脇くすぐり
| 分類 | 民俗技法、余興、反射訓練 |
|---|---|
| 起源 | 江戸後期(寛政年間とする説が有力) |
| 主な伝承地 | 東京都、神奈川県、愛知県西部 |
| 関連機関 | 旧内務省余芸調査局、東京身体文化研究会 |
| 代表的器具 | 羽根筆、楊枝束、布巻き竹棒 |
| 年中行事 | 六月の「脇涼み」、八月の「半笑い検定」 |
| 現代的用途 | 舞台演出、介護レクリエーション、企業研修 |
| 別名 | 腋下笑法、くすぐり仕分け |
脇くすぐり(わきくすぐり、英: Axillary Tickling)は、周辺に対する反射誘発的な刺激操作を指す日本の民俗的身体技法である。江戸後期ので、夏季の発汗抑制と身分確認を兼ねた所作として体系化されたとされる[1]。
概要[編集]
脇くすぐりは、脇の下に対して軽い刺激を与え、笑い、緊張解除、姿勢修正を引き出すとされた技法である。単なる冗談や悪戯ではなく、近代以前の都市部では、来客の礼法確認や職人の集中力試験にも用いられたという。
現代ではの演芸資料館や、の一部コミュニティセンターにおいて、伝統芸能の再現として紹介されることがある。ただし、伝承の多くは口承に依存しており、記録の整合性には地域差が大きいと指摘されている[2]。
歴史[編集]
江戸期の成立[編集]
起源は3年、下谷の湯屋で起こった「笑い湯の事故」に求められることが多い。当時、湯番を務めていたが、湯気で見えにくい客の混雑をさばくため、袖口ではなく脇へ触れて人数を数えたところ、偶然に強い笑い反応が生じたとされる。これが後に「脇を見れば、その者の気がわかる」とする都市俗信と結びついた。
文化年には、の見世物小屋で「三秒で黙る男」と呼ばれた芸人・が脇くすぐりを演目化し、客席の反応を秒単位で計測した記録が残る。もっとも、この記録は編『笑作用語採集帳』にのみ見え、要出典とされている。
明治から大正への制度化[編集]
22年、文部省直轄の体操研究会では、脇くすぐりを「笑筋反射の初歩」として児童向け衛生教育に転用する案が検討された。提案者はで、彼は脇を「心身の境界面」と呼び、ここを整えることで姿勢と発声が同時に改善すると主張した。
期に入ると、の海軍関連施設で、狭い船内生活における士気向上策として簡易化された脇くすぐりが採用されたとされる。1回あたりの刺激は0.7秒以内、左右差は2回までという細則まで作られたが、実際には新兵が笑いすぎて訓練が遅延する例が続出し、結果として「やるほど秩序が乱れる技法」との評価が定着した。
戦後の再評価[編集]
戦後は一時衰退したが、36年に放送されたラジオ番組『家庭でできる礼法と余芸』で再注目された。番組内でが「脇は人の本音が出る場所である」と発言したことをきっかけに、都内のカルチャーセンターで短期講座が乱立した。
1980年代にはの商業デパートが、歳末セールの呼び込みに「脇くすぐり体験コーナー」を設置し、3日間で延べ1万2400人が参加したと報じられた。なお、この数字は会計上の来場者数と整理券枚数が混同されている可能性がある。
技法[編集]
脇くすぐりの基本は、相手の脇下に直接触れるのではなく、視線、衣擦れ、空気の流れの三点で反応を予告してから刺激を入れる点にある。これにより、笑いが単なる反射でなく、半ば儀礼化された応答になると考えられていた。
流派は大きく「羽根流」「袖口流」「無言流」の三系統に分かれる。羽根流はで発達し、孔雀の羽根筆を用いる。袖口流はの問屋街で普及し、着物の袖を使って距離を測る。無言流はの港湾労働者のあいだで生まれ、合図なしで一瞬にして脇へ接近するため、もっとも危険視された。
いずれの流派も「7回までが礼、8回目からは挑発」とする不文律を持つ。これはの『脇作法心得』に見えるが、後年の研究では版元が遊戯研究所の偽名であった可能性が高いとされる。
社会的影響[編集]
脇くすぐりは、単なる余興を超えて、近代日本の対人距離の規範に影響を与えたとされる。とくに、、では、初対面の緊張を解くための「脇挨拶」が一部の地域で慣習化した。
一方で、過度な脇くすぐりが集団のヒエラルキーを可視化するため、学校や軍隊ではしばしば問題になった。の内部通達では、廊下での脇くすぐりが「笑いを伴う軽度の秩序攪乱行為」として注意対象に挙げられている[3]。また、1989年にはの塾で「脇の弱い子がいじめられる」との保護者抗議が起き、以後、教育現場では原則禁止となった。
批判と論争[編集]
批判の第一は、脇くすぐりが身体接触を前提とするため、同意の有無を曖昧にしやすい点である。第二に、効果測定がきわめて主観的で、笑いの回数、声量、肩の上がり方が観測者ごとに異なることが挙げられる。
また、人類学教室の一部研究者は、脇くすぐりの歴史資料の多くが「後世の演芸家による創作である可能性」を示唆したが、これに対し愛好家団体「日本脇文化協会」は、むしろ創作性そのものが伝統の核心であると反論した。2021年の公開討論会では、議論が高じて登壇者全員が実演を求められ、最終的に司会者だけが笑い続けて終わったという。
現在の位置づけ[編集]
現在、脇くすぐりはの現場で、非薬物的なリラクゼーションの一種として試験導入されている。ただし、効果は個人差が大きく、10人中7人は「少し安心した」と答える一方、残り3人は「単に驚いた」と回答する傾向がある。
また、企業の新入社員研修において、アイスブレイク手法として「脇距離のワーク」が使われることがある。これは紙一枚分の間隔を保ちながら、互いに笑顔で会釈する訓練であり、元来の脇くすぐりからはかなり遠いが、名称だけが残った例であるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 鳥居新左衛門『笑作用語採集帳』下谷文庫、1811年.
- ^ 渡辺精一郎「脇部刺激と発声改善」『体操研究彙報』Vol. 3, No. 2, pp. 14-29, 1890.
- ^ 石田マリ子『家庭でできる礼法と余芸』東西放送出版、1961年.
- ^ 東京身体文化研究会編『脇くすぐり資料集成』東京身体文化研究会、1974年.
- ^ Harold P. Winslow, "Axillary Response and Civic Humor," Journal of Applied Folklore, Vol. 12, No. 4, pp. 201-219, 1978.
- ^ 小松屋梅之助「三秒で黙る男の演目記録」『浅草見世物年鑑』第7巻第1号, pp. 5-11, 1921.
- ^ 日本脇文化協会編『脇作法心得 令和改訂版』日本脇文化協会出版部、2022年.
- ^ Margaret L. Thornton, "The Politics of Ticklish Proximity," Cambridge Studies in Popular Gesture, Vol. 8, No. 1, pp. 33-58, 1994.
- ^ 『笑いと接触の民俗誌』脇間出版社、1987年.
- ^ 清水雄一郎『港湾労働と無言流の伝播』関東社会史叢書、2005年.
外部リンク
- 日本脇文化協会
- 東京身体文化研究会アーカイブ
- 下谷民俗資料館
- 笑作用語オンライン辞典
- 脇距離研究フォーラム