肩甲骨のトライデント
| 名称 | 肩甲骨のトライデント |
|---|---|
| 別名 | 三叉肩甲法、肩甲三本差し |
| 分類 | 運動療法・舞踏補助・民間身体訓練 |
| 起源 | 1958年頃 |
| 提唱者 | 久我山 朔一、エセル・M・ハーディング |
| 主な流派 | 東京式、横浜式、函館式 |
| 効果 | 肩周辺の固定と回旋の併用、姿勢補正、発声補助 |
| 普及地域 | 日本、北米西海岸、旧ユーラシア舞踏圏 |
| 関連施設 | 国立姿勢研究所附属肩帯室 |
肩甲骨のトライデント(けんこうこつのトライデント、英: Scapular Trident)は、の可動域を三方向に分岐させるとされるの総称である。もとは中期のにおいて、理学療法と舞踏訓練を統合する過程で生まれたとされる[1]。
概要[編集]
肩甲骨のトライデントは、両肩をわずかに内旋させつつ、肩甲骨下角を三つの方向へ「分ける」ように意識することで、上肢の連動を安定させるとされる技法である。現代では理学療法、舞踏、演劇発声の補助法として紹介されることがあり、特にの旧資料においては「肩帯三叉配列」とも記されている[2]。
その成立は、の古い稽古場とのリハビリ施設が、偶然に同じ骨格図を参照していたことに由来するとされる。もっとも、最初期の記録には「肩が三本に見えるほど静止している」としか書かれておらず、後年の編集者がトライデントという語を当てた可能性があるとする説もある[3]。
成立史[編集]
昭和三十年代の共同研究[編集]
この方式は当初、34年の『肩帯運動便覧』に付録として収録されたが、あまりに簡潔だったため読者から「説明が詩的すぎる」との苦情が相次いだ。なお、同便覧の奥付には印刷所の誤植で「肩甲骨のトライデント」を「肩甲骨のトライメンド」と記した版が存在し、収集家の間では稀覯本とされている[5]。
横浜式の拡張[編集]
この流派を広めたは、の舞踏学校を視察中に技法を持ち帰り、英語名 Scapular Trident を命名したとされる。彼女は肩を「三叉鉾に見立てると、姿勢は精神状態まで矯正される」と述べたが、現存する講義録ではその直後に「ただし鉾は重すぎる」と書き足されている。
一般化と制度化[編集]
1970年代後半には、の外郭団体が高齢者体操の一種として試験導入し、全国36自治体で巡回講習が行われた。とくにでは冬季の転倒予防と組み合わされ、雪かき後の肩痛対策として定着したという。受講者アンケートでは満足度92%とされたが、記入欄が「かなり満足」「やや満足」「肩が三つに分かれた気がする」の三択しかなかったため、集計方法には議論がある[7]。
技法[編集]
肩甲骨のトライデントは、一般に「差す」「留める」「返す」の三工程から成ると説明される。まず肩甲骨を外側へ差し、次に肩峰を下方へ留め、最後に胸郭へ向けて静かに返すことで、背部に三角形ではなく三叉状の緊張が生じるとされる。
標準式では1回の練習につき9呼吸を1単位とし、朝夕各4単位、週5日を基本とする。研究班によると、4週間継続した被験者48名のうち41名で「肩が後ろから見て落ち着いて見える」という変化が確認されたが、評価者の半数が美術教師であったため、医療的有効性とは別問題であるとされている[8]。
また、上級者向けには「三叉保持中に反対側の手で机を3回たたかない」という禁忌がある。これは、初期の講習会で誤って机をたたき続けた受講者が、肩ではなく腕相撲のフォームだけが上達したことに由来する。
流派[編集]
東京式[編集]
を中心に普及した最古の流派であり、背部を「都市の交差点」に見立てて動作を組み立てる点が特徴である。肩甲骨の下角を左右非対称に扱うことが許され、演劇関係者の間では「片側だけでも成立する珍しい体幹技法」として人気を得た。
函館式[編集]
の漁業従事者により発展した系統で、寒冷地では肩を開きすぎないことが重要とされた。練習前に湯気の立つ味噌汁を一杯飲むと安定するという口伝があり、これにより「肩甲骨が先か、味噌汁が先か」をめぐる論争が一時期続いた。
西海岸式[編集]
の小劇場圏で変形した系統で、呼吸法を強調しすぎた結果、肩甲骨の動きよりも発声が目立つようになった。1978年のサンノゼ講習会では、講師が実演中に「トライデントとは結局、背中の三拍子である」と語り、拍手が長引いて講義時間が半分消えたという。
社会的影響[編集]
肩甲骨のトライデントは、直接の医療技術というより、姿勢をめぐる自己規律の文化として影響を与えた。1980年代のでは健康番組の端で数十秒紹介され、以後「肩を整えると人生も整う」という標語が流行したとされる。
一方で、企業研修に導入された際には、会議前に全員が同じ角度で肩を動かすため、資料の配布より先に集団沈黙が発生するという副作用があった。これを「トライデント沈黙」と呼ぶ社内文書も残っている。また、舞踏界では背中のラインを誇張する表現として取り入れられ、の周辺では今なお非公式に教える講師がいるという。
批判と論争[編集]
批判の多くは、肩甲骨のトライデントが科学用語と比喩を混在させている点に向けられてきた。特に1989年の『月刊リハビリ通信』では、「三叉の感覚は観察者の主観に依存しやすく、再現性が低い」とする査読付き短報が掲載された[9]。
また、創始者とされる久我山朔一については、同時期の診療録に彼の名前が確認できないことから、舞踏教師側の創作ではないかという説がある。ただし、の古書店で発見された名刺束に「Kugayama, Scapular Dept.」と記された一枚が含まれていたため、議論は決着していない。なお、この名刺の紙質が1980年代のものだったため、余計に話をややこしくしている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 久我山朔一・日下部ミツ『肩帯運動便覧』肩帯研究会, 1959年.
- ^ Harper, L. & Harding, E. M. “The Scapular Trident and Postural Silence” Journal of Somatic Arts, Vol. 12, No. 3, 1968, pp. 41-58.
- ^ 河西一郎『背部三叉論の基礎』医歯薬出版, 1971年.
- ^ National Institute of Posture Studies. “Annual Report on Triple Blade Shoulder Alignment” Bulletin of KAM, Vol. 4, No. 1, 1976, pp. 9-21.
- ^ 斉藤みどり『肩甲帯と舞踊の相互作用』青弓社, 1982年.
- ^ Matsumura, T. “On the Quantified Triangle of the Scapula” Tokyo Medical Review, Vol. 21, No. 7, 1984, pp. 112-126.
- ^ 『肩甲骨のトライデント入門—三呼吸でわかる姿勢学』東都新書, 1987年.
- ^ 井上和真『函館式肩帯学の研究』北海学園出版会, 1991年.
- ^ Hughes, R. “Why a Trident? Notes on Gesture, Labor, and Maritime Bodies” Pacific Somatics Quarterly, Vol. 9, No. 2, 1995, pp. 77-93.
- ^ 『月刊リハビリ通信』編集部「肩甲骨のトライデントは再現できるか」第18巻第4号, 1989年, pp. 14-19.
外部リンク
- 国立姿勢研究所アーカイブ
- 肩帯研究会デジタル文庫
- 東京身体文化資料館
- 横浜港労働史センター
- 新国立劇場 舞台身体研究室