道徳と皿
| 分野 | 食卓倫理学、民間儀礼、器物配置学 |
|---|---|
| 起源 | 1920年代前半の京都料理界 |
| 提唱者 | 木瀬道章、アメリア・H・クラーク |
| 中心資料 | 『皿と良心の七講』 |
| 実践地域 | 京都、神戸、横浜の料亭、昭和初期の学校給食 |
| 主要原理 | 皿は食物を乗せる器ではなく、行為の正当性を可視化する面である |
| 関連機関 | 日本食卓規範協会 |
| 影響 | 料理盛付、接客作法、家庭教育に波及 |
道徳と皿(どうとくとさら、英: Morality and Plate)は、とが交差する概念で、食事の際に皿の数・向き・余白によって人間の品位を測定する思想体系である。末期ので整理されたとされる[1]。
概要[編集]
道徳と皿は、食事の場において皿の扱い方がそのまま人格の評価に結びつくとする思想である。単なる食器の使用法ではなく、盛り付けの余白、皿の重ね順、配膳時の右回り・左回りまでを含む規範体系として発達した。
この概念はの料理人たちのあいだで生まれた後、のホテル料理、の輸入食器店、さらに系の家庭科研究会にまで浸透したとされる。もっとも、当時の記録には「皿に徳が宿る」とする妙な記述が散見され、後世の研究者からは、料理監修と精神修養が混線した結果ではないかとの指摘がある[2]。
歴史[編集]
成立[編集]
起源は、の料亭「瑞光亭」で開かれた非公式の献立検討会にあるとされる。座敷に並んだ白磁の皿が欠けていたため、料理長のが「皿の欠けは献立の欠礼である」と述べたところ、同席していた英語教師のがこれを『morality in plate arrangement』と記録し、以後、両者の表現が奇妙に混線したという[3]。
には、木瀬が私家版の小冊子『皿と良心の七講』を配布した。全32頁の薄い冊子であったが、末尾に異様に細かい配膳表が付されており、魚料理の皿は“11度以内の傾斜で置くこと”と明記されていた。この数値は厨房の実測に基づくとされる一方、木瀬が水準器を料理と同列に扱っていたためではないかとも言われている[4]。
制度化[編集]
、で開催された「近代食卓改善講習会」において、道徳と皿は初めて公的に紹介された。講習では、皿を一枚多く使うことを「贅沢」と断じる派と、「余白の倫理」を重視する派が激しく対立し、昼食休憩が27分遅延したという。
この対立を受け、は同年末に『食器配置心得暫定案』を公布した。そこでは、主菜皿を中心に据え、副皿は時計回りに配置し、取り皿は客の利き手側へ3.5寸以内に置くべきとされた。ただし、裏面注に「来客が哲学者である場合は例外」とあったことから、実務文書としてはかなり曖昧であった。
戦後の再解釈[編集]
になると、道徳と皿は軍事的な規律の残響を嫌う世論の中でいったん衰退した。しかし、の百貨店で開かれた洋食器展「白い面の教育」により再評価され、皿の白さは清潔さだけでなく「説明責任の可視化」と解釈されるようになった。
この時期に登場した評論家は、皿の縁に残るソースの量を「家庭内合意の残差」と呼び、テレビ番組で人気を博した。視聴率は関東地区で18.4%であったとされるが、記録媒体がほぼ失われているため、実数はやや誇張されている可能性がある。
理論[編集]
道徳と皿の理論は、①盛る、②置く、③下げる、の三段階からなる。特に「下げる」は単なる後片付けではなく、食後に皿へ残った情報を回収する行為として重視された。木瀬派は、皿の中心に残された米粒の位置を見て食事中の沈黙の質を判定できると主張し、これを「残粒診断」と呼んだ。
また、皿の形状にも意味づけが行われた。丸皿は協調、角皿は議論、深皿は保留、割れた皿は未完の道義を示すとされ、頃には学校教材の図版にも採用された。ただし、深皿を使うと味噌汁まで哲学化するため、家庭では運用が難しかったという[5]。
道徳と皿の研究者のあいだでは、皿が先か良心が先かという問題が長く議論されたが、のは「どちらでもない。配膳の順序が人を作る」と結論づけた。これは後に接客業界で引用され、ホテルの新人研修で暗記させられたと伝えられる。
社会的影響[編集]
