舌切りすずめ踊り
| 行事名 | 舌切りすずめ踊り |
|---|---|
| 開催地 | 宮城県仙台市(旧城下の小社群) |
| 開催時期 | 五十年に一度(表のすずめ踊りの同年) |
| 種類 | 裏祭事・鎮魂芸・踊礼 |
| 主な担い手 | 舌守役(ぜんぞやく)と踊子(おどりこ) |
| 由来 | “触れてはならぬ歌詞”をめぐる古い口誓いとされる |
| 特徴 | 黒紋の面と、口を閉じたまま行う“無声の群舞” |
舌切りすずめ踊り(したきりすずめおどり)は、の旧城下に点在する小社群の、五十年に一度行われる裏祭事である[1]。以来の“表のすずめ踊り”に対置される、異則で濃密なの風物詩である[2]。
概要[編集]
舌切りすずめ踊りは、五十年に一度の周期で開催される“裏の祭り”として伝えられている。実在するの「すずめ踊り」が「表」であるのに対し、本行事は同じ季節の夜に、同じ道筋を反転させる形で営まれるとされる[1]。
この行事の要点は、踊り手が一切の発声をせず、代わりに舌の位置を示す手指の型(舌紋の所作)で拍を取る点にある。外部の見物人には“観客としては参加できない”とされ、参加資格は町内の古記録に記された「口縁(くちべり)に立つ者」に限られるという[2]。
また、表の祭事が華やかな笛太鼓で進行するのに対して、裏の祭事は太鼓が鳴る直前にわざと空打ちする癖があると伝えられている。空打ちの回数は毎回とされ、数え損ねが起きると翌五十年まで“次の踊りが進まない”という迷信が残る[3]。
名称[編集]
「舌切りすずめ踊り」という名称は、“舌切り”を残酷な刑罰として解釈するのではなく、口誓いを更新する儀礼として理解する立場がある。すなわち、古い歌詞をそのまま口にして再生させることを禁じ、代わりに踊りの型で意味だけを引き継ぐための語だと説明される[4]。
ただし、名称があまりに強い比喩であることから、近年は観光向けの資料でも「舌(した)を切る=言葉を切る」といった言い換えが多用される。一方で、旧家の聞き書きでは「切るのは舌ではなく“舌が勝手に喋ろうとする衝動”である」とも記録されている[5]。
なお、当日配布されるとされる紙片には、行事名の下に「すずめ」の文字が必ずから折り返して描かれるとされる。これを真似ると次の世代に“口だけが早まる”と恐れられ、模写の指導がしばしば行われるという[6]。
由来/歴史[編集]
“表”の成立と裏の発生[編集]
舌切りすずめ踊りは、表の「すずめ踊り」が地域の結束を強める目的で整えられていく過程から生まれたと語られる。具体的には、明治末にを舞台に結成された祭礼運営の任意団体「城下囃子講社(じょうかばやしかいしゃ)」が、踊りを“皆が同じ言葉で歌う”形式に改めたことが契機になったとされる[7]。
しかし、その統一が進むほどに「歌詞を口にした瞬間、旧い因縁が居着く」という噂が増えた。そこで講社の一部が、歌詞そのものを封印し、無声の所作に変える折衷案を求めた。この折衷案が“裏の祭事”として独立し、五十年周期の口誓い更新儀礼へと変質した、という筋書きが伝承の中心である[8]。
口誓いの条項と空打ちの仕様[編集]
裏祭事の根幹には「口縁条(くちべりじょう)」があるとされる。これは踊り手が、太鼓の合図の瞬間に口を閉じていること、そして沈黙の継続をまで数えることを定める条項であると記録されている[9]。
さらに、沈黙の“破り”に対する罰として、誤って声を出した者の家には翌朝から間、玄関の鈴が鳴らないと信じられてきた。もっとも、鈴が鳴らないのは実際には風向きのせいだったという反論もあるが、行事の信奉は止まらなかったとされる[10]。
空打ちがとされる理由は、講社の帳簿係が誤って「開き直しの拍」を記録してしまい、その誤記が“神託”として固定化されたためだという。こうした“制度化された誤り”は、裏祭事ではしばしば神秘性の源泉として扱われるとされる[11]。
日程[編集]
舌切りすずめ踊りは、五十年に一度、表のすずめ踊りが行われる年に合わせて実施される。実施日は春の名残月とされるが、具体的には「の第三夜」と呼ばれる夜に固定されるという[12]。
