酒カス
| 分類 | 醸造副産物(固形残渣) |
|---|---|
| 主成分(とされる) | 麹由来多糖・タンパク・微量アルコール |
| 主な発生源 | 清酒・焼酎・その他の蒸留酒製造 |
| 由来 | 酒造りの「圧搾残渣」だと説明される |
| 用途(歴史的に) | 飼料・堆肥・発酵素材・工業用添加剤 |
| 関連組織(伝承) | 農林水産省 副産物活用推進室(通称:副産室) |
酒カス(さけかす)は、酒造工程で生じる副産物とされる固形残渣である。一般には再利用や廃棄物処理の対象として知られる一方、ある時期からは「資源循環の鍵」とも呼ばれた[1]。
概要[編集]
酒カスは、酒造工程において原料が発酵・搾汁された後に残る固形残渣であると説明される。分類上は醸造副産物に含められ、主成分として麹由来の多糖、タンパク分、ならびに微量の揮発性成分が挙げられることが多い。
また酒カスは、単なる廃棄物ではなく資源として扱われてきたという語られ方をすることがある。とくにに「埋め立て依存からの脱却」を掲げる動きが強まった結果、酒カスをめぐる制度設計や企業連携が進められたとされる[2]。
一方で、酒カスの取り扱いは衛生面や臭気管理の難しさが課題となり、現場では「使うなら、細かく測れ」といった価値観が広まったとも言われる。のちにそれが「数値マニア的な酒カス管理文化」を生み、自治体の文書や業界紙の記述量を異様に押し上げたと指摘される[3]。
歴史[編集]
起源:“かす”ではなく“温度”の発見[編集]
酒カスの概念が「残渣」という言葉以上の意味を持ち始めたのは、17世紀末の醸造技術者であるが蒸米の保温失敗を記録したことに端を発する、とする説がある[4]。この記録では、搾りの直前に生じる固形物が“甘い匂いのする温度体”として働き、後工程の発酵ムラを抑える可能性が示されたとされる。
その後、江戸の各酒蔵において「酒カスを捨てると翌月の歩留まりが落ちる」という経験則が広まり、酒カスは「捨てる量の管理」から「温度の管理」へと役割が移った。もっとも、当時の帳簿では酒カスの重量ではなく、搾汁後の“滞留温度”が主に記され、測定器具はの町工が提供した簡易熱量計が流通していたとされる[5]。
明治期には、衛生行政の文脈で“悪臭の原因”として酒カスが扱われた期間もあったが、その悪臭対策が結果的に乾燥工程や発酵制御を細分化し、後の資源化を加速させたとも説明される。ここで重要だったのは、酒カスが腐敗する速度が一定ではなく、含水率と攪拌頻度によって大きく変わる点が、現場で体感的に整理されたことである[6]。
制度化:副産室と“酒カス計量税”騒動[編集]
資源循環としての酒カスが制度の中心に据えられたのは、内の(通称:副産室)が設置されたことによる、とされる[2]。この組織は“副産物を資源化するほど補助金が増える”仕組みを作ったとされ、同時に「計量を怠る事業者には賦課」も導入した。
1972年、同省の内部通達である『副産物処理指針(暫定・第3版)』では、酒カスの管理に関し「保管中の塩分換算値」「臭気指数」「粒度分布」を併用して記録することが求められた。とくに臭気指数については、鼻腔前提の官能評価から始まり、のちに家庭用センサーを改造した測定装置へ移行したと記録されている[7]。
ただしこの制度は一部で「酒カス計量税」として誤解され、会社が“計るために余計に攪拌する”という本末転倒な行動を引き起こしたとも言われる。ある回覧資料では、攪拌回数が増えた結果、同月の出荷率が0.8ポイント上昇した一方で、保管棚の清掃費が1.6倍になったとされる。ここに、酒カスが“良くも悪くも経理を回す存在”になったという、伝承的な笑い話が残っている[8]。
なお、1990年代には酒カスを燃料化する小規模実証が複数自治体で行われたが、燃焼灰の性状が一定しない点が問題視され、最終的に「乾燥・発酵素材としての利用」を優先する方向へ傾いたとされる。温度管理と臭気管理がセットで語られるのは、この頃の影響が残っているからだと説明される[9]。
酒カスが社会に与えた影響[編集]
酒カスは、食品の話として語られることがある一方で、実際には行政・企業・地域経済を巻き込む“調整対象”として扱われてきたとされる。とくにの一部の醸造地区では、酒カスの保管場所を共同化し、乾燥設備の稼働率を最適化する取り組みが進められた。共同保管の効果は、事業者アンケートで「冬季の廃棄率が約12%低下」とまとめられたと報じられている[10]。
この数字は、実務上は“臭い”よりも“腐敗のタイミング”を抑えることにより得られたとされる。管理担当者の証言として、乾燥開始の遅れが一日で腐敗速度を跳ね上げ、結果的に歩留まりが乱れるという。さらに、臭気の強度は季節よりも「攪拌停止から測定までの時間」に強く依存したとするメモが残されており、のちに業界内で「酒カスは時計仕掛け」と形容されるようになったという[11]。
一方で、資源化が進むほど新たな雇用と技能が求められたため、地域の労働市場にも影響が及んだとされる。たとえばの中堅企業では、酒カスの受け入れ検査員として「粒度と含水の一次判定」を行う職が設置され、採用基準が“普通自動車免許+発酵工程の現場経験2年以上”とされたとされる[12]。このような職の増加は、醸造企業が単なる製造者から「循環オペレーター」へ変わる転機になったと評価されることが多い。
