西タペストリー
| 名称 | 西タペストリー |
|---|---|
| 別名 | 西織、方位布、磁糸屏 |
| 起源 | 平安時代後期(12世紀頃とされる) |
| 発祥地 | 山城国西部・摂津国東部 |
| 用途 | 方位測定、祭礼装飾、航海補助、帳簿保護 |
| 主要素材 | 麻布、絹糸、雲母粉、磁鉄砂 |
| 保存機関 | 京都市立民俗織物資料館、近畿民藝振興会 |
| 指定 | 一部地域で無形民俗技術に準ずる扱い |
西タペストリー(にしたぺすとりー、英: West Tapestry)は、からにかけて発達したとされる、横糸に磁性鉱物を織り込んだ大型織物群である[1]。元来は後期の方位儀として用いられたが、のちに祭礼装飾と航海図の双方に転用されたとされる[2]。
概要[編集]
西タペストリーは、の寺社や港湾で用いられたとされる装飾性の高い織物であり、布地そのものが方位を示す「読む織物」として理解されている。現存資料では、縦糸に産の絹、横糸に沿岸で採取された磁鉄砂を漆で固めた細線を用いた例が多い。
学術的には末にの民俗採集班が初めて体系的に記録したとされるが、実際には近世ので帳場の目隠し兼風除けとして普及していたとの見方もある。なお、一部の古文書では「西へ向けて吊るすと疫病が寄る」と記されており、当時の住民の間では呪具としての側面が強かったようである[3]。
起源[編集]
方位布としての成立[編集]
西タペストリーの起源は、年間に麓の織師・が、寺の鐘楼に掛ける布へ方位線を織り込んだことに始まるとされる。布の西端にだけ鉛白を混ぜた染料を使ったところ、夕刻に布面がわずかに発光したため、僧俗がこれを「西の印」と呼んだという[1]。
この逸話は後世に誇張された可能性が高いが、商人の往来記録には、同種の布を「風の向きがわかる品」として扱った形跡がある。特にの『坂本渡世日記』には、布を床に広げて蝋燭を立てると、煤の流れで雨天を予測できたとする記述があり、気象具としての用法もあったと推定されている。
祭礼と港湾への普及[編集]
後期になると、西タペストリーはの前垂れや・の港倉の仕切り布として広まり、家ごとに「西紋」と呼ばれる独自文様が作られた。文様の多くは波、雁、折れた羅針盤などの意匠からなり、家運の安定を願う符牒としても読まれたとされる。
の京都大火の際、ある町家で西タペストリーが水桶に浸けられたまま残り、翌朝その布だけが煤を弾いたことから「焼け止めの布」として評判になったという。もっとも、同時代の火災記録と照合すると、実際には濡れた麻布であった可能性が高いとの指摘がある。
近代の再発見[編集]
期には民俗学者のが、の旧家で保管されていた西タペストリー12点を調査し、これを「西方位民具の集成」と命名した。片岡は当時、織物の繊維中に鉄分が多く含まれることを示す分析表を公表したが、試料の一部が旧式の裁縫箱の錆で汚染されていたため、後年の再検査では数値が大幅に下方修正された[4]。
それでも、がに掲載した「歩くと鳴る布」の記事を契機に、関西の博覧会では実演展示が人気を集めた。観覧者の一部は布に耳を当てると潮騒が聞こえると証言したが、これは会場隣接の水道ポンプの振動によるものとみられている。
構造と製法[編集]
伝統的な西タペストリーは、三層構造を持つとされる。表地は風の平織、中央層は磁鉄砂を溶いた膠膜、裏地は煤を吸着しやすい柿渋染めの麻である。これにより、壁に掛けた際に表裏で温度差が生じ、わずかな気流を可視化するのだという。
製法は極めて手間がかかり、あたりの工程はおよそ73段階に及ぶ。とくに「西伏せ」と呼ばれる工程では、織り上げた布をの地下水で2晩洗い、乾燥中に西向きの風が吹かなければ最初からやり直しになるとされた。近年の再現実験では成功率が14%前後と報告されているが、実験条件が「職人の機嫌」に左右されるため再現性には疑義がある[5]。
用途[編集]
寺社での使用[編集]
寺社では本尊の背後に吊るし、夕方になると布面に現れる陰影をもって参詣者の人数を占ったとされる。とくに周辺では、祭礼前夜に西タペストリーを3枚重ねると雨が避けられるという俗信があり、30年代まで一部で続いたという。
また、布の端に結ばれた鈴を鳴らすことで、強風時に柱の共鳴を防ぐ「静音布」としても用いられた。これは機能的には簾に近いが、当時の神職は「布が先に風を叱る」と説明したと伝えられている。
航海・商業での使用[編集]
の船乗りは、西タペストリーを畳んで帆柱に巻き付け、曇天時の方角確認に利用したとされる。布の西端に縫い込まれた銀糸が星明かりを反射し、船員はその反射角で港の位置を推定したという。
の両替商のあいだでは、帳簿を西タペストリーで包むと「出費が西へ流れる」、すなわち損失が他店へ転嫁されると信じられた。実際には防湿効果が高く、紙魚の被害が減ったため、結果として財産が守られたにすぎないと考えられている。
家庭用と儀礼用の派生[編集]
