賄いは500円相当まで
| 名称 | 賄いは500円相当まで |
|---|---|
| 別名 | 500円賄い基準 |
| 主な適用分野 | 飲食業、宿泊業、学校給食、社員食堂 |
| 成立 | 1987年ごろ |
| 提唱者 | 全国賄い原価協議会 |
| 基準額 | 500円相当 |
| 運用地域 | 日本全国 |
| 関連制度 | 食材簿価管理、福利厚生基準、厨房監査 |
賄いは500円相当までとは、飲食店や給食施設において従業員へ提供される賄いの価値を相当に抑えるべきとする運用上の慣行である。主に末期の原価管理と、まかない飯の過剰な豪華化を防ぐために広まったとされる[1]。
概要[編集]
賄いは500円相当までとは、従業員向けに提供される食事の原価または外部換算価値を一定以下に抑えるための業界慣行である。表向きは単なる経理上の目安であるが、実際には厨房内の序列、店主の気前、さらには新人の定着率まで左右する規範として機能してきたとされる[2]。
この基準は法令ではなく、各事業者が独自に採用する任意ルールである。ただしの老舗居酒屋群や、の大箱割烹、の社員食堂などで半ば常識として扱われ、いつしか「500円を超えると厨房がざわつく」とまで言われるようになった。
歴史[編集]
前史[編集]
起源は後半、の港湾近くにあった大衆食堂の仕入帳簿に求められることが多い。店主のが、従業員の賄いにとを入れすぎた結果、月末の原価率がからへ跳ね上がり、これを見た番頭が「一人前500円の顔をしている」と評したのが語源とされる[3]。
なお、同時期のの製麺工場でも似た基準が独立に生まれており、こちらでは麺の端材とスープの残渣を合わせて「四百八十円主義」と呼んでいた。両者がの業界誌『厨房経済』で紹介され、相互に影響しあったとする説が有力である。
全国化[編集]
、がで開いた第3回実務者会合において、「賄いは500円相当まで」が標準目安として採択されたとされる。議事録によれば、基準額をにする案とにする案が対立し、最終的に算盤の目盛りがきれいであることから500円に落ち着いたという[4]。
この決定には、当時普及し始めたPOSレジの影響も大きかった。レシート上で端数処理がしやすく、会計ソフトの初期設定が単位で区切られていたため、現場においても説明しやすい数字として定着した。また、飲食店向け保険の一部で「賄い基準額」を設けると保険料算定が簡便になるとの指摘があり、制度化を後押しした。
拡大と変質[編集]
に入ると、この基準は本来の原価管理を離れ、半ば美学の問題へ変わった。たとえばのラーメン店では、500円以内でありながら、仕込みで余った焼豚の端と替え玉用の麺を合わせることで「見た目は相当」と評される賄いが登場し、厨房文化の妙として話題になった[5]。
一方で、のホテル厨房では、豪雪で食材搬入が遅れた際に、賄いがとのみで提供され、それでも換算上は「季節要因により498円」と処理された事例がある。こうした運用の柔軟さが、基準を数値というよりも精神的な上限として受け止めさせる要因になった。
運用[編集]
現場では、賄いが500円相当を超えないよう、食材の歩留まり、調味料の按分、光熱費のうち何割を原価に算入するかが細かく調整される。特にでは、1回の賄いを厳密にからの範囲に収める社内通達が存在するとされ、厨房の冷蔵庫には「あと17円まで可」と書かれた磁気札が貼られることもある[6]。
ただし、実務では原価よりも「相当」の解釈が重要である。たとえば自家製の味噌汁は材料費がでも、店長が「仕込み時間を含めると420円相当」とみなすことがあり、逆に高級な賄い丼であっても余剰食材を活用した場合は「見かけ倒しの456円」で済まされることがある。この曖昧さこそが、規範を長生きさせた理由だと指摘されている。
文化的影響[編集]
この基準は、料理人の腕前を測る隠れた物差しにもなった。新人調理師の間では「500円で泣かせるなら一人前」「480円で驚かせてこそ職人」といった格言が共有され、の調理専門学校では、卒業制作として“500円賄い”を作らせる課題が一時期人気を集めた[7]。
また、テレビの情報番組やグルメ雑誌でもしばしば取り上げられ、特にの『週刊厨房ジャーナル』特集「まかないは誰のものか」は反響が大きかった。特集では、賄いの価格をめぐって板前とホール係が対立し、最終的にが設けられた店が紹介されたが、視聴者からは「本末転倒だが面白い」と評価された。
批判と論争[編集]
批判の中心は、この基準が現場の創意工夫を促す一方で、食費の削減を過度に正当化する点にある。とくに以降、外国人技能実習生を受け入れる厨房で、500円基準が「低賃金の補完策」と誤用された事例があるとされ、が注意喚起を行った[8]。
一方で、基準を厳格に守る店ほど、結果として従業員の満足度が高いという調査もある。ある調査では、賄いが500円をわずかに下回る店の離職率は、上回る店ではだったとされるが、調査設計が粗いとして現在でも要出典扱いのままである。
派生概念[編集]
300円理論[編集]
や小規模喫茶店で派生した簡略版で、主に“賄いのための賄い”を防ぐ目的で使われる。具材はほぼ端材のみであるが、店主が「心は900円」と宣言することで均衡を保つとされる。
700円反動説[編集]
高級店において、500円に抑えようとするあまり食材ロスが増えた反省から生まれた概念である。結果として、従業員用の食事を相当まで認め、その代わりに“盛り付けの気品”を義務化する店舗も現れた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 斎藤正彦『港湾食堂の原価と情緒』東湾出版, 1984.
- ^ 中村葉子「賄い上限額の形成過程」『厨房経済』Vol.12, No.3, pp.44-59, 1988.
- ^ 田辺一郎『500円の壁――賄い基準の社会史』みなと社, 1992.
- ^ Margaret A. Thornton, “Kitchen Allowance Standards in Urban Japan,” Journal of Culinary Administration, Vol.8, No.2, pp.101-128, 1995.
- ^ 小西拓也「相当額概念の実務運用」『飲食マネジメント研究』第5巻第1号, pp.17-33, 2001.
- ^ 佐伯倫子『まかないは誰のものか』青潮新書, 2004.
- ^ Hiroshi Kanda, “The 500-Yen Cap and Staff Retention,” International Review of Hospitality Policy, Vol.14, No.1, pp.66-80, 2011.
- ^ 全国賄い原価協議会編『平成厨房慣行資料集』中央厨房資料館, 2013.
- ^ 森下圭介「賄いと端数処理の心理学」『会計実務季報』第21巻第4号, pp.209-223, 2017.
- ^ Elizabeth P. Rowan, “When Makanai Becomes a Brand: Standards, Rituals, and the 500-Yen Myth,” Food Systems Quarterly, Vol.19, No.4, pp.12-41, 2020.
外部リンク
- 全国賄い原価協議会アーカイブ
- 厨房文化史データベース
- 食材歩留まり研究所
- まかない制度年表館
- 都市飲食経済フォーラム