骸(むくろ)
| 名前 | 骸(むくろ) |
|---|---|
| 本名 | 非公開(台本上は「骨の担当者」表記) |
| ニックネーム | むくろマン/抜け殻ワン |
| 生年月日 | 1957年8月13日 |
| 没年月日 | 存命扱い(ただし口上では「第3回模擬葬儀」経験済み) |
| 出身地 | |
| 血液型 | O型(台本の折り目基準で判定とされる) |
| 身長 | 167 cm |
| 方言 | 名古屋弁(ただし語尾を「…にて候」に寄せる癖がある) |
| 事務所 | 鳳凰舎放送芸能(通称:ほうほうしゃ) |
骸(むくろ)(英: Mukuro)は、舞台上では“抜け殻っぽい人間”を演じつつ、実際にはボケの設計図に近い概念として語られることが多い架空のお笑い用語である。昭和末期のコント台本文化と、地方ラジオ番組の「死語募集コーナー」に由来するとされる[1]。
概要[編集]
「骸(むくろ)」は、お笑いの場で“本体の気配が薄いのに場だけは成立する”状態を笑いに転換するための、理屈と演技の両方を含む概念として扱われることがある。用語としては一般名詞のように見えるが、実際の運用は当事者(演者)の所作に紐づくことが多いとされる[1]。
この概念が注目された背景には、1980年代後半に流行した「死語の再編集」文化があり、名古屋のローカルラジオ局が主催した“骨(こつ)のフレーズ大喜利”で、聴取者から寄せられた投稿が原型になったとされている。ただし、当時の公式台本には「骸」は漢字でなく「屍似(しにに)」と誤記されていたとも、編集部内で後年に語られた[2]。
略歴/来歴[編集]
「骸(むくろ)」として舞台に登場した初期の実態は、単独で漫才を成立させる“空虚ツッコミ芸”だったとされる。最初の口上は「私は何もない。されど、笑いはある」といった抽象的なものであったが、観客が退屈しないよう、次第に小道具の“残骸”(レシート・封筒・落書きメモ)を数ミリ単位で並べる形式へと改良されたという[3]。
1991年、の学園祭で行われた模擬葬儀コントが話題になったとされる。記録によれば、会場の椅子は合計412脚配置され、そのうち「埋葬席」と書かれた札はちょうど37枚であったとされるが、当日のプログラム冊子には「36枚」と誤植されていたため、後に“誤差が芸”として定着した[4]。
同年から、東京の小劇場へ移行する動きが進み、当初は神保町のスタジオでリハーサルを行っていたと伝えられる。さらに、台本のフォーマット統一のために、地方の講師が作った「骨格テンプレート(8行×3段)」が採用され、これが後の出囃子の拍子にも影響したとされる[5]。
人物[編集]
芸名の「骸」は、身体性の薄さを演技として誇張する意図から付けられたとされる。本人は自著の中で「骨は折れないが、文は折れる」と述べたと伝えられるが、実際には書籍の初校に“折れる”の一語が存在しないことが、後に校正者の証言として出回った[6]。
また、ラジオでは声が軽く聞こえるように工夫し、マイク距離を常に14.2 cmに維持するとされる。これは音響技師が「0.1秒の響きに誤差が出る」と言ったことがきっかけだとされるが、本人は「誤差は笑いに変えられる」と反論し、逆に14.9 cmへ調整してしまった経緯が語られている[7]。
創作の中心は“物の残り方”を読むことであるとされ、例として「使い終わった割り箸を必ず3本だけ残す」「レシートの折り目は左から4回」など、細部を規則化する癖が指摘されている。これらは観客にとって意味が分からなくても、演者の不気味な確信だけは伝わるため、結果として不条理の笑いが成立すると説明されることが多い[8]。
芸風/作風[編集]
「骸(むくろ)」の芸風は、厳密には“単独コント型の漫談”として語られることがある。ボケ側では自分の存在を薄くし、ツッコミ側では存在の厚みを誤魔化すように観客の反応を先回りする。観客の間(ま)を“死角”として扱い、そこに決め台詞を置くことで笑いが立ち上がるとされる[9]。
台本は「主観の空白」「証拠の過剰」「結論の先延ばし」の3要素で構成されると説明される。たとえば、あるネタでは主人公が“何かを失った”と言い続けるが、その対象は最後まで一度も明示されない。ただし最後の1秒で、失ったものが“透明な電卓”であると告げるなど、読者が“引っかかった”感覚を得る仕掛けが用いられるとされる[10]。
演技上の特徴として、視線の焦点をわずかに外す「幽視線(ゆうしせん)」が知られている。本人はこれを“周辺視野の笑い”と呼んでおり、観客が気づく前に笑いの種が届くよう調整しているという[11]。なお、本人の師匠筋は「焦点が外れているのではなく、笑いが先に見えているのだ」と語ったとされ、師匠の証言録は同芸人のファンブックに引用されている[12]。
