陰謀論者の憂鬱
| タイトル | 『陰謀論者の憂鬱』 |
|---|---|
| ジャンル | 陰謀・社会派ギャグ(架空取材型) |
| 作者 | 津久井 ゆくと |
| 出版社 | 黒柘出版 |
| 掲載誌 | 月蝕ジャーナル |
| レーベル | 黒柘コミックス |
| 連載期間 | 2014年10月号〜2020年4月号 |
| 巻数 | 全9巻 |
| 話数 | 全84話 |
『陰謀論者の憂鬱』(いんぼうろんしゃのゆううつ)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『陰謀論者の憂鬱』は、陰謀論を“信じる側”の当人たちが、理屈ではなく生活の温度で崩れていく様を描いた、社会派ギャグ漫画として知られている。
作中では、陰謀の真偽をめぐる議論が絶えず反転し、読者は「論理の勝敗」ではなく「憂鬱の発生条件」を観察することになるとされる[1]。
連載開始当初は“過激な啓発漫画”としての評価もあったが、のちに架空の取材テクノロジー(後述)を武器に、誤情報の作り方そのものを笑いに転換した点が支持された。累計発行部数は2020年時点で約315万部を突破し、の看板企画として定着したとされる[2]。
制作背景[編集]
作者のは、もともと寄席芸人向けの台本研究をしていた経歴があり、「説得ではなく“持続する暗さ”を設計したい」と語ったとされる[3]。
企画立ち上げのきっかけは、出版社内部で行われた“炎上耐性”研修であるとされる。黒柘出版の研修では、架空の行政機関であるが提示した「疑義の連鎖は睡眠不足で加速する」という想定資料が用いられたとされ、担当編集がその言い回しを漫画の核に据えたという[4]。
また、作中の取材パートでは、物語用語としてのが導入された。これは、登場人物が“見たはず”の証拠を、時計・距離・照度・視線の角度に分解して提出する技法であり、細かな数値(後述)が読者の没入を助けたと評価されている[5]。ただし、当初は数値が多すぎるという編集部からの指摘もあり、最終的には「1話あたり平均6.3件の“数字の嘘”」に調整されたとされる[6]。
あらすじ[編集]
物語は複数のに分かれて展開される。いずれの編も、陰謀の“発見”よりも、陰謀を語るときに本人が自分の生活をどう削ってしまうかが中心となるとされる。
第1の軸は、憂鬱の正体を追いかける主人公が、情報の整合性を高めるほど逆に感情が摩耗していく構図である。
以下、各編の概略である。
登場人物[編集]
主人公のは、元・市役所広報の臨時職員として働きつつ、夜にだけ“裏の筋書き”を組み立てる癖を持つ人物として描かれている。
兎月の同居人であるは、陰謀を信じないのではなく、信じない“ふり”で生きるタイプであり、ツッコミ役としても機能する。
兎月が出会う「取材組」の中心人物としてが登場する。斬島は、の開発者を自称し、証拠を“スコア化”しては笑いながら裏切るキャラクターとして扱われる。
なお、作中終盤では、の監査官が“善意の統制”を持ち込むことで、陰謀論が個人の趣味から社会の手触りへと変質する転換点が示される。
用語・世界観[編集]
本作の世界観では、陰謀論は悪役の思想ではなく、日常に紛れ込む“説明の渇き”として扱われる。
まず、作中の鍵用語としてが挙げられる。これは、見聞を“時刻(秒単位)・移動距離(メートル)・視線角(度)・照度(ルクス)”に分解し、証拠を再生成する技法である。特に兎月が提出するログは「2019年11月17日 23:41:08、直線距離312m、角度17.4°、照度0.8lx」という具合に過剰であり、読者は“それっぽさ”の皮肉を味わうことになる[7]。
次にという架空機関がある。庁は「陰謀の拡散が睡眠の質を奪う」という理由で、SNS投稿の“湿度”を測定する条例を施行したとされるが、実際には“疑義の多い人物ほど支援対象になる”仕組みが陰謀側の好材料として描かれる。
さらに、陰謀論者の感情を数値で扱う概念としてが導入される。YUIは、①反証回数、②友人の沈黙、③飲料の糖度の3要素で計算されるとされ、最終的に“誰のせいでもない沈む感じ”を説明するための便利な式になっていく。ただし、作中ではこの式に元々誤差(±3.7%)があることが後から判明し、読者が「統計の嘘っぽさ」に気づく導線になっているとされる[8]。
