過酸化炭素
過酸化炭素(かさんかたんそ)は、の都市伝説の一種[1]。とくに「息を吸った人の“口の中だけが白くなる”」現象にまつわる怪談として、全国に広まったとされる[2]。
概要[編集]
は、で流布した都市伝説の語であり、単なる化学名ではなく「禁じられた発泡の呪い」を指すとされる[1]。噂の発端は、街の古い貯蔵庫や理科室の裏口で、誰にも頼まれていないはずの“白い泡”が立ちのぼったという目撃談である[2]。
伝承では、見た目は無害に近いにもかかわらず、触れるより先に「におい」が人を騒がせるとされ、近年ではインターネットの文化としても二次拡散した[3]。また別称として「白息(しろいき)」「口白(くちしろ)」「二酸化囁(にさんかささやき)」とも呼ばれると言われている[4]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源として語られるのは、の醸造蔵で行われた“炭酸発泡の試験”である[5]。伝承によれば、蔵の主人は炭の粉を煮立てる研究をしていたが、ある夜、瓶詰めの工程をすっ飛ばした若い見習いが「泡だけで試せます」と言ってしまい、結果として泡が“空気を覚えてしまった”とされる[6]。
この話は、町内会の記録係が写したとされる日誌(のようなもの)に断片的に残っているとされる[7]。日誌には、泡が立った瞬間の温度として「摂氏31.7度」と、泡の消えるまでの時間として「分針が二回転するまで」と細かく書かれていた、という言い伝えがある[7]。この数字の妙さが、のちのマスメディアによる切り抜きの材料になったと考えられている[8]。
流布の経緯[編集]
流布の経緯は、1970年代末の学校行事がきっかけになったと噂がある[9]。当時の市立分教室で理科の“安全実験”が行われ、換気扇の奥から白いもやが見えたという目撃談が出た[10]。
その後、恐怖を煽る目的で一部の講師が「過酸化炭素を食べると妖怪が来る」と言った、という伝承が語られた[11]。この話は、学級通信の匿名欄から地域の怪談本に転載され、さらに90年代にネット掲示板へ渡り、全国に広まったとされる[12]。ただし、その匿名投稿のIDが当時の家電量販店の会員番号と一致していたという指摘があり、正体が“誰かの手の込んだ冗談”ではないかとも言われている[13]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
伝承では、にまつわる出没は、いわゆる“事故”ではなく「約束を破った者」への怪談として語られている[14]。噂によると、被害に遭うのは理科好きの子だけでなく、夜間の掃除当番や用務員のような“最後まで鍵を持つ人”に偏っていたと言われる[15]。
目撃談の特徴はほぼ同じで、「まず息が冷える」「次に口の中だけが白くなる」「最後に、床に置いた缶が自分で転がるように見えた」という話が語られる[16]。また、「妖怪の正体は泡に宿る“言い残し”だ」とされることがあり、噂の語り手が妙に口調を慎重にするのは、後味の不気味さを誤魔化せないからだという話がある[17]。
恐怖の場面として、貯蔵庫の入口に立つと声が聞こえるが、言葉にならず“過酸化炭素”の音だけが反響する、とされる[18]。この反響は、聞き取ろうとすると“口の中の白さ”が増すと言われ、パニックを誘うブームの火種になったとされる[19]。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
派生バリエーションとしては、「温度バリエーション」「場所バリエーション」「口白の段階バリエーション」の三系統が確認されたとされる[20]。温度バリエーションでは、出没が起きるのは「摂氏28度台」とし、特に“換気扇の風量が弱い日”に限るという説がある[21]。
場所バリエーションでは、醸造蔵だけでなくの古い印刷所や、の倉庫街でも目撃されたという話が語られた[22]。このとき白い泡は“インクのにおい”に似るとされ、科学部の部員が「これは過酸化炭素ではない、ただの発泡剤だ」と反論したが、逆にその反論が伝承を強化した、と言われる[23]。
口白の段階バリエーションでは、軽度(舌先のみ白い)、中度(唇の内側が白い)、重度(歯の表面まで白くなる)と区分されると噂される[24]。なお、重度になると「夢の中で自分の声が泡に変わる」として、恐怖が倍増するブームが発生したとされる[25]。一方で、重度段階の描写が過剰に具体的であるため、創作の文体が混ざったという指摘もある[26]。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法は、伝承の読み手によって微妙に変わるが、共通するのは「呼吸を整え、言葉を飲み込まない」ことである[27]。具体的には、泡が立った方向へ顔を向けず、窓を開けずに“換気だけを回す”のがよいとされる[28]。
さらに、言い伝えでは「過酸化炭素」の音を口にした者は同じ音を返されるため、唱えるなら“逆から”言えとする流派がある[29]。この手の処方は、学校の怪談における安全指導として配布されたという話もあり、実際にの公民館で怪談会の資料として配られたと噂されている[30]。
また、泡を見ても掴まないことが推奨され、「触った指は三回洗う」のではなく「洗う前に冷水を一口飲む」とされる点が不気味さの核である[31]。理由は、泡が“口の温度”を参照してくるからだと言われ、言葉で説明すると科学っぽく聞こえるが、実際には妖怪寄りの対処法だとされる[32]。
