馴れ合い
| 分類 | 社会心理・組織論(慣行と評価のゆがみ) |
|---|---|
| 観測単位 | 相互連絡回数、紹介回路、承認ラグ |
| 主な舞台 | 職場、学校、町内会、共同研究室 |
| 典型的な兆候 | 異議申し立ての遅延、称賛の過剰、内部通報の空白 |
| 派生語 | 馴れ合い指数、馴れ合い疲労 |
| 対策としての概念 | 相互監査、公開採点、ローテーション |
(なれあい)は、利害を超えた距離の縮まりが、集団の意思決定や評価制度をゆがめるとされる概念である[1]。とくに職場・学校・地域コミュニティにおいて、暗黙の承認が働くことを指して用いられる[2]。その起源は近代日本の「査定通信」制度にあるとする説があるが、これには異論もある[3]。
概要[編集]
とは、関係者間の心理的距離が短縮することで、批判的視点よりも「波風を立てない合意」が優先される状態として説明されることが多い。表向きは協調的である一方、実際には意思決定の透明性が削られるとされる[1]。
概念上は中立的な言葉として扱われる場合もあるが、実務では「評価の公正」や「不正の発見」に関する議論へ接続されることが多い。特に、連絡の頻度や紹介の経路、会議での発言順などの観測可能な指標に落とし込めるため、制度設計の現場で頻繁に参照されてきたとされる[4]。
一方で、「馴れ合い=悪」と単純化するのは誤りだとする指摘もある。関係の安定が新規参加者の学習コストを下げる側面があること、また批判が必ずしも改善に直結しないことが理由として挙げられる。ただし、どちらの立場でも共通して語られるのは、「一定の閾値を超えた親密さが、評価機能を鈍らせる」ことである[2]。
歴史[編集]
「査定通信」から「馴れ合い規格」へ[編集]
馴れ合いの近代的な語法は、の逓信系事務局で試行された「査定通信」制度に遡るとする説がある[5]。この制度では、上長が部下を評価する際、紙の決裁文書だけでなく、月2回の定型ハガキ(通称「礼状兼査定」)により、相互の状況理解を促す建前が置かれていたとされる。
当初、ハガキは全員一律で同文面だったが、やがて各部署の文面が微妙に変化し、文面の語尾や季節語の選択が「関係の近さ」を可視化する指標として扱われるようになった。昭和期の記録では、文面に出てくる副詞が増えるほど、評価点の分散が小さくなる傾向が報告されたとされる[6]。この現象が、のちに「馴れ合い規格」と呼ばれる管理用語へ発展したと推定されている。
特に、横浜港周辺で運用された港湾労務の合意形成会議では、異議申立ての平均待機時間が「発言者が礼状に返信した翌週から3.1日短くなる」など、やけに具体的な観測値が残っている[7]。もっとも、その測定には担当官の主観が混入していた可能性が指摘されている。
馴れ合い指数と「承認ラグ」監査の導入[編集]
戦後、組織が拡大するにつれて、馴れ合いの抑制は「人間関係の問題」から「計測可能な制度の問題」に変わっていったとされる。そこで考案されたのが、会議での相互言及と、称賛コメントの語彙密度から推計するである。指数は、(1)相互連絡回数、(2)紹介回路の数、(3)異議の提起までのラグ日数の3要素で算出されると説明された[8]。
一部の自治体では、内部監査の重点項目に「承認ラグ」を追加した。たとえば、大阪市の試験局では、承認ラグが通常より0.7標準偏差縮むと、会議議事録の再編集が義務づけられたとされる[9]。この再編集は、単に書き換えるのではなく、発言順序を「新人→経験者→管理職」に固定するという細かな手順で運用されていた。
ただし、制度導入のころから、馴れ合い指数が高い部署ほど「対立コストが低い」可能性も示唆された。結果として、馴れ合い指数の高低は不正の有無を直接意味しない、とする立場も併存するようになった[2]。
社会への影響[編集]
馴れ合いは、職場の評価だけでなく、教育現場や研究コミュニティにも波及した。たとえば系の試案では、学級会議の「発言許容量」が共有され、常連の発言が増えるほど「沈黙の採点」が緩くなる仕組みが採用されたとされる[10]。その結果、上位層の成績分布が局所的に圧縮し、「伸びた」というより「平均との差が見えなくなった」ような現象が報告された。
また、共同研究室では、査読の際の「相互推薦」が増えるほど、採択までの期間が短縮される一方で、研究の異質性が減ると指摘されている。研究室の温度計として語られたのが、いわゆる「称賛語彙の回転率」である。紹介メールの件名に含まれる称賛語が月間で42回以上現れると、投稿テーマが似通いやすいとする内規が、大学院の一部で生まれたとされる[11]。
さらに、地域においては、中野区のある商店街で「顔見せ割当券」が配られたことで、初期参加者が早期に馴染む一方、批判よりも「手伝い」が先に回る局面が観測されたという。こうした事例は、馴れ合いがもたらす利点と損失が、同じメカニズムから派生することを示す例として扱われた[6]。
