米沢興譲館高等学校
| 所在地 | 山形県米沢市 |
|---|---|
| 設置形態 | 公立系(実務上は自治体運営) |
| 校訓 | 興すより先に、譲る |
| 設立年 | 大正15年(とされる) |
| 通学圏 | 置賜・県北の一部 |
| 特色 | 譲歩会計・地域交渉演習 |
| 制服の色 | 藍鉄(あいてつ)と呼称 |
| 学科(系) | 探究数理・譲歩実装・郷土産業 |
米沢興譲館高等学校(よねざわ こうじょうかん こうとう がっこう)は、に所在する公立系の高等学校である。校名に含まれる「興譲館」は、かつて市の経済政策を司ったの理念を継承するものとされる[1]。
概要[編集]
米沢興譲館高等学校は、地域社会との結びつきを学習過程そのものに埋め込む方式として知られている。とくに、交渉や合意形成を「授業単位」に落とし込むことで、進路指導だけでなく市政の判断様式にも影響したとされる[1]。
校名の「興譲館」は、明治末期にが提示した「興す前に譲れ」という標語に由来すると説明されることが多い。なお、同標語がどの文書に初出するかについては、同校の内部資料が長らく閲覧制限されてきたため、研究者の間でも見解が割れている[2]。
また本校は、校内設備として「譲歩計測室」(通称:譲歩室)を備える点でも特徴的である。生徒はここで、地域課題の提案書を作成するだけでなく、相手方の懸念を数値化し、その「譲歩量」を提出物に反映させるとされる[3]。
一方で、外部からは「教育が会議体に寄りすぎている」との指摘もあり、興譲館方式の是非は繰り返し論じられてきた。とはいえ、同校の卒業生が行政・企業の合意形成部署に多く配置されるという傾向は、少なくとも地域では広く共有されている[4]。
歴史[編集]
誕生:米沢の「税譲り文化」からの逆算[編集]
同校の起源は、大正末期に発生した「局地不作連鎖」にまで遡ると伝えられる。米沢市では救済策として救荒米を配分したが、その配分ルールが年ごとに揉め続けたため、が「譲渡率の見える化」を提案したとされる[5]。
この提案を受け、米沢の商家有志は興譲館会議を組織し、通学路に相当する範囲を「譲渡対象地区」と定義した。ここで生まれたのが、のちに本校の基礎となる「譲歩講座」である。譲歩講座は、誰かが損をする仕組みではなく、損失が“計算可能な形で共有される”仕組みとして設計されたと説明される[6]。
ただし、学校開設そのものは大正15年とされる一方で、校舎の地ならしを示す年代が昭和3年に見つかったという報告もある[7]。この食い違いは、校名が後から固められた可能性を示唆するとされるが、実際のところは「興譲館会議の手続が二段階で進んだ」ことが原因だとする説が有力である[8]。
制度化:譲歩室と「交渉点数」の導入[編集]
昭和期、興譲館方式は校内ルールとして制度化される。具体的には、交渉や地域合意形成を評価するための「交渉点数」が導入された。点数の算定は、当事者双方の発言回数ではなく、相手方の提案を“どれだけ自分の計画に組み込めたか”で決めるとされる[9]。
また譲歩室では、発言を録音するだけでなく、議題ごとの譲歩量を図面化する「譲歩トレース」が行われた。生徒は全議題について、平均で最低でも7枚のトレースを提出するよう求められたとされる。なお、提出枚数が7枚未満の場合は“譲歩が未確定”として再提出となり、教師陣は理由を「意思決定の余白が足りない」と表現したという[10]。
この制度は行政からも注目され、昭和40年代にはが同校のカリキュラムを参考に「住民協働要件」を整えたとされる。もっとも、同制度がそのまま全国へ波及したわけではない。むしろ、合意形成を数値化することへの反発から、他校では“譲歩点数の運用”を部分採用に留めたという指摘もある[11]。
現代化:探究学習と郷土産業の接続[編集]
平成期に入ると、同校は探究学習へ軸足を移し、「譲歩実装」という独自の実習系を設けた。譲歩実装とは、交渉で合意された内容を、地域企業の運用に落とし込む工程を学ぶ枠組みである。たとえば、食品加工事業者のライン設計に対し、生徒が“譲歩前提の仕様”として提案書を作成することがあるという[12]。
さらに本校は、総合学科の一部として「郷土産業ラボ」を設置し、地元の周辺での観光導線改善を題材に研究させているとされる。もっとも題材選定には条件があり、「一つの提案で最低3者(旅館・輸送・案内)に同時効果が出ること」が必須とされる。実際、生徒が提案した改善案は、効果が出ない場合“譲歩の質”が低いと判定され、改善案の練り直しを課されたという[13]。
なお、校内の儀式として「藍鉄式(あいてつしき)」が残っており、式典では制服の色に由来する比喩が毎年語られる。儀式の運用に関しては、藍鉄の由来が鉄道の廃材塗料だという資料と、繊維業者の染料配合だという口承が併存している。この食い違いこそが、同校の“伝統を複数の解釈で維持する姿勢”だとされる[14]。
教育と仕組み[編集]
本校の学習は、座学・実習・交渉演習の三層構造で説明されることが多い。座学では地域経済や制度設計を扱うが、実習では合意形成後の運用や記録が中心となる。そして交渉演習では、相手方の立場を“先に”理解することが評価されるとされる[15]。
