航空菓子文化が交差して成立したとされ、近年はの一部の老舗でのみ限定的に製法が継承されている[1]。
概要[編集]
空中クロワッサンは、機体上部に設けたの中で生地を折り、上昇気流に乗せたまま焼成するという特殊な製法を特徴とする菓子である。表面は通常のよりも薄く、層の間に微細な空隙が生じるため、食感が軽く、切断すると内部から温かい蒸気がわずかに立つとされる。
この菓子は、の気球実験との菓子職人の協働から生まれたとする説が有力であるが、当初は「空中で焼くのではなく、空気の流れで層を整える」程度の技術であったとされる。なお、現存する最古の記録では、にの農業見本市で試作された「パン・アエリオン」が原型として記されている[2]。
歴史[編集]
起源と試験飛行[編集]
起源は、郊外の近くで行われた菓子用気球試験に求められる。試験を主導したのは、元技師のと、横浜出身の製菓職人であったとされる。両者は「焼成中の層の浮き上がり」を観察するため、直径4.2メートルの亜麻布気球に小型オーブンを吊り下げたが、第一次試験ではバターが偏り、12個中9個が上昇中に互いに貼りついたという。
この失敗がかえって注目を集め、にはの外郭研究として「気流による層形成の最適化」が始まった。記録によれば、同年11月には高度1,100メートル付近で焼成された試作品が、地上試験品に比べて層数が平均18%多かったとされる[3]。
大衆化と駅売り文化[編集]
、の構内で「空中焼成済みの携帯菓子」として販売されたことで知名度が上がった。駅売り担当者のが、袋詰め時に紙箱を斜め45度で保持すると表面の砂糖膜が割れにくいことを偶然発見し、これが現在の包装法の原型になったといわれる。
中は燃料不足のため製造がほぼ停止したが、にの復興支援事業として再開された。この時期には、軍用余剰のを改装して焼成空間を確保したため、「空中クロワッサンは平和利用された最初の焼菓子である」とする宣伝文句が流布した。ただし、この標語の出典は不明であり、後年の広報班による創作とみる研究者も多い[4]。
日本への伝来と定着[編集]
日本には、の関連催事として紹介されたとされる。来日したとの弟子筋であるが、の仮設厨房で再現実験を行い、湿度の高い日本では上昇気流が不安定である代わりに、焼成後の香りが長く残ることを報告した。
その後、などの港湾都市で高級菓子として受容され、の前後には、外国人向け土産として「空飛ぶフランス菓子」の名で流通した。もっとも、実際には地上の小型炉で焼いたものを、引き上げ用のワイヤで1分ほど天井付近まで吊るして「空中焼成」と称していた例も多く、当時の業界紙には「機械より言葉が先に飛んだ」との批判が見られる[5]。
製法[編集]
気球上成形法[編集]
伝統的な製法は、気球の上昇開始から着地までの約23分間に、三折りと二折りを交互に行うものである。職人は綿手袋を二重に着用し、を摂氏17度前後に保ちながら、風圧で生地が裂けないよう一枚ずつ折り込む。
成形時には、同乗する計測係がを「8から11の間」で読み上げ、職人がそれに合わせてバター片を分散させるという。なお、以降は安全上の理由から実施例が減り、現在この工程を完全に守っている店舗はの2店のみとされる。
下降焼成法と香り固定[編集]
焼成の本体は下降局面で行われる。高度が下がるにつれて気圧差で層が安定し、最終的に地表から約120メートルの位置で表面が最もよく膨らむとされる。これを利用するため、職人は気球から下ろした専用網をに展開し、焼き上がりを風で固定する。
また、香りを封じ込めるため、焼成後の3分間はを霧状にした液を周囲に散布する習慣がある。これはにで発生した「香り逃亡事件」への対策として導入されたもので、港の税関職員が2時間近く追跡した結果、菓子の匂いが先に倉庫街へ流れ着き、荷役労働者が全員退勤してしまったという逸話が残る[6]。
社会的影響[編集]
空中クロワッサンは、菓子でありながら航空工学、観光、都市景観にまで影響を及ぼした稀有な例として扱われている。のでは、試験飛行の日に合わせて観光バスが増便され、南郊の町では「焼菓子の上昇を見物する日曜文化」が形成されたとされる。
一方で、日本では「上空で作る」という語感が独り歩きし、40年代には一部の百貨店で、天井から吊るした模型機の下にクロワッサンを並べる展示演出が流行した。これにより、菓子そのものよりも「空中で焼かれているように見えること」が価値化され、は1969年に「視覚誤認に基づく販促表示の自粛」を申し合わせている[7]。
批判と論争[編集]
空中クロワッサンをめぐっては、そもそも本当に空中で焼かれていたのかという根本的な疑義が古くから存在する。にはの食品化学班が、試料の層密度が通常の低温長時間発酵品とほとんど変わらないと報告し、「空中性は製法ではなく物語である」と結論づけた。
これに対し、伝統派は「層の差は風の記憶で説明できる」と反論したが、一般には説得力を欠いたとされる。なお、には内の老舗3店舗が合同で記者会見を開き、空中焼成の実演を予定していたものの、当日の周辺で強風警報が出たため中止となった。この中止はむしろ宣伝効果を生み、翌週の売上が平均で26%増加したという[8]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Étienne Marchand『Les Pâtisseries Aériennes de l'Île-de-France』Éditions du Ciel, 1954.
- ^ 藤堂ミツ『空中焼成法の実際』日本洋菓子出版会, 1961年.
- ^ Jean-Paul Verne, "Sur la Formation des Feuillets par Convection ascendante", Revue de Chimie Alimentaire, Vol. 12, No. 4, pp. 201-219, 1939.
- ^ 中野真佐雄『風とバターのあいだ』中央食文化社, 1970年.
- ^ Margaret L. Henshaw, "Balloon-Baked Confections in Postwar Europe", Journal of Aerogastronomy, Vol. 7, No. 2, pp. 88-113, 1982.
- ^ 『日本空中菓子年鑑 1964』日本空中菓子協会, 1964年.
- ^ 小林節子「駅売り菓子における包装角度の研究」『食品流通学報』第18巻第3号, pp. 44-57, 1975年.
- ^ Louis P. Garnier, "The Forgotten Ovens of Lyon Perrache", Bulletin de l'Histoire Culinaire, Vol. 21, No. 1, pp. 5-26, 1991.
- ^ 『空中クロワッサンとその周辺事情』東京都菓子技術研究所, 2004年.
- ^ Alicia Thornfield, "When the Pastry Refused to Land", International Review of Aerobakery, Vol. 3, No. 1, pp. 1-14, 2018.
外部リンク
- 日本空中菓子史料館
- パリ航空菓子保存会
- 東京浮上焼成研究会
- 国際アエロベーカリー協議会
- 横浜港香り調査アーカイブ