この思想は、料理界よりもむしろ教育界と接客業界に強く影響した。昭和中期の家庭科教科書には、皿の向きが家族会議の雰囲気を左右するという図解が掲載され、保護者向け講習会では「皿を乱暴に置く子は配慮を学びにくい」と説明された。
一方で、料亭では道徳と皿を過度に厳格化した結果、皿一枚ごとに「意味」が付され、客が何も食べていないのに緊張するという副作用も生んだ。とくにの高級店では、前菜皿をわざと5度傾けて提供する流行があり、当時の食通からは「味より姿勢がうるさい」と批判された。
また、食器メーカー各社はこの概念を利用し、皿の裏に小さな説教文を刻印するキャンペーンを展開した。ある会社では裏面に「急がず、欠けず、こぼさず」と印刷したところ、返品率が12%上がったとされるが、同時に通販売上は2倍になったとも言われる。
批判と論争[編集]
道徳と皿への批判は、主に「食事の実用性を過剰に道徳化している」という点に集中した。にはの雑誌『台所批評』が特集を組み、「皿に品性を求めるのは、茶碗に選挙権を与えるに等しい」とする辛辣な論考を掲載した[6]。
また、料理研究家のは、皿の配置で人格を測る手法は家庭内の序列を固定化すると批判した。これに対し木瀬派の後継者は、「序列ではなく、余白の使い方である」と反論したが、記者会見ではその直後に自分の前菜皿を落としてしまい、説得力を失ったという。
なお、の調査では、道徳と皿を「よく知っている」と答えた主婦のうち、実際に規範を完全再現できた者は7.8%にとどまった。ただし、この調査票には「皿を見て善悪がわかるか」という設問があり、質問設計の時点でかなり偏っていた可能性がある。
現代における扱い[編集]
に入ると、道徳と皿は厳密な規範というより、食卓演出の文脈で再解釈されるようになった。都市部のカフェやレストランでは、皿の余白を「静けさ」として売りにする例が増え、インスタレーション芸術との境界も曖昧になっている。
一方、料理学校では今なお基礎教養として触れられることがあり、配膳の試験で皿の角度を1度でも誤ると減点されるという。もっとも、採点基準表の末尾に「最終的には食べる者の機嫌が皿の評価を決める」と書かれていたことから、教育効果については議論が続いている。
近年では、の骨董市で発見された“道徳皿”と呼ばれる皿が話題になった。裏面に「徳は中央、ソースは外周」と手書きされたその皿は、鑑定の結果、のホテル備品の転用である可能性が高いとされたが、見物客のあいだでは「思想が器に定着した稀有な例」として語られている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 木瀬道章『皿と良心の七講』瑞光堂, 1926年.
- ^ 浜田栄三『白い面の教育』東都出版, 1959年.
- ^ 中村清彦「配膳順序と倫理形成」『京都食文化研究』Vol. 4, No. 2, 1938, pp. 41-58.
- ^ アメリア・H・クラーク『Morality in Plate Arrangement』Kyoto Anglo Press, 1927.
- ^ 相原みつ子「家庭内序列と食器の政治学」『台所批評』第11巻第3号, 1962, pp. 12-19.
- ^ 日本食卓規範協会編『食器配置心得暫定案』協会資料第8号, 1931年.
- ^ 木瀬道由『余白の倫理と現代料理』皿文社, 1975年.
- ^ Harold J. Benton, “Plate Geometry and Social Discipline,” Journal of Domestic Aesthetics, Vol. 12, No. 1, 1964, pp. 3-27.
- ^ 佐伯鈴子『学校給食と道徳皿』青潮社, 1981年.
- ^ Margaret L. Finley, “The Moral Load of White Porcelain,” The Review of Table Studies, Vol. 9, No. 4, 1972, pp. 201-219.
- ^ 『皿の上の公民教育』文部資料室報告, 1960年.
- ^ 木瀬道章・アメリア・H・クラーク『皿と良心の七講 補遺』瑞光堂, 1928年.
外部リンク
- 日本食卓規範協会アーカイブ
- 京都料理史資料館
- 白磁倫理研究センター
- 皿文化データベース
- 食卓作法年表