書誌情報[編集]
黒柘出版のレーベルにより、全9巻で刊行されたとされる。
初版の帯には「睡眠を削る論理」といった煽り文句が用いられ、特典として“憂鬱ログシート”が配布された回もあったとされる[9]。
巻ごとの構成は、基本的に各に対応しており、たとえば第2巻には「嘘の証拠のみを回収する」章がまとまって収録されたとされる。なお、巻末の“編集後記”では、制作スタッフが「数字は正しい必要がなく、読者が正しい気分になればよい」と記したとして話題になった。
メディア展開[編集]
テレビアニメ化が決定したのは、連載終了直後の2019年秋とされる。監督はで、制作スタジオは架空のとされる。
アニメではを視覚化するため、画面上に“証拠の分解図”が常時オーバーレイ表示される演出が導入された。これにより視聴者は、物語の進行と同時に「数字が増えるほど不安も増える」感覚を体験したとされる。
また、原作の人気に合わせて、黒柘出版からは関連書籍として『入門:あなたの時計は何を隠すか』が発売された。さらに、音声企画では“23:41:08の真夜中だけ聴ける”という触れ込みで、睡眠誘導と議論の間を行き来する異色のドラマCDが企画されたとされる[10]。
反響・評価[編集]
読者からの反響としては、SNS上で「陰謀論を見抜く漫画」というより「陰謀論に“疲れる”漫画」として拡散した点が挙げられる。
一方で批評側では、架空の行政機関の描写が“善意の統制”に寄っているため、誤情報対策の議論と接続させすぎている、という指摘もあったとされる。ただし当の作者は「制度の話ではなく、眠れなくなる話だ」とコメントしたと報じられた[11]。
商業的には、2020年4月号掲載の最終話では電子版の同時アクセスが約62万件を記録し、月蝕ジャーナルの電子売上を押し上げたとされる[12]。もっとも、統計の母数や集計方法に不明点があることも雑誌側で明かされており、ここに本作の“それっぽさの嘘”が再現されたと見る向きもある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 津久井 ゆくと『陰謀論者の憂鬱 完全読本(上)』黒柘出版, 2020.
- ^ 佐倉 薫『映像化する不安:観測ログ術の演出設計』星屑出版社, 2021.
- ^ 五十嵐 霜牙『“善意の統制”と創作:憂鬱対策庁の理想と現実』憂鬱研究叢書, 第3巻第2号, 2018, pp. 41-67.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton『Sleep and Narrative Persistence in Fictional Conspiracy Systems』Journal of Media Melancholy, Vol. 12, No. 4, 2017, pp. 201-233.
- ^ 中村 砂里『数値化される笑い:ギャグ漫画における疑似統計の効用』日本コミック学会誌, 第7巻第1号, 2019, pp. 88-105.
- ^ 黒柘出版編集部『月蝕ジャーナル 公式記録集(2014-2020)』黒柘出版, 2020, pp. 12-19.
- ^ Kobayashi Ren『Evidence Decomposition as Comedy: A Study of “角度” and “照度” Motifs』International Review of Humorous Analytics, Vol. 9, No. 2, 2016, pp. 55-74.
- ^ 矢萩 兎月(作中記録)『23:41:08のログ:真夜中にだけ残る証拠』配布冊子, 2019.
- ^ 朽木 玲『炎上耐性研修の誤差:数字が増えると誰が眠れなくなるか』黒柘教育出版, 2018, pp. 3-29.
- ^ 月蝕ジャーナル編集部『最後の84話:編集後記の統計』月蝕ジャーナル出版局, 2020, pp. 7-9.
外部リンク
- 黒柘コミックス公式アーカイブ
- 月蝕ジャーナル電子特設ページ
- 星屑スタジオ番組サイト
- 憂鬱ログ術 公式シート配布所
- 黒柘出版 研究者向け資料館