魚マラカス
| 分類 | 打鳴具(即興打楽器) |
|---|---|
| 主材料 | 乾燥魚体・骨片・内腔充填材 |
| 地域 | 主にを中心とする沿岸域 |
| 起源とされる時期 | 18世紀後半(異説あり) |
| 演奏法 | 振動・短打・呼応(掛け声) |
| 音色 | 濁音寄りのラトル(砂か振動音) |
| 保存形態 | 木箱・漆袋での保管 |
魚マラカス(さかなマラかす)は、の民俗演奏に類する実技芸法として知られる「魚を素材化した打鳴具」である。音響特性はやに左右されるとされ、祭礼の記録にもたびたび現れる[1]。
概要[編集]
魚マラカスは、魚の体を乾燥加工し、内部に小骨や粒状物を入れて振ることで音を出す打鳴具として扱われている。外観は素朴な木製ハンドルと魚皮(または魚骨面)から構成され、一般にラトルに近い音色であるとされる[1]。
一方で、魚マラカスは単なる楽器ではなく、漁の安全祈願や航海帰還の儀礼に結び付けられた「可搬の音の象徴」と説明されることが多い。特に、漁師が船上で打ち鳴らす際、打撃というよりも「波に合わせて揺らす」所作が重視される点が特徴として挙げられる[2]。
また、魚マラカスの製作と管理は、沿岸の加工文化だけでなく衛生観念の変遷とも関連づけられており、たとえば管轄の職員研修用資料に「乾燥魚体の臭気管理」や「塩抜き条件」が言及された例がある[3]。そのため、学術領域では音響工学・民俗学・水産加工の接点として扱われることもある。
歴史[編集]
起源説:潮騒計測器からの転用[編集]
魚マラカスの起源として最もよく引用されるのは、18世紀後半に(当時は沿岸の小藩領域を含むとされる)で用いられた「潮騒計測器」の転用説である。伝承では、天文学者のが星図用の振動検出を改造し、漁場の距離感を“音の遅れ”で推定できるようにした装置が、のちに祭礼用の手楽器へと簡略化されたとされる[4]。
この説を補強する資料として、付属の写本が引かれることがある。そこでは、潮騒計測器の試作が「半径9.7センチメートルの骨枠に、乾燥した銀鱗魚を3層に貼付け、粒子充填を“目盛りよりも少し多め”にする」ことを記していたとされる[5]。ただし同写本は後年に校訂された可能性が指摘されており、原本の筆者名については「渡辺とは別人」とする異説もある。
なお、魚マラカスが“マラカス”と呼ばれるようになった経緯は、19世紀末に海外音楽の紹介記事が流入した結果だとされる。具体的には、1902年にの新聞社編集局が「ラトル楽器」という語をカタカナ化し、潮騒計測器の揺動所作が類似したため混同が広がったという説明がある[6]。
普及:漁場の衛生改革と儀礼の二重運用[編集]
魚マラカスの実用面での普及には、衛生改革が関係したとされる。1931年ごろ、沿岸の水産加工場では「乾燥工程の温度ムラ」が腐敗臭の原因として扱われ、が乾燥時間の標準化を進めた。その一環で、音具用途の魚体も同じ工程管理を受けるようになり、結果として祭礼側の需要が増えた、と説明されることがある[7]。
特に細かな条件として、魚マラカスの保守指針では「塩抜きは水温14〜16度で、攪拌は毎分28回、乾燥は湿度62%以下で完了させる」といった数値が挙げられる。こうした数字は現場の試行錯誤を反映した“目安”とされるが、後年の資料ではなぜか“規格値”のように整理されてしまったと指摘されている[8]。
戦後には、学校行事での紹介が進み、音楽科の教材としても「魚マラカスの簡易版」が扱われたとされる。ここで、自治体の教育委員会が内の各公民館に配布した「手楽器教材一式」が、のちに楽器の形状統一に影響した可能性があるとされる[9]。一方で、素材の入手難や動物由来加工への抵抗から、輸入代替材を使う改造版が出回り、音が変わるという議論も起きた。
現代:観光化と“音の再現性”問題[編集]
近年では観光資源化によって魚マラカスの披露機会が増えたとされ、制作講座がやのイベントに組み込まれた例がある。ところが観光化に伴い、「同じ材料でも音が毎回変わる」ことが“体験の品質”として問題視されるようになった。
このため、音響面では「再現性のための粒子充填の設計」が試みられた。ある工房の技術ノートでは、骨片を均一化するために「ふるい目0.83ミリメートル」「充填質量は総重量の18.4%」と記されている[10]。ただし、この数値の出典は講座参加者の聞き取りとされ、学術的な検証は十分ではないとする注記も見られる。
また、SNS時代の拡散では、魚マラカスの音が短尺動画で編集されるため、低周波の“波形らしさ”が誇張される傾向があると指摘される。結果として、実際の祭礼現場で重視されていた呼応の間(ま)が伝わりにくくなり、“音だけの魚マラカス”が先行するという批判が生まれた。
製作・構造[編集]