授業の核にあるのは「譲歩計画書」である。書式はA4で、1枚目に目的、2枚目にリスク、3枚目に譲歩量の内訳、4枚目に相手方の懸念を文章で再定義したもの、という構成が推奨される。さらに5枚目以降は任意だが、任意部分が多いと“自分の都合が残る”として減点される場合もあるという[16]。
また、進路指導には「譲歩適性診断」が採り入れられているとされる。診断結果は“協働型”“調整型”“保全型”の3区分で、就職面接ではこの区分に合わせて質問例が提示される。なお、診断を担当するのは外部のカウンセラーというより、同校の卒業生による「譲歩コーチ」であるとされる[17]。
一方で、このような仕組みは適性の固定化につながる懸念も指摘されている。保全型と判定された生徒が、異論を述べる機会が減るのではないかという批判が、校内でも小さく広がった時期があったという[18]。ただし学校側は「固定ではなく、譲歩の最適化に過ぎない」と回答したとされる。
社会的影響[編集]
米沢興譲館高等学校は、教育機関であると同時に、地域の合意形成プロセスを模した“準行政機関”の役割を担ってきたとされる。そのため卒業生は、単なる技術職ではなく、のような調整部署に配置されやすいという傾向がある[19]。
実際、地域行事の運営では同校の卒業生が司会進行の設計に関わり、議題の順番や配分時間を細かく調整しているといわれる。たとえば、夏祭りの運営会議では「提案→懸念→譲歩量→再定義→合意」の順に進めるとされ、これは本校での交渉演習の流れを模したものだという[20]。
また、学校と行政の間には「興譲館連携研究会」が設けられ、年に一度、地域企業へ“譲歩仕様書”のテンプレートが配布されるとされる。テンプレート配布の条件は、配布先の企業が少なくとも年間で2回、部門間調整の失敗事例を公開することだという[21]。
こうした仕組みは、結果として地域の会議文化を変えたと評価される一方で、「会議が上手い人が得をする」という見方も存在する。とはいえ、同校の卒業生が会議だけでなく現場の運用まで追うため、短期的な成果が見えやすいというメリットもあったとされる[22]。
批判と論争[編集]
最大の批判は、譲歩を数値化することが、対話の本質を覆い隠すのではないかという点である。交渉点数や譲歩量の内訳が評価されるあまり、真の合意ではなく“提出に足る譲歩”を作ることが目的化するのではないか、と指摘された時期があった[23]。
また、校内資料では「譲歩量の算定に用いた係数(α、β、γ)」が非公開とされている。係数がなぜ公開されないのかについて、研究会では複数の推測が出された。たとえば、公開すると係数の変更が議論を呼び、生徒の学習が揺らぐからだという説明がある一方、単に手続が複雑なためだという説もある[24]。
さらに、藍鉄式の起源をめぐる食い違いも論争の種となった。鉄道廃材説と染料配合説のどちらが正しいかで、校内の有志グループが口角を上げるほど揉めたとされる。もっとも、この揉め方自体が興譲館方式の“学習教材”になっていたという見方もあり、外部からは「論争まで教育にしてしまう学校」と半ば揶揄された[25]。
ただし同校は、批判を受けて2019年頃から「数値ではなく文章での再定義」を重視する方針に転換したとされる。しかし、その変更が本当に授業内で浸透したかは、卒業生の証言が分かれている。要するに、教育改革もまた合意形成の訓練になってしまっているのである[26]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山口一貴『興譲館方式の成立過程』米沢学術出版, 2003.
- ^ 佐藤綾乃「譲歩量の内訳がもたらす合意形成の変化」『教育制度研究』Vol.12第4号, pp.33-58, 2011.
- ^ K. Whitman「Quantifying Deference in Regional Schools」『Journal of Civic Pedagogy』Vol.7 No.2, pp.101-130, 2016.
- ^ 長谷川慎司『米沢地方勘定局と救荒米配分』山形史料叢書, 1989.
- ^ 田中勝也「交渉点数の算定手続に関する文書史料」『公共運営史研究』第5巻第1号, pp.77-94, 2008.
- ^ 内田由紀子『藍鉄式の民俗学的再解釈』東北民俗学会, 2014.
- ^ 松本祐介『探究学習と譲歩実装の接続:実装段階の評価』教育方法出版社, 2020.
- ^ Bernard J. McKernan「The Sequence of Concern: Meeting Order and Outcomes」『Administrative Culture Review』Vol.19 Issue3, pp.210-244, 2012.
- ^ 匿名『米沢興譲館高等学校内部要覧(改訂版)』譲歩室資料課, 2019.
- ^ 小林誠『社会的影響評価のためのテンプレート分析』文教分析社, 2017.
外部リンク
- 興譲館連携研究会 公式アーカイブ
- 譲歩計測室 レポート集
- 米沢興譲館高等学校 同窓会(藍鉄支部)
- 置賜県政提案局 資料室
- 地域交渉演習 教材ポータル