花崗岩の「睾丸」の部分
| 名称 | 花崗岩の「睾丸」の部分 |
|---|---|
| 分類 | 岩石内部の膨潤部位 |
| 初出 | 1912年ごろ |
| 提唱者 | 高瀬 直記 |
| 主な観察地 | 御嶽山麓、丹沢、茨城県笠間地方 |
| 用例 | 石材鑑定、墓石加工、奇岩案内 |
| 関連現象 | 玉状分離、圧密核、剥離殻 |
| 異称 | 石核・珠嚢部 |
花崗岩の「睾丸」の部分(かこうがんの「こうがん」のぶぶん)は、のうち、内部の結晶圧と外皮の収縮差によって球状に膨らんだ領域を指す地質学上の俗称である。主に後期の冷却過程に由来するとされ、の古い石材商のあいだで広く知られていた[1]。
概要[編集]
花崗岩の「睾丸」の部分は、花崗岩の中でも特に丸みを帯び、叩くとやや鈍く響く領域を指す呼称である。石材業界では古くから「玉が立つ」とも表現され、外観上の美しさよりも、加工時に割れ方が予測しにくいことから注意対象とされてきた。
この語は末期の石工・鑑定人のあいだで半ば隠語として流通し、のちに鉱物学教室の周辺で学術用語めいた扱いを受けたとされる。もっとも、当時の記録は用語の下品さを嫌って削除されることが多く、後世の研究者は断片的なメモと石版図から再構成を試みている[2]。
定義と選定基準[編集]
一般には、花崗岩の結晶粒が局所的に再配列し、直径2センチメートルから18センチメートル程度の準球形構造を示す部分が該当するとされる。ただし、の1938年通達では、外殻との境界が0.7ミリメートル以下であること、かつ打撃音に1.8秒以上の残響があることが条件とされた。
一方で、地方の石材商のあいだでは、見た目が丸ければ十分とされ、採石場ごとに判定が異なった。特にの笠間地方では、乾季に採れたものほど「立派な睾丸」と評価され、加工業者がわざわざ日陰で一昼夜寝かせてから切削したという逸話が残る。
歴史[編集]
明治期の発見[編集]
1912年、石工の高瀬直記がの採石場で、通常の花崗岩とは異なる「内部だけ妙に締まった球状部」を報告したのが文献上の初出とされる。高瀬は翌年、の非公開例会でこれを説明し、聴講した地質学者の一人が「まるで玉である」と述べたところから、俗称が一気に広まったという。
ただし、高瀬のノートには「睾丸」という文字が朱筆で2度消されており、代わりに「珠心」「丸核」と書き換えられている。編集史の研究では、当時の検閲というより、会場の空気に耐えられなかった助手が自主的に修正した可能性が高いとされている[3]。
昭和の標準化運動[編集]
11年から15年にかけて、土木局の依頼で石材品質の標準化が進められた際、この部位の扱いが問題となった。道路縁石では亀裂の起点になりやすいとして除外すべきだとする案と、むしろ緻密で耐久性があるとして積極利用すべきだとする案が対立したのである。
最終的には、の第4回報告書により「外観審美性と構造安定性の両面を持つが、名称があまりに生々しい」として、学術刊行物では「球核部」という代替語が採用された。しかし現場では旧称が残り、戦後まで帳簿にだけ小さく印字される慣例が続いた。
戦後の再発見[編集]
の東京オリンピック関連工事で、外苑周辺の歩道石を再加工した際、石材業者が大量の花崗岩サンプルを比較し、この部分の分布が採石場ごとに顕著に異なることを示した。とくに産の試料は、1立方メートルあたり平均3.4個の「睾丸」を含むとされ、研究者のあいだで話題になった。
この結果は石材の価値評価を変え、表面の模様だけでなく内部の「丸さ」を売りにする商習慣が生まれた。もっとも、当時のカタログには「内部に愛嬌あり」とだけ書かれ、詳しい説明は一切なかった。
地質学的特徴[編集]
花崗岩の「睾丸」の部分は、主としてとの微細な圧縮差によって形成されるとされるが、の偏在が引き金になるという説もある。断面は均質に見えて中心部ほど光沢が強く、偏光顕微鏡下では輪郭がわずかに二重に見えるのが特徴である。
また、一定条件下では「双子化」と呼ばれる現象が起こり、2つの球状部が癒着したまま成長する。これを古い石工は「連珠」と呼んだが、若手の鑑定人がうっかり「双睾」と書いたため、1930年代の講義録には不自然な訂正跡が残っている。なお、この記述は資料の少なさから一部に異論がある[4]。
文化的影響[編集]
この用語は地質学の内部にとどまらず、の庭園設計やの石橋修復の現場でも、石の「芯の強さ」を表す比喩として用いられた。とりわけ寺社の灯籠材では、見えない部分にこの構造がある石ほど縁起がよいとされ、選別会では年に4回、僧侶と石工が同席して確認したという。
また、戦後の一部週刊誌がこの語を見出しに使ったことから、一般には「危ない石の中の危ない部分」という誤解も広がった。これに対しの展示解説では、あくまで「自然界における丸みの偏在」であると説明しているが、来館者アンケートでは3割が別の意味で受け取っていたとされる。
批判と論争[編集]
批判の中心は、名称の俗悪さと再現性の低さである。とくにの『地質彙報』掲載論文では、同じ石を5人の鑑定人が見ても「睾丸」と認定する者が2名、「単なる丸石」とする者が2名、「むしろ恥丘である」とする者が1名に分かれたと報告された。
また、のある研究室では、学生実習でこの語を使ったところ、翌年度から標本ラベルの命名規則が全面改訂されたという。もっとも、改訂案の末尾には手書きで「ただし現場では使うな」と追記されており、実務と制度の乖離がよく示されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高瀬直記『花崗岩局部膨潤論』東京石材出版社, 1914.
- ^ 斎藤梅三『石工用語の変遷と隠語化』岩波書店, 1939.
- ^ 田村春彦「花崗岩中の球状圧密部に関する観察」『地質彙報』Vol. 12, No. 3, 1968, pp. 44-63.
- ^ Margaret A. Thornton, The Internal Bulges of Granite: A Field Manual, Cambridge Rock Press, 1971.
- ^ 中村義隆『石材鑑定の実際』日本建築学会出版局, 1982.
- ^ Kenjiro Watanabe, “Spherical Stress Cores in Granitic Masses,” Journal of Applied Lithology, Vol. 8, No. 1, 1994, pp. 5-29.
- ^ 日本石材検査協会 編『石材等級判定規程 第4版』技報堂, 1938.
- ^ 村松静夫『御嶽山麓採石誌』信濃郷土研究会, 1956.
- ^ Eleanor P. Briggs, “On the Dubious Terminology of Pebbled Granite Parts,” Proceedings of the Oxford Society of Petrography, Vol. 3, No. 2, 2001, pp. 88-101.
- ^ 『帝国石材試験所報告 第7号』帝国石材試験所, 1941.
外部リンク
- 日本石材語源アーカイブ
- 帝国石材試験所デジタル館
- 花崗岩俗称収集委員会
- 石工口承史料ライブラリ
- 地質冗語博物誌