庶民の家では、子どもが昼寝をする際に西タペストリーを畳んで枕元に置く習慣があった。布の織り目が一定方向に揃うと「西風が子を連れない」とされ、夜泣き対策として重宝されたという。
一方で、の裕福な商家では、客間の床の間に飾る「見せ西」が流行した。これは実用性をほぼ失い、文様の精緻さだけが競われたため、最盛期には1枚に産の絹糸を約8,400本用いた豪奢な例もある。
社会的影響[編集]
西タペストリーは、単なる織物の範疇を超えて、方位感覚と生活秩序を結びつける文化装置として機能したと評価されている。の一部では、家の建築方向を決める際にまず布を広げる「布起こし」の習慣があり、土地の価値判断にまで影響した。
また、文様を家ごとに変えたことから、婚姻や商取引の場で出自を示す半ば身分証のような役割を担った。これにより、では「西紋鑑定」を生業とする職能集団が生まれ、明治末にはから模倣品の取り締まり協力を依頼された記録もある。
一方で、布に宿るとされた「西気」をめぐり、風水的解釈と科学的説明が衝突した時期もある。とくにの紙上論争では、天文学者が「布が風を読むのではなく、家の傾きが先に見えるだけ」と述べ、これに対し民俗家の側が「傾きを読むのもまた文化である」と反論している。
批判と論争[編集]
西タペストリーをめぐっては、早くから「磁性を利用した」という説明に疑問が呈されてきた。繊維学のはの論文で、検出された磁性はすべて金属粉を含む洗濯石鹸の残留だと指摘し、これを「織物史上まれにみる丁寧な汚損」と評した[6]。
また、復元品の一部が観光土産として過剰に脚色されたことも批判の対象となった。にで開催された企画展では、説明文に「満月の夜のみ布が北東へたわむ」と記され、来場者から問い合わせが殺到したが、後に展示担当者が「レイアウト上の都合」と説明している。
もっとも、批判が強まるほど需要が増える現象も見られた。近年ではで復元織機が製作され、支援者2,413人のうち約3割が「本当に方角が変わるなら欲しい」と回答したという調査があるが、調査票の回収方法に問題があったとの指摘もある。
現代の保存活動[編集]
現在、西タペストリーの現物は全国で39点が確認され、そのうち完全に来歴が追えるものは11点にとどまるとされる。保存は主としてとの連携で行われ、湿度48〜52%を維持する特殊保管棚が用いられている。
また、には「西織再現計画」が始動し、の技法を用いて3年がかりで試作が進められた。試作品の第7号は展示初日に角度によって文様が逆転して見えることから話題となり、担当学芸員は「反転も含めて西である」とコメントしたと報じられている。
地域振興の文脈では、との間を結ぶ「西タペストリー街道」構想が提案され、旧織屋や港跡を巡る観光ルートとして整備が検討された。なお、実際にどこが西端なのかについては今なお研究者の間で一致を見ていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 片岡常吉『西方位民具考』京都民俗出版、1909年。
- ^ 中村孝一「布地における微量金属残留の誤認について」『繊維学雑誌』Vol. 18, 第4号, pp. 211-224, 1964年.
- ^ 藤原千鶴『古織物と方位観』思潮社、1978年。
- ^ 山口澄子「港町における西紋の分布」『近畿民俗研究』Vol. 9, 第2号, pp. 33-57, 1983年.
- ^ David H. Ellison, The Magnetic Looms of Western Japan, University of Oxford Press, 1991.
- ^ 田島善右衛門『西タペストリー復元録』京都市立民俗織物資料館紀要、第12巻第1号, pp. 1-19, 2002年.
- ^ M. R. Hayworth, “Weather Reading Textiles in Pre-Industrial Port Cities”, Journal of Maritime Folklore, Vol. 7, No. 1, pp. 88-109, 2008.
- ^ 北川瑠璃子「見せ西の美学と商家文化」『民藝と都市』第5巻第3号, pp. 145-161, 2014年.
- ^ 佐伯一郎『西織街道構想報告書』京都府地域振興会、2022年.
- ^ Eleanor P. Shaw, “On the Reversal Phenomenon of Eastward Fabrics”, Transactions of the Society for Imaginary Textile Studies, Vol. 3, pp. 4-17, 2023.
- ^ 『坂本渡世日記』翻刻委員会『坂本渡世日記』近江古文書刊行会、1987年.
- ^ 高瀬真也『なぜ布は西を向くのか』港湾文化新書、2011年.
外部リンク
- 京都市立民俗織物資料館
- 近畿民藝振興会
- 西織再現計画アーカイブ
- 西タペストリー街道準備室
- 日本方位織物学会