社会的影響[編集]
の都市伝説は、科学教育や安全意識の言説にも影響したとされる[33]。特に、学校の理科準備室の備品管理が厳格化し、「白い泡の発生源になり得る容器を棚卸しする」という自治体のマニュアルが作られたという噂がある[34]。
この流れは、怪談ブームに乗ってマスメディアが取り上げ、夜の情報番組で“理科室の闇”として演出された[35]。視聴者参加型企画として「口白テスト」なるものが流行し、参加者が不気味な体験を語るほど拡散したとされる[36]。
ただし、社会的影響には批判もあり、「恐怖を煽って実害の恐れを見落とす」との指摘が出たと言われる[37]。実際、自治会の苦情窓口に「理科準備室へ入ったら笑い声が聞こえた」という相談が数件あったとされ、対応記録が“怪談と行政の混線”として話題になった[38]。この記録が、のちにインターネットの文化としてまとめられたため、さらに自己増殖したと考えられている[39]。
文化・メディアでの扱い[編集]
文化面では、漫画、短編小説、そして音声配信で「白息」という表現が流用されることが多い[40]。とくに“吐く息だけが白くなる”描写が象徴として機能し、妖怪が人の呼吸を乗っ取るような怪奇譚として再編集される傾向がある[41]。
また、ドキュメンタリー風の体裁で語られることが多く、過剰に細かい数字(摂氏31.7度、風量0.8段階など)が差し込まれるとされる[42]。この種の数字は「現場性」を装うための記号として働き、嘘だと気づく瞬間の快感を生むと指摘されている[43]。なお、テレビ番組では「化学的には不可能」と断言しつつも、画面テロップで“過酸化炭素”という語を繰り返す演出があり、結果的に都市伝説の知名度を上げたとされる[44]。
学校の怪談では、終業式の放送に混ざって「過酸化炭素」という音だけが聞こえるという設定が採用されることが多い[45]。この設定は、クラスの誰かが本当に怖がるほど物語として成立し、児童・生徒のあいだで一定のブームを作ったと言われている[46]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
田島練『口白の怪談史:日本都市伝説年表』噂学館, 2018.
山路シオリ『理科室の闇とマスメディア』夜半出版, 2020.
Kobayashi, R. “Urban Legends of Breath-White Phenomena in Japan,” Vol.12 No.3, Journal of Folk Panic, 2019.
森下九十九『怪談用語辞典(第2版)』幽玄書房, 2016.
佐伯圭介『伏見醸造蔵の伝承と“泡の記憶”』京都民話研究会報, 第44号, pp.13-27, 2007.
劉 甫『発泡儀礼と禁忌の音韻:噂の言語学』東海学術叢書, 2012.
“分教室日誌(写本)”『堺町会文書綴』堺市文化保全局, pp.2-9, 1981.
Patel, S. “Numbers in Horror Narratives: The 31.7-degree Effect,” Vol.4, Issue 1, Panic Metrics Review, pp.101-119, 2021.
『学校行事と安全誤解』文部補助研究会, 第7巻第2号, pp.55-60, 1998.
渡辺精一郎『怪奇譚の再編集技術』市民メディア研究所, 2005.
伊達真琴『口白テストの社会心理学(誤植訂正版)』新月大学出版会, 2017.
“函館倉庫街の目撃談”『地方怪異コレクション』函館夜景文庫, pp.88-94, 2003.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田島練『口白の怪談史:日本都市伝説年表』噂学館, 2018.
- ^ 山路シオリ『理科室の闇とマスメディア』夜半出版, 2020.
- ^ Kobayashi, R. “Urban Legends of Breath-White Phenomena in Japan,” Vol.12 No.3, Journal of Folk Panic, 2019.
- ^ 森下九十九『怪談用語辞典(第2版)』幽玄書房, 2016.
- ^ 佐伯圭介『伏見醸造蔵の伝承と“泡の記憶”』京都民話研究会報, 第44号, pp.13-27, 2007.
- ^ 劉 甫『発泡儀礼と禁忌の音韻:噂の言語学』東海学術叢書, 2012.
- ^ “分教室日誌(写本)”『堺町会文書綴』堺市文化保全局, pp.2-9, 1981.
- ^ Patel, S. “Numbers in Horror Narratives: The 31.7-degree Effect,” Vol.4, Issue 1, Panic Metrics Review, pp.101-119, 2021.
- ^ 『学校行事と安全誤解』文部補助研究会, 第7巻第2号, pp.55-60, 1998.
- ^ 渡辺精一郎『怪奇譚の再編集技術』市民メディア研究所, 2005.
外部リンク
- 白息アーカイブ
- 理科室怪談アーカイバ
- 怪異温度計コレクション
- 匿名投稿の系譜サイト
- 夜半放送部・都市伝説整理局