受賞歴[編集]
受賞歴としては、1998年の予選で“最長無言ネタ”が話題になったとされるが、正式記録では「無言」の秒数が集計されていないため、後年にファンの計測で“112.6秒”という数字が独り歩きした[13]。主催側は当初「計測不能」としつつ、翌年の公式配信で「おおむね1分以上」と追記したとされる。
また、2004年の“骨笑(こつわらい)杯”では審査員特別賞を受けた。大会要項には“骸という漢字を含む作品のみ”が出され、皮肉にも本人は一度も漢字を口にしなかったため、審査員が混乱したという逸話がある[14]。
一方で、受賞歴の一部は公式発表よりも先にラジオ内で告知され、リスナーが投稿した“誤告知ランキング”がネットで拡散したとも言及されている。ここでの騒動が、のちの「誤植でさえネタになる」という評価につながったと分析されることがある[15]。
出演[編集]
テレビでは、バラエティ番組(2007年4月〜同年9月の不定期枠)に出演し、“残骸の鑑定”というコーナーを担当したとされる。放送回によっては、鑑定に必要なサンプル数が異なり、たとえば第12回では「サンプル9点」、第13回では「サンプル11点」とされるが、テロップ上の表記が一致していないと指摘されている[16]。
ラジオではの深夜番組『骨格ラジオ便(こっかくらじおびん)』でレギュラーを務めたとされる。番組のジングルは出囃子と同じメロディが使われ、最初の一拍目がわずかにズレる仕様になっていたため、“わざとズレる芸”として界隈に定着したと語られる[17]。
配信では、短編動画シリーズ『むくろの余白(よはく)』にて、1話あたりの再生時間を厳密に3分3秒で揃えた。視聴者からは“切れ方が不自然”と苦情が出たが、本人は「不自然さが自然に見える瞬間を狙う」とコメントしたとされる[18]。
作品[編集]
作品としては、DVD『骸の方程式(ほうていしき)』が知られている。収録内容は、コントを物理・会計・法廷の三ジャンルに見せかける構成で、最後に同じポーズを3種類に変えて見せるという統一感が特徴とされる[19]。
CD『抜け殻アンサンブル』では、咀嚼音に似た効果音を多用している。制作スタッフの回想では、同アルバムの収録で一番時間がかかったのは“無音のトラック”であり、無音を無音として成立させるために16テイクを重ねたという[20]。
書籍『周辺視野の笑い方』は、幽視線の理論を一般読者向けに説明する体裁をとりつつ、実際には台本の改稿履歴が挿入されている。編集側は「技術書に見せたコメディ」と評したとされるが、初版では誤って“骨格テンプレート”の寸法が0.5行分ズレており、後に増補版で修正された[21]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 東海放送ラジオ『骨格ラジオ便(こっかくらじおびん)番組誌』東海放送ラジオ出版, 1992.
- ^ 小林啓介『“骸”の笑いはどこから来るのか:地方放送と死語再編集』春蒼社, 2001.
- ^ Margaret A. Thornton「Peripheral Humor in Uncertain Presence: A Case Study」『Journal of Performative Comedy』Vol.12 No.3, pp.44-71, 2006.
- ^ 鈴木みなと『コント台本の骨格設計(8行×3段)の実務』文藝骨書房, 2003.
- ^ 田村静夫「幽視線と間(ま)の関係に関する音響的検討」『日本音響演芸学会誌』第18巻第2号, pp.101-129, 2008.
- ^ Kenta Muro「On the Calibrated Silence: Measuring ‘Non-Act’ in Solo Sketch Comedy」『Proceedings of the Laughing Dynamics Workshop』第4巻第1号, pp.9-23, 2012.
- ^ 鳳凰舎放送芸能編『抜け殻ワン資料集:控室の作法から見る創作』鳳凰舎, 2015.
- ^ 編集部「『骸の方程式』制作ノート(誤差を笑いにする)」『バラエティ技法研究』Vol.7 No.1, pp.200-214, 2017.
- ^ 井上真琴『周辺視野の笑い方:誤植訂正まで含む完全ガイド』新星図書, 2019.
- ^ “骨のフレーズ大喜利”記録委員会『第3回模擬葬儀コント資料(名古屋会場)』骨記録出版, 1991.
外部リンク
- 鳳凰舎公式アーカイブ(むくろ)
- 骨笑杯オフィシャル年表
- 東海放送ラジオ 収録記録データベース
- むくろの余白(よはく)配信ライブラリ
- 誤植ネタ倉庫