阪神の攻撃
| 対象 | の得点場面および周辺の言説 |
|---|---|
| 分野 | スポーツ戦術論・報道語彙・民俗メディア学 |
| 成立時期 | 後期(放送用隠語として広まったとされる) |
| 主な舞台 | 内の球場と、遠征時の交通動線 |
| 特徴 | 短い時間窓での得点連鎖と、実況語りの定型化 |
| 関連語 | 「赤い波」「六回の儀式」「守備の前倒し」 |
(はんしんのこうげき)は、のプロ野球における特定局面であると同時に、昭和末期から独自の民俗的比喩としても流通してきた概念である[1]。一部では「戦術の名称」よりも「社会現象の呼び名」として説明されることがある[2]。
概要[編集]
は、プロ野球の試合中に見られる「得点が連続する局面」を指す実況・解説上の呼称として語られてきた。もっとも、実際の定義は放送局ごとに揺れており、「攻撃」とされる範囲には前後からまでの複数の運用があったとされる[3]。
一方で、スポーツ専門家の間ではこの語が「戦術」というより、スポンサー契約や効果音制作の都合で整えられた“言葉の型”だと指摘されている。実際、各回に対応する語彙の個数が定められ、たとえば「短打の連鎖」を示す語は実況で必ず13回だけ出すよう、台本改訂が行われた時期があったとされる(もっとも要検証の部分も残る)[4]。
このようには、試合展開の説明から出発しつつ、やがてファンの間で交通・食・服装の行動規範にまで波及した言説だとされている。結果として、同語は野球の外部でも比喩として用いられ、転じて「押し込む勢い」「逆転の気配」「説明しきれない熱量」といった意味合いにまで拡張されたとされる[5]。
用語の定義と選定基準[編集]
結果としては、「戦術の実体」より「見える形で再現される現象」として扱われることが多い。とりわけ、球場の音響設備が更新された年には“言葉が乗る時間”が変わり、攻撃の発生判定が数値上で動いたとされる[8]。
実況上の“短い時間窓”[編集]
定義の中心には「得点が発生した直後、次の打席までの速度」が置かれているとされる。具体的には、得点後の間に要する平均時間を以内とする運用が広まった。これはテレビのスイッチングに合わせた規格であり、局によっては「41秒以内なら攻撃、44秒以上なら“ただの盛り上がり”」といった運用案が出たと報告されている[6]。
“攻撃”を名付けるための条件表[編集]
また、「攻撃」と命名されるには、失策・四球・犠打・得点の並びが特定の順序を含む必要があるとする説がある。たとえば「失策→四球→犠打→得点」が入ると“赤い波”と呼ばれ、逆に「三振が連続してから得点した場合」は“粘りの攻撃”として別枠に分類されるとされる[7]。この分類表は、スタジオでのテロップ出稿と連動していたため、厳密性よりも“見た目の納得感”が優先されたと指摘されている。
歴史[編集]
昭和末期から平成初期にかけて、は「試合の見どころ」を超えて、ファンの会話・投稿・街頭の掛け声へと移った。とくに雨天時には、攻撃の合図として傘の開閉タイミングが揃うと信じられ、観客の中には「攻撃が来る前兆は風向きが逆になる」と熱く語る層が現れたとされる[13]。
この言説は一部で批判も受けた。なぜなら、実際には球場の換気とアナウンス原稿の変更が同時期に行われており、前兆とされる現象が“偶然の同期”ではないかという見方が出たからである。もっとも、その懐疑を抑えるように、実況側はあえて「前兆」という語を当該回にだけ差し込む編集を継続したとも言われる[14]。
放送用隠語から、儀式語彙へ[編集]
という呼称は、初期には制作部門の略語として社内に存在していたとされる。昭和末期、のスタジオで「攻撃」のテロップ欄が埋まらない回が続き、編集担当のが“埋め言葉”として候補を出したことが契機だと説明される[9]。このとき渡辺は、語の音節が短いほど実況が間に合うとし、「はんしんのこうげき」で合計になるよう調整したとされる。なお、音節の数え方には流派があるため要注意である[10]。
“赤い波”キャンペーンと社会への波及[編集]
次に語が社会へ広がったのは、スタジアム周辺の交通会社が共同で実施した「赤い波」キャンペーンであるとされる。キャンペーンでは、試合当日方面への臨時便が「攻撃の発生見込み」時刻に合わせて増便された。さらに配布された簡易マップには、得点が連続した場合に限り「この道は最短ではなく“最熱”です」と注釈が入っていたとされ、地図と比喩が結びつくことで言葉が行動規範になったと報告されている[11]。
一部の社会学者は、この現象を「スポーツ由来の儀式語彙が生活動線を上書きした事例」と位置づけている。ただし、当時の資料は番組内で何度も“言い直し”が行われていたため、原文の確認は難しいとされる[12]。
戦術というより“編集技術”だった[編集]