具体的なエピソード[編集]
馴れ合いが制度に組み込まれた例として、札幌市の公立図書館で行われた「返却礼状プロトコル」が挙げられる。このプロトコルでは、利用者が本を返すたびに職員が短文を添え、さらに月末に職員同士が互いの添え文を評価する仕組みが入っていたとされる[12]。
ところが、添え文が毎月5種類に固定され、同じ組み合わせが2か月連続すると、職員間の評価が自動的に「適合」へ寄るよう運用されていたという。担当者は「機械化による公平化」と説明していたが、実際には、適合に寄せることで残業申請が通りやすくなる設計だったとする回想記録がある[13]。なお、この回想記録の信頼性には疑義も呈されている。
また、研究助成の審査会では、審査員が互いに推薦コメントを交換する「二段階称賛」が流行した時期がある。ある審査部会では、コメント交換の間に挟む沈黙が「ちょうど17秒」であるべきだと提案され、議事録係が秒単位でストップウォッチを切っていたという。数字の整合性が妙に高く、のちに「馴れ合いを美化するための演出ではないか」との批判が出た[14]。
批判と論争[編集]
馴れ合いは、協調の裏返しとして擁護される場合もあったが、批判の中心は「評価の監査不能化」にあるとされる。すなわち、親密な関係が前提となると、説明や根拠が形式化し、問題が表面化しにくくなるという見方である[1]。
一方で反論として、対立を誘発しないこと自体が組織の生存戦略である、という立場も根強い。特にの小規模研究科では、馴れ合いが情報共有を加速させ、結果として不正の発見も早まるとする観察が提示されたとされる[9]。ただし、その観察は当事者の自己申告に基づいていた可能性があるため、独立データによる再現が課題とされている[2]。
さらに、「馴れ合い」という語が、特定の立場の言い訳として消費される危険があると指摘されている。たとえば「馴れ合いだから落とされた」という主張が増えることで、検証ではなく情緒が優先される状況が生まれたという。こうした論争を受けて、近年では馴れ合いを単なる悪口ではなく、やといった制度設計の論点として扱う方向が提案されている[8]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山田涼子『馴れ合い指数の算出法と運用』紀州大学出版局, 2014.
- ^ Margaret A. Thornton, “Approval Delay as a Hidden Variable in Peer Review,” Journal of Organizational Metrics, Vol. 12, No. 3, pp. 41-58, 2017.
- ^ 佐藤元気『査定通信と礼状運用の社会史』東京図書出版社, 1989.
- ^ 田中克己『評価制度の分散を読む——言語語彙分析からの接近』中央公論大学紀要, 第9巻第2号, pp. 77-96, 2003.
- ^ 鍵山由紀『称賛語彙回転率と採択速度の相関』北海道教育出版, 2006.
- ^ Kazuhiro Shimizu, “Rotational Meetings and Resistance to Nepotistic Signals,” International Review of Administrative Studies, Vol. 8, No. 1, pp. 105-131, 2012.
- ^ 本橋幸一『横浜港湾労務会議の議事録分析』横浜港湾学会誌, 第21巻第4号, pp. 201-219, 1991.
- ^ 李明浩『承認ラグ監査の実務的課題』大阪市職員研修叢書, pp. 13-27, 2018.
- ^ 編集部『職場の摩擦を減らす設計——馴れ合いを測る指標集』研究開発監査センター, 2021.
- ^ Eiko Kuroda, “Measuring Familiarity Pact in Community Boards,” Proceedings of the 2020 Symposium on Civic Informatics, pp. 201-209, 2020.
- ^ (要確認)カルロス・メンデス『沈黙は最適化される:承認ラグの非線形モデル』Northridge Press, 2016.
- ^ 渡辺精一郎『馴れ合い規格の成立——礼状・副詞・分散縮小』逓信法政研究所, 第3巻第1号, pp. 9-33, 1996.
外部リンク
- 馴れ合い指数研究会ポータル
- 承認ラグ監査データバンク
- 査定通信アーカイブ
- 公開採点設計ガイド(試作版)
- 相互監査実装ログ集