野獣と斧
| 名称 | 野獣と斧 |
|---|---|
| 初出 | 1878年ごろ(ウィーン林政博覧会記録による) |
| 発祥地 | オーストリア帝国領北部とされる |
| 分類 | 獣害鎮静法、伐採儀礼、護符文化 |
| 主要伝承 | 斧身に獣影を映して威嚇する方法 |
| 関連人物 | ヨーゼフ・クライナー、渡辺精一郎 |
| 影響 | 北関東の山村儀礼、森林組合の安全標語 |
| 禁忌 | 雨天時に刃を地面へ向けること |
| 記念日 | 2月14日(斧返しの日) |
野獣と斧(やじゅうとおの、英: The Beast and the Axe)は、ので成立した、獣害対策と森林伐採の境界領域から生まれた象徴的な民間技法である[1]。のちにへ伝わり、・・の三分野で独自の発展を遂げたとされる[2]。
概要[編集]
野獣と斧は、もともとやなどの大型獣の接近を避けるため、伐採者が斧を地面に立てて円を描くように振り回した所作を指す語である、と説明されることが多い[3]。ただし、現存する最古の記録では、これが実際の獣害対策だったのか、あるいは山仕事の安全祈願だったのかは判然とせず、記録者ごとに意味が揺れている。
起源[編集]
ウィーン林政博覧会説[編集]
有力とされる説では、にで開かれた林政博覧会で、の森林官が、害獣よけの実演として「beast and axe」という英独混成の説明札を掲げたことが始まりである[5]。この札が英訳係の誤読によって日本語圏へ「野獣と斧」として伝播し、以後、語義が独り歩きしたとされる。
東北巡回記録説[編集]
一方で、日本側の記録としては19年にの山林巡回に同行したの手帳が知られている。そこには『獣来るときは斧を掲げ、声を低くし、七歩退くべし』とあり、これが後年の定型句の原型になったともいわれる。ただし、同じ手帳の前後には植木の品種メモや蕎麦の茹で時間が混在しており、史料の厳密性には疑問が残る。
儀礼と実践[編集]
斧身反照法[編集]
野獣と斧の中心にあるのは、斧の刃に月光や焚火を反射させ、野獣に「人間の縄張り」を見せるという斧身反照法である。実践者は刃を正面に向けず、45度の角度で三度旋回させることが推奨されたとされ、の一部集落ではこの角度を『三分の四の鎮め』と呼んだ[6]。
斧返しの作法[編集]
儀礼化が進んだ期には、斧を受け取った者が刃先を自分の左肩越しに一度だけ回す「斧返し」が定式化された。これは野獣への威嚇ではなく、むしろ自分の内なる暴性を戻す動作とされ、の山村ではこの所作を誤ると翌日の薪割りが必ず二回余計に必要になる、と言い伝えられていた。
禁忌と失敗例[編集]
最大の禁忌は、雨天時に斧を地面へ向けることである。『山林安全講話録』第4号によれば、これを行うと『野獣が静まるのではなく、むしろ木霊が斧を借りに来る』とされ、の某村では実際に斧が3本同時に紛失したという。ただし、後年の調査では単なる置き忘れの可能性も高いとされた。
日本への伝播[編集]
後半、経由で輸入された林業実習書の余白に「野獣と斧」という訳語が現れたことから、日本語として定着したという説がある[7]。当初はの開拓地で防獣標語として使われたが、しだいに山仕事の安全唱和、さらには幼児向けの山の絵本の題名にまで転用された。
社会的影響[編集]
野獣と斧は、山村における獣害対策の「精神的インフラ」として機能したと評価される一方、斧の神聖化を通じて若年労働者の危険作業を正当化したとの批判もある[8]。初期にはの外郭団体が安全衛生ポスターに採用し、『野獣を恐れず、斧を軽んぜず』という標語が全国17,400枚配布された。
批判と論争[編集]
研究史上最大の論争は、野獣と斧が「実在した技法」なのか「後世の民俗学者による創作」なのかである。の民俗班は文献上の整合性を重視して創作説に傾いたが、の林政史班は、道具の摩耗痕が儀礼実践を示すと主張した[9]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ヨーゼフ・クライナー『Die Tierfurcht und die Axt』Waldverwaltung Press, 1879, pp. 41-58.
- ^ 渡辺精一郎『山野雑儀考』私家版, 1892, pp. 12-19.
- ^ 高橋梅太郎『北方林政における刃物儀礼』民俗通信社, 1931, 第2巻第4号, pp. 201-229.
- ^ Margaret A. Thornton, "Axes and Beast-Repelling Rites in Alpine Forestry," Journal of Ethno-Logics, Vol. 14, No. 2, 1968, pp. 87-113.
- ^ 佐久間義春『斧返しの研究』日本山林文化研究所, 1974, pp. 5-33.
- ^ Paul E. Norrington, "The Beast, the Axe, and the Missing Ledger," Transactions of the Central European Folk Institute, Vol. 9, 1981, pp. 44-62.
- ^ 高瀬真吾『山野と刃物の境界』青嶺書房, 1983, pp. 91-118.
- ^ 鈴木もなみ『獣はなぜ斧を嫌うのか』地方文化新書, 1997, pp. 7-26.
- ^ Friedrich von Harz, "Axe Shadows in Rural Apotropaic Practice," Alpine Review of Historical Forestry, Vol. 22, No. 1, 2004, pp. 3-21.
- ^ 小林環『野獣と斧の民俗地図』国土文化出版, 2016, pp. 55-83.
- ^ Anna B. Feldman, "When the Axe Returned: A Study of Posture-Based Deterrence," Folkways Quarterly, Vol. 31, No. 3, 2020, pp. 140-168.
外部リンク
- 国際斧返し研究会
- 山野雑儀アーカイブ
- 日本林業民俗資料室
- ウィーン林政博覧会デジタル目録
- 木霊と刃物の会