が戦術論の領域に見えたのは、数字の出し方が巧妙だったためだとする説がある。たとえば「攻撃率」は、盗塁・出塁率・当たりの角度(推定)を合算した指数として説明された。指数名はとされ、算出にはが使われたと報じられたことがある[15]。
しかしその後、当該指数は実際には投球データではなく、実況映像のカット割りに由来していた可能性があると指摘されるようになった。具体的には、同じ攻撃局面でもカメラが“戻る”回数が多いほど、指数が高く計算されるよう設計されていたのではないか、と推定されている[16]。このように、はフィールド上の現象というより、テレビ制作の技法と連動したラベリングだったという含意を持つとされる。
それでも語が生き残ったのは、ファンが数字に意味を見出しやすかったからだと考えられている。たとえば「攻撃が認定された回だけ、限定ステッカーが配られた」ような仕掛けが積み重なり、言葉が“体験の証明”になったとされる[17]。
具体例(語が生まれた“瞬間”)[編集]
を改修した年に「勝手に攻撃が増える」という苦情が出たとされる。改修により音が反射しやすくなり、実況が同じ強さの声で同じ語を発しても、聴感上は“勢いが増した”ように聞こえたためだと説明された[18]。その結果、放送局は「攻撃の認定」を“音響の条件”に合わせて調整したとされる。
また、雨天のでは、攻撃の合図が妙に決まっていたという伝承がある。ある年の九月、実況担当が「六回の儀式です」と告げると同時に、スタンドのどこかで必ず風船が破れる、といった噂が広まった。実際の記録では風船の破裂回数が当該試合だけで確認され、偶然としては強すぎるため、運営が何らかの演出を仕込んだのではないかと議論された[19]。
さらに、遠征先のでファンが「攻撃のときは味噌カツを半分に割って食べる」と決めた事例もある。これは番組内のロケ企画で、食べ方が画面映えするようスタッフが提案したものが独り歩きしたとされる。以後、割った人数が多い試合ほど逆転が起きるという“経験則”が共有され、は食文化と結びついた比喩に変質したとされる[20]。
批判と論争[編集]
は一種の自己成就的な言説ではないかという批判がある。すなわち、攻撃と呼ばれる局面に注目が集まり、注目が高まるほど演出が増えることで、次の局面でも攻撃認定が起きやすくなる、という循環が疑われたのである[21]。
とりわけ、編集技術説を強く主張する研究では、同語が出る回のみに限って実況の語尾が揃う傾向が示されたとされる。統計は「語尾の長さ」が前後で平均しか違わないという、やや不自然な一致を根拠にしている[22]。もっともこの研究は公開データが限定的であり、要検討であるという反論もあった。
一方で擁護側は、は戦術の正否ではなく“共同体の読み上げ”として成立しているのだと主張する。つまり、誰かが定義を決め直すたびにファンが追従し、その追従が物語を更新するのであって、厳密な真偽よりも共有される温度が重要だ、という立場である[23]。この対立は今なお、スポーツ報道の倫理をめぐる議論へ接続されているとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中誠司『放送語彙とスポーツ共同体』青林書院, 2012年.
- ^ Margaret A. Thornton『Media Rituals in Japanese Stadiums』NorthBridge Press, 2014.
- ^ 佐藤悠里『実況のための編集技術:黒子の数値化』文泉堂出版, 2018年.
- ^ 渡辺精一郎『“攻撃”を埋める技術』阪神タイムズ社, 1997年.
- ^ 井上光弘『音響が言葉を作る:球場改修と語彙の連動』学術出版協会, 2006年.
- ^ Kobayashi, M. and Reyes, C.『On the Choice of Short Time Windows in Live Commentary』Journal of Sports Media, Vol.12 No.3, pp.44-61, 2020.
- ^ 中村広義『テロップ出稿の経済学』高橋経営研究所, 第1巻第2号, pp.77-93, 2009.
- ^ 伊藤沙織『雨天試合の儀式化と前兆の記号論』日本記号論学会紀要, 第8巻第1号, pp.1-19, 2016年.
- ^ Caldwell, R.『Self-fulfilling Announcements』Vol.5, pp.201-219, 2003.
- ^ (誤植を含むとされる)山口章『甲子園民俗の真相:風船破裂8回の統計』球場史叢書, 2021年.
外部リンク
- 阪神の攻撃アーカイブ
- K・H指数解析室
- 六回の儀式研究会
- 実況語彙学ポータル
- 甲子園音響メモ