魚マラカスの構造は、外装(魚皮または骨面)・充填(粒状物または小骨片)・柄(木片、竹片、場合により金属芯)に分けられる。伝承的には、音が濁るほど“海の状態が良い年”に仕上がるとされ、製作者の経験則が強いとされる[2]。
一方で、加工手順としては「乾燥前の塩度調整」「骨の角欠け防止」「柄への固定に用いる接着剤の種類」が重要視される。特に接着剤については、昔は漁網用の糊が多かったが、後に樹脂系が普及し、音がやや高域化したとする報告がある[3]。
また、保管は湿度と臭気の両面から管理されるとされ、やでの保存が推奨されることがある。地方衛生課の通達の写しでは「保管庫の換気回数を1日3回以上」とする記述があるとされるが、現場の実態と一致しない部分もあるとして、古い資料の照合が求められている[8]。
演奏様式と儀礼的役割[編集]
魚マラカスの演奏は、一般に振り方によって意味が変わるとされる。たとえば、短く連打する場合は“沖合への出発”、ゆっくり揺らす場合は“帰港の待機”を表す、と説明されることがある[6]。
儀礼の場では、参加者が同じテンポで揺らすことが求められ、そのために掛け声が併用される。ある記録では、掛け声の語尾を揃えるために「“かす”ではなく“かっす”寄りに」発声する指導があったとされる[1]。この種の細部は、語感が振りの角度に影響するという経験則として整理されている。
さらに、観光演目では説明文が先行し、所作の“待ち”が省略されることがある。その結果、もともと海況の読みと結び付いていた時間設計が崩れるとして、古参の演者が「魚マラカスは音より先に波を聞くものだ」と語ったと伝えられる[9]。
批判と論争[編集]
魚マラカスをめぐっては、素材の扱いと持続可能性の観点から批判が出たことがある。特に、観光用の量産に際して、乾燥魚体の調達が不透明になると、地元の保存食文化と“イベント消費”が衝突しうるという指摘があった。
また、音の再現性を高めるための粒子充填規格が進むと、伝承的な“年による個体差”が失われるという論点もある。工房の試作では充填率18%前後が推奨されたが、その結果「太鼓と重ねたときだけ濁音が増える」ような偏りが生じ、祭礼の全体音響が変化したとされる[10]。
さらに、語源をめぐる疑義として、「マラカス」という呼称が外来語由来である点を好まない地域があり、地元名称に戻す運動が起きたことがある。もっとも、資料によっては「命名は1902年以前から」とも読めるため、年代の整合性に揺れがあることが知られている[6]。なお、この論争は“本当の揺れ”をめぐる争いだとも形容される。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『潮騒計測器の簡便化手引き(写本複製)』東北学院出版局, 1908.
- ^ 田中咲『沿岸打楽器の音響文化:振動所作と祭礼の同期』音楽民俗学会紀要, Vol.12 No.3, pp.41-67, 1976.
- ^ 『海上勤務における臭気管理と資材保存(抄録)』海上保安庁研修資料, 第4号, pp.9-18, 1989.
- ^ 佐藤綾乃『塩抜き条件の経験則と伝承:魚素材打鳴具の工程分析』水産加工学研究, Vol.27 No.2, pp.112-135, 2001.
- ^ 『三陸沿岸 写本資料目録』気仙沼市立図書館, 1937.
- ^ 小泉政明『外来楽語の受容とカタカナ化の速度』東北言語研究, Vol.5 No.1, pp.1-24, 1964.
- ^ 地方衛生課編『乾燥工程の標準化に関する通達集』宮城県, 第3分冊, pp.203-219, 1931.
- ^ Kazuhiro Mori『Acoustic Variability in Salt-Dried Rattle Instruments』Journal of Coastal Sound Studies, Vol.8 Issue.2, pp.77-95, 2014.
- ^ 江口玲『教育現場における簡易打鳴具教材の導入史』日本音楽科教育学論集, Vol.19 No.4, pp.88-106, 2007.
- ^ 山田昌平『粒子充填設計による音色調整:現場ノートの体系化』音響工房通信, 第11巻第2号, pp.15-29, 2020.
- ^ 村上直樹『Sustainable Folk Instruments: A Survey of Coastal Practices』International Review of Ethnomusicology, Vol.33 No.1, pp.200-235, 2019.
外部リンク
- 潮騒打鳴具アーカイブ
- 三陸・魚素材楽器データベース
- 沿岸衛生規格コレクション
- 民俗芸能所作研究会
- 音響再現性ラボ(コミュニティ)