阿部よりも古田よりも城島よりも谷繁が怖い
| 分野 | スポーツ認知心理学 |
|---|---|
| 主要対象 | 観客(ファン) |
| 典型状況 | 代打・終盤・先読みが崩れる局面 |
| 中心現象 | 予測不能な“来るかも”を最大化する恐怖 |
| 結果として起きること | 応援行動の萎縮、勝率判断の歪み |
阿部よりも古田よりも城島よりも谷繁が怖い(あべよりもふるたよりもじょうじまよりもたにしげがこわい、英: Tanishige-Than-Concern Effect)とは、の用語で、においてが心理的傾向である[1]。
概要[編集]
阿部よりも古田よりも城島よりも谷繁が怖いとは、プロ野球の観戦において、相手が長打タイプや安定タイプであっても、最後に“いつデカいものが出るか読めない”選手に対してだけ異様な恐怖が生じる現象として記述されることが多い。特に「阿部(長打が見える安心)」「城島(力が波として読める)」などの“規則性”が見える相手よりも、「古田(好打で整う)」や「谷繁(予測不能で突然来る)」のような不確実性に対し、恐怖が鋭く増幅されるとする立場がある。
この効果は、単なる好き嫌いではなく、情報の欠損やタイミングの揺らぎが、観客の推論に“怖さ”として再配線されることによって説明されるとされる。ただし、当該の心理的傾向はチーム成績や実力の単純比較だけでは決まらず、観戦者の注意配分と期待更新の癖に強く依存するとの指摘がある[2]。
定義[編集]
定義上、この効果はが形成される際に、打球結果の系列(例:四球→内野安打→沈黙→突然の本塁打)のうち、とりわけ“予測可能性が低い区間”に対して恐怖が集中し、その後の判断(次の打席の危険度評価)に持続的に影響することである[3]。
観客(主体)が、相手選手(対象)を「来る確率が高い」ではなく「いつ来るかわからない」と認知した場合、次のいずれかの行動/判断が生じる傾向がある。第一に、次打席の応援言語が短文化し、「いける」「打てる」よりも「待て」「気をつけろ」に寄る。第二に、観客は実際の打率よりも“予兆の有無”を手がかりに危険度を更新し、予兆が薄いほど恐怖が増すと観察される[4]。
なお、ここでいう「怖い」は恐怖心情そのものに限定されず、(最悪シナリオへの寄せ)や(次の一発が“すぐ来る”ように感じられる)も含むものとされる。
由来/命名[編集]
本効果の命名は、架空の学会史料であるの第7回例会で、山梨県の議事録係が書き残した短文「阿部よりも古田よりも城島よりも谷繁が怖い」に基づくとする説がある[5]。同会では、当時人気の投票型観戦アプリが試験導入され、観客の“怖さスコア”が打席ごとに可視化された。
そのデータが、当該局面で相手打者を「打率」「長打率」だけで並べても説明できず、むしろ“予測できなさ”を表す指標(後述の不確実性密度)と強い相関が認められたことが、命名の決め手になったとされる[6]。
ただし、当初は“谷繁のような守備型・統率型の打者が怖い”という限定的な主張であったところ、後に「阿部」「古田」「城島」が単なる記号として一般化され、「規則性のある実力者より、タイミングが読めない実力者が怖い」という一般法則へ拡張されたと推定されている[7]。この拡張により、固有名詞の並びが“比較の形式”として残ったとされる。
メカニズム[編集]
メカニズムとして、とが提唱されている。すなわち、観客は打球の実績に基づく確率推定を行う一方で、局面が乱れたり、捕手間のサイン交換が見えにくかったりすると、確率推定がいったん停止し、不確実性だけが残る。その結果、主体は不確実性に対して恐怖で“穴埋め”を行い、次の打席の危険度を過大評価する傾向がある[8]。
また、当該恐怖は単発で終わらず、という特徴を持つとされる。期待更新の遅延により、「次は当たるはず」という更新よりも先に「次も読めない」という更新が固定化されるためである。これが、長打が見える相手(例:阿部のように見える)より、突然の一発が想定される相手(例:谷繁のように読めない)への恐怖へと結びつくと説明される[9]。
一方で、試合状況(満塁、初球からの攻め、観客の情報量)によって効果の強度が変わることが知られており、では増幅されるとの指摘がある。たとえばスコア表示が遅延する放送環境では、怖さスコアが平均で約1.37倍になったと報告されている(ただしサンプル数の詳細は公開されていない)[10]。
実験[編集]
本効果が記述された実験として、(東京都)が行った疑似観戦実験がある。被験者はプロ野球視聴経験者のうち、野球実況を理解できる日本語母語話者で構成され、投球映像の代わりに“打席ごとの情報カード”が提示された[11]。
実験は3条件で設計された。第一に「規則性条件」(例:強打者の当たりが一定テンポで発生)、第二に「不確実性条件」(例:当たりがランダムで、予兆カードが時々欠落)、第三に「中間条件」(予兆の欠落頻度が中程度)である。観客に相当する被験者は、次打席の“怖さ”と“得点期待”を同時に回答した。
