1945年に起きた放送事故真夜中の叫び
1945年に起きた放送事故真夜中の叫び(1945ねんにおきたほうそうじこまよなかのさけび)とは、の都市伝説の一種[1]。の深夜放送において、停戦直後のから「誰もいないはずの番組」が流れたとされる怪異であり、放送事故とが結びついたものとして知られている[2]。
概要[編集]
は、系の深夜放送中、突如として人の叫び声と報じられた音声が混入し、局舎のが放送席で椅子ごと後ずさりした、という話である[1]。伝承では、その声は単なる雑音ではなく、戦時下で検閲を逃れた「最後の未送出音源」が自律的に流出したものとされ、で聞いた者に同じ文言が残ったと語られている[2]。
この都市伝説は、終戦直後の混乱、停電、送信機の老朽化、そしてが一家に一台の時代であったことを背景に、1950年代末から断片的に語られ始めたとされる。なお、物語の版によっては「叫び」は一度だけではなく、ごとに録音室の壁紙から滲み出るように再生されたとも言われている[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源については、末の麹町近辺にあった臨時送信所で、深夜の試験放送中に正体不明の悲鳴が割り込んだという説が有力である。もっとも、番組表上はその時間帯は無音試験であり、当時の記録では送信機は定格出力で安定していたとされるため、放送技師の間では「音声の反射」「磁気テープの逆巻き」「戦災で残った拡声器の残響」など複数の説明が並立した[1]。
一方で、昭和後半にの終夜喫茶で流行した「夜中にラジオをつけると、戦後に取り残された声が聞こえる」という噂が、のちにこの事件へ吸収されたとも考えられている。特に頃、地方紙の読者欄に「真夜中に女の叫びを聞いた」という投書が集まり、そのうちが同一の番組名を挙げていたことが、伝承の定着を助けたとされる[2]。
流布の経緯[編集]
伝承が全国に広まったのは、に刊行された民間伝承集『夜の受信簿』がきっかけであるとされる。同書はのラジオ修理店主・の聞き書きを基に編まれたが、実際には修理依頼のあったの受信機のうちだけが異常音を記録しており、それが誇張されて「叫び」として再話されたという[3]。
さらにに入ると、ブームとともに若年層の間で「真夜中の叫びを録音できた者は、翌朝までに必ず番組表を裏返しておかなければならない」という作法が生まれた。これは半ば冗談として始まったが、やの学生サークルが検証会を開いたため、都市伝説としての権威を帯びたとされる。
噂に見る人物像[編集]
噂の中心にいるのは、局名不詳の「夜勤アナウンサー」である。伝承では、彼は当時、で、終戦直後の混乱により原稿紙ではなく配給袋の裏に台本を書いていたとされる。声は極端に低く、しかし叫びを聞いた直後だけは一切の抑揚を失うとされ、この特徴が「人間ではないものが代読していたのではないか」という疑念を生んだ[2]。
また、番組責任者としてしばしば登場するは、実在の局員に似た架空人物として語られることが多い。彼は放送終了後、機材室で間立ち尽くし、ただ一言「今のは受信ではない」とだけ述べたという。なお、この発言の一次資料は確認されていないが、怪談の語り口としては非常に有名である[1]。
伝承の内容[編集]
最も広く知られる版では、深夜零時ちょうどに芝浦の送信所から、通常の時報に続いて女性の悲鳴が流れ、その後に「まだ終わっていない」という男声が重なったとされる。聞いた者は必ず窓の外の電柱を見上げたくなり、見上げた者のうちが、翌日からラジオの音量をに固定するようになったという[3]。
別の版では、叫びは一つではなく、の短い断続音として記録され、それぞれが「東京」「帰れ」「送れ」とも聞こえたとされる。このため、伝承の研究者の間では、放送事故というよりも、戦後の不安が音声として擬人化されたものではないかとの見方がある。一方で、聞き違いを超えて、同時にからまで似た証言が出たという話もあり、噂の正体をめぐっては現在も議論が続いている[2]。
委細と派生[編集]
録音版の派生[編集]
録音版では、叫びの直前に「ピー」という搬送波音が鳴り、続いて雑音の中から「こちらは…」と聞こえる、という細部が加えられることが多い。これにより、単なる怪音ではなく「誰かが放送を引き継ごうとして失敗した」印象が強まり、愛好家のあいだで再現実験が流行した。なお、の大学祭では、同様の音を作るために古いを並べたが、結果として校内放送まで混線し、学生課が翌週まで謝罪文を掲示したという[4]。
地方版の変異[編集]
では叫びが「鳴き声」に変化し、では「低い唸り」に、では「防空壕の入口で反響する子どもの声」に変わることが知られている。特にの一部では、事件の正体を「凍結した送信塔に宿った声」とする解釈が定着しており、冬季限定でしか現れないとして語られている。こうした変異は、地域ごとの戦後体験の差がそのまま怪談化したものとみられる。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法として最も有名なのは、真夜中にラジオをつけた際、最初の叫びが聞こえたら回だけダイヤルを左に回し、時報の後で再び右へ戻す、という方法である。これは「声を一度だけ受信し、二度目の侵入を防ぐ」ためと説明されるが、実際には受信感度の低下を利用した民間流儀にすぎないとされる[3]。
また、圏には、放送開始時刻の前に湯呑みの水を飲み、ラジオの上に新聞を半分かけておくと叫びが来ないという言い伝えがある。なお、新聞を完全に覆うと逆に「音が内側で育つ」と恐れられたため、あえて半分だけかける点が重要である。この種の作法は、怪異を鎮めるというより、聞く側の不安を儀礼化して管理する機能を果たしていたと考えられている[2]。
社会的影響[編集]
この都市伝説は、の放送技術への不信と、戦後の「見えない声」への恐怖を象徴するものとして語られている。特に後半のラジオブーム時には、深夜番組の人気が高まる一方で、聴取者の間に「事故でなくても何かが混ざるかもしれない」という感覚が広がり、局側は機材点検の報告書を例年より増やしたとされる[4]。
また、には、学校の放送室で同種の噂が再生産され、文化祭の定番企画として「真夜中の叫びを再現する会」が開かれた。これが一部の生徒の間でを招いたため、以後は防災訓練と抱き合わせで実施されるようになったという。結果として、都市伝説でありながら放送設備点検の意識向上に役立ったと評価する声もある[1]。
文化・メディアでの扱い[編集]
の深夜ドラマ『受信不能の夜』では、この怪異が「電波に残った記憶」として描かれ、以後、における放送怪談の定型を作ったとされる。また、の怪談ブームでは、ラジオ番組の特集コーナーでたびたび紹介され、録音テープを持つという匿名投稿が寄せられたが、その多くは後年の加工音源であったとみられる[3]。
近年では、ポッドキャストや動画配信で「再現してはいけない音」として扱われることが多い。とりわけ内の廃局舎を撮影した番組で、壁の中から微かに女声が聞こえたとする回は、視聴者コメント数が通常回のに達した。もっとも、音の正体は隣接ビルの換気ファンであった可能性が高いと注記されている。
脚注[編集]
[1] 伝承上の一次資料とされるが、現存は確認されていない。
[2] 戦後放送史研究会では、複数の証言が後年に統合された可能性を指摘している。
[3] 夜間受信に関する民間資料には、叫びを再現したとする雑録が散見される。
[4] ただし、この再現実験の記録は大学祭実行委員会の回覧紙に限られる。
参考文献[編集]
北村定雄『夜の受信簿』青磁社, 1961年.
山口千鶴『戦後ラジオ怪談の系譜』白樺書房, 1974年.
K. A. Miller, "Nocturnal Scream and Postwar Broadcast Folklore", Journal of Media Mythology, Vol. 12, No. 3, pp. 44-71, 1988.
石川文庫編『深夜送信所の怪異』港北出版, 1992年.
田中律子『電波に宿る声――日本都市伝説再考』東都学術社, 第3巻第2号, pp. 101-126, 2001年.
Harold J. Wainwright, "Ghost Signals in Occupied Cities", The Review of Imaginary Broadcast Studies, Vol. 5, No. 1, pp. 9-33, 2007.
『真夜中の叫びとその周辺』放送文化資料室, 2011年.
佐伯直人『ラジオ怪談大全』霧笛館, 2017年.
M. S. Watanabe, "The Scream That Wasn't There", Proceedings of the Institute of Aural Folklore, Vol. 8, No. 2, pp. 77-95, 2020.
小野寺翠『戦後ノイズ文化史』北辰社, 2022年.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北村定雄『夜の受信簿』青磁社, 1961年.
- ^ 山口千鶴『戦後ラジオ怪談の系譜』白樺書房, 1974年.
- ^ K. A. Miller, "Nocturnal Scream and Postwar Broadcast Folklore", Journal of Media Mythology, Vol. 12, No. 3, pp. 44-71, 1988.
- ^ 石川文庫編『深夜送信所の怪異』港北出版, 1992年.
- ^ 田中律子『電波に宿る声――日本都市伝説再考』東都学術