啓花の第三夜とは、仙台の旧城下に設けられた“蔵時計”が、午前零時から逆回転を始めると信じられている時刻帯の三つ目だと説明される。実際の蔵時計は逆回転しないため、近代以降は「人が回している」という指摘もあるが、それでも行事は成立してきたとされる[13]。
当日は準備から逆算して進行し、前日には「面箱(めんばこ)の無言清め」が行われる。面箱の蓋はに重ねられ、そのうち三重目だけが当日まで開けられないという細則が伝わる[14]。最終的に踊りは、夜半から台の間に始まってで一区切りとなるとされるが、これは“空気が入れ替わる時間”と結びつけられている[15]。
各種行事[編集]
当日の行事は大きく、面礼、黙舞、舌紋移し、口縁封印の四段階に分かれるとされる。最初に行われる面礼では、黒紋の面が一斉にかけられ、見物人の視線を一度だけ遮るためにの布倒しが行われる[16]。
黙舞(もくぶ)は、踊り手が言葉を発せず、呼吸の角度だけで拍を取る形式である。踊子は両手で“舌の所在”を示す型を作り、手の甲が天を向くときだけ群れが前進する。これにより、観客が勝手に口ずさもうとする衝動を“逆に失わせる”効果があると説明されている[17]。
舌紋移しでは、各家の古い巾着から「舌紋糸(したもんいと)」と呼ばれる細い紐を取り出し、隣の踊子の面紐へ結ぶ。結び目はだけ許され、五つ目を作ると“次の人が喋り出す”と恐れられる[18]。口縁封印は最後に実行され、踊りが終わった後、通りの端に立てられた札が裏返されるとされるが、その札の裏には何が書かれているかは見てはならないとされる[19]。
地域別[編集]
裏祭事は「仙台の旧城下に点在する小社群」で行われるが、同じ仙台市内でも小社の性格によって所作が微妙に異なるとされる。例えば、側の社群では、黙舞の前進が必ず右足から始まり、左足から始めると“表の踊りと話し始める”と噂される[20]。
一方、側の社群では、面箱の布倒しが少ない代わりに、最後の札返しが行われるという。参加者は「同じ沈黙でも、数え方で意味が違う」と口にするが、外部の研究者が数え方の規則性を指摘しても、現場は笑って誤魔化すという[21]。
なお、遠方の家が出張で参加する場合、「口縁証(くちべりしょう)」を持参する必要があるとされる。この証は紙ではなく、古い指輪の内側を写した薄銀の札であると説明されるが、実際に見せると指輪の持ち主が不機嫌になるため、真正の提示は少ないとされる[22]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高橋縫之『城下囃子講社の記録――口縁条の運用案』東北民俗学叢書, 1974.
- ^ ミナト・ハヤシ『Ritual Silence in Northern Hanamachi』Tohoku Cultural Review, Vol.12 No.3, pp.44-61, 1989.
- ^ 伊達真継『裏祭事の数理:空打ち33回の系譜』日本祭礼技法学会誌, 第6巻第2号, pp.101-119, 2002.
- ^ S.カワベ『Embodied Meaning and Nonverbal Rhythm』Journal of Folkloric Performance, Vol.29, pp.210-233, 2011.
- ^ 佐々木織人『黒紋の面箱と布倒し18秒』宮城地方史研究, 第14巻第1号, pp.77-95, 1996.
- ^ 李栄春『口縁封印の記号論的検討』東アジア儀礼研究年報, 2020.
- ^ 船木円太『仙台旧城下の蔵時計伝承と啓花第三夜』東北史学, 第23巻第4号, pp.305-328, 2008.
- ^ 前田鴻佑『舌紋移しにおける結び目数の社会的拘束』民俗社会学研究, Vol.8 No.9, pp.12-29, 2015.
- ^ 宮城県教育総務課『観察可能性の条件:裏祭事の参加規約(試案)』宮城県公報別冊, 1968.
- ^ 若林ユウキ『“啓花”の天文学的誤読』星と祭りの雑誌, 第1巻第1号, pp.1-9, 1952.
外部リンク
- 裏祭事データベース・口縁編
- 仙台旧城下の面箱写真庫
- 舌紋糸研究会ノート
- 黙舞譜(ふものり)試聴室
- 啓花第三夜の掲示板