結果として、不確実性条件では怖さスコアが中央値で+0.64、得点期待が-0.21偏ったとされる[12]。なお、この偏りは「実際の打球結果の確率」そのものよりも、「予測不能に見える区間」の長さ(平均7.2秒、SD=1.9秒)と相関が認められたと報告された[13]。さらに、予兆欠落が起こるたびに、回答までのため息回数が増える傾向が観察されると記載されているが、これは補助指標として扱われた。
ただし、同研究は“怖さ”を主観尺度(0〜10)で測っているため、心理的情動と認知的評価の分離が不十分であるとの批判も後に出された。
応用[編集]
応用は、スポーツ観戦体験の設計や、スポーツ報道の編集方針、さらには災害時の避難広報にまで拡張されている。スポーツ領域では、実況が「当たりそうな規則」を強調しすぎると怖さの生成が鈍り、不確実性の提示が適切な割合で行われると観戦者の注意が適度に維持されるとする提案がある[14]。
たとえば観戦アプリのプロトタイプでは、打席ごとに“確実さゲージ”を表示しない代わりに、予兆の欠落を意図的に9%だけ発生させる設計が採用された(この9%は推定であるとされる)。結果として継続視聴率が月間で+3.1ポイント向上したと報告されている[15]。
また、広告・広報への応用として「予測不能情報の提示順序」が検討された。避難広報では、確率の数値を示すだけでは不安が減らない場合があり、いつ起きるか不明という感覚に対して“必要な行動の順序”を先に示すことで回避的判断を減らせる可能性が指摘されている[16]。ただし、当該応用は倫理委員会のガイドラインにより慎重に扱われるべきとされる。
批判[編集]
批判として、阿部・古田・城島・谷繁という固有名詞の選び方が、単なる比喩としては強すぎるという指摘がある。つまり、被験者の中に“個人的な印象”が混ざり、恐怖が相手選手固有の記憶で説明される可能性があるというのである[17]。
また、メディアの編集によって不確実性の感じ方が変わるため、放送条件や字幕速度(例:の初回字幕が0.8秒遅延)を統制しないと、効果の再現性が弱まることがあると報告されている[18]。さらに、尺度が主観である点から、認知バイアスとしての純度が疑われることも多い。
一方で、反論として、予測不能区間の長さが同一でも“恐怖スコア”が同調しない被験者がいるため、効果は全員に一様ではないとされる。この点は、応用設計において“誰に効くか”の層別が必要であることを示すものと見なされている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯真琴「スポーツ観戦における恐怖の再配線:不確実性密度の提案」『日本スポーツ認知学会紀要』第12巻第3号, pp.41-58, 2021.
- ^ Margaret A. Thornton「When Timing Becomes Fate: Uncertainty-Driven Appraisal in Spectators」『Journal of Applied Cognitive Sport Science』Vol.18 No.2, pp.101-129, 2019.
- ^ 渡辺精一郎「注意が凍るとき:期待更新遅延モデルの検証」『認知心理学研究』第33巻第1号, pp.12-27, 2018.
- ^ 国立スポーツ認知ラボ編『平成プロ野球心理研究会報告書(第7回例会)』国立スポーツ認知ラボ, 2016.
- ^ 伊達礼二「固有名詞の記号化と比較判断の心理:野球文脈における比喩系列」『社会心理学評論』第9巻第4号, pp.233-252, 2020.
- ^ Yuki Tanaka「Broadcast Delay and Arousal: A Microtiming Study in Simulated Baseball」『International Review of Sport Communication』Vol.7 No.1, pp.55-74, 2022.
- ^ Krzysztof Nowak「Information Loss in Real-Time Decision Making」『Cognitive Systems Letters』第5巻第2号, pp.77-96, 2017.
- ^ 阿久津涼子「恐怖を設計する:観戦アプリの継続視聴と不確実性提示」『デジタルメディア心理学』第21巻第6号, pp.310-329, 2023.
- ^ Hiroshi Kobayashi「The Eight-Second Rule in Anticipatory Sports Anxiety」『Sports Behavior Letters』Vol.14 No.3, pp.201-219, 2015.
- ^ (参考文献の一部が不一致)『認知バイアス図鑑:第3版』第2刷, 2012.
外部リンク
- スポーツ認知学ウェブポータル
- 国立スポーツ認知ラボ 研究アーカイブ
- 観戦アプリ設計者メモ
- 平成プロ野球心理研究会 デジタル議事録
- 不確実性密度 計算機(擬似)