ただし、社会的受容は一様ではなかった。学校給食の残渣と混同される事件が、微妙な混乱を招き、自治体が掲示用の注意文を作成したとされる。そこには「酒カスを人の食物として再利用しないこと」だけでなく、「酒カスを犬の散歩用に袋詰めしないこと」まで注意されていたという。文章としては丁寧だが内容が妙に具体的であり、このズレが酒カスという語の“生活密着度”を高めたと見られる[13]。
具体的な利用技術(伝承ベースの“酒カス工学”)[編集]
酒カスの利用は、工業用途、農業用途、あるいは発酵素材として語られやすい。とくに“発酵素材”としての利用では、酒カスをそのまま投入するのではなく、乾燥と加水を組み合わせて「再活性化」を狙う手法が研究されたとされる[14]。
伝承的には、酒カスの再活性化には含水率が重要で、乾燥後に目標含水率を「34.0〜34.8%」に合わせると発酵の立ち上がりが安定すると説明されることが多い。さらに温度帯は「27〜29℃」が最適とされ、攪拌のタイミングは“開始から17分後”と妙に具体的な数字が語られることがある[15]。この精度の高さは、当時の測定器具が低価格で、誤差が大きいぶん現場が経験的に“効く値”を固定した結果ではないかと推測されている。
農業利用では、酒カス堆肥の立ち上げを通気性と粒径に依存させる設計が採用された。粒径については「2〜5ミリメートルに揃えると臭気が落ちる」とされ、その理由として微生物の通気性が挙げられる。しかし実務では、粒度を揃えるために分級機へ投資が必要となり、“資源化は簡単ではない”という含意が織り込まれていったとも説明される[16]。
工業用途では、酒カスをバインダーに類する添加剤として用いる試みがあったとされる。ある報告では、紙材の接着強度が「平均で5.2%向上」した一方で、湿潤時に粘着が増えるため補正が必要になったとされる[17]。なお、この強度向上が本当に酒カス由来かどうかについては、当時の実験設計が曖昧だったのではないかという指摘がある(ただし同時に“曖昧なほうが現場は動いた”とも言われる)。
批判と論争[編集]
酒カスの資源化は概ね肯定的に語られることが多いが、批判も存在した。最大の争点は、安全性と衛生管理のばらつきである。保管中に生じる微生物の種類が一定しないことがあり、臭気指数や官能評価だけに依存すると誤判定が起こり得るとされた[18]。
また「酒カスを活用するほど、酒蔵の責任が増える」という行政上の論点もあった。副産室は記録様式の統一を進めたが、自治体ごとに運用が異なり、事業者は“同じ酒カスなのに書類が別物”になる状況に直面したとされる。ある業界紙はこれを「行政の発酵管理」と皮肉ったと報じられている[19]。
さらに、酒カスを巡る“数値信仰”への反発もあった。粒度や含水率を完璧に合わせても、現場の臭気が改善しない例が報告され、原因が原料のロット差にあるのか、測定時刻の遅れにあるのか、議論が続いたという。ここで妙に具体的な反論が登場したとされ、ある技術者が「開始から17分ではなく、あなたの計測から17分だ」と言ったことで、会議が脱線したという逸話が残っている[20]。
一方で、この混乱すら制度への適応として機能したとも言える。酒カスは、環境政策の“数値目標”を作る素材として利用され、結果としてデータが増えるほど改善が可能になった。批判と論争がなかったなら、酒カスを“測る文化”はここまで定着しなかったのではないか、と後年に回顧されることもある[21]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 副産物活用推進室『副産物処理指針(暫定・第3版)』農林水産省, 1972年.
- ^ 渡辺精一郎『搾汁前後の温度挙動に関する記録』江戸醸造手控え, 1693年.
- ^ 佐伯由紀夫『酒カスの物性と保管挙動』醸造技術研究会, 第12巻第1号, pp. 41-58, 1984年.
- ^ Margaret A. Thornton『By-products in Fermentation-Driven Supply Chains』Journal of Applied Biomass, Vol. 8, No. 2, pp. 113-129, 1996.
- ^ 塩尻市衛生対策課『共同乾燥設備の運用実態調査報告書』塩尻市, 1989年.
- ^ 北川明人『副産室と計量文化の形成過程』日本環境行政学会誌, 第22巻第4号, pp. 201-219, 2001年.
- ^ 田村睦『臭気の官能評価と数値化の誤差構造』においと品質研究, 第5巻第3号, pp. 77-90, 1979年.
- ^ 林幸太『酒カス堆肥の粒径設計と通気性』日本土壌微生物学会講演集, 1993年, pp. 33-46.
- ^ 小野寺武『紙材用バインダーとしての醸造残渣利用』産業化学レビュー, 第39巻第2号, pp. 10-24, 1986年.
- ^ M. R. Johansson『Reactivation Protocols for Fermentation Residuals』International Journal of Food Process Engineering, Vol. 14, Issue 1, pp. 5-18, 2007年.
外部リンク
- 酒カス研究アーカイブ(旧版)
- 醸造副産物データベース(試験公開)
- 臭気指数 計測者の集い
- 副産室 通達検索窓口
- 共同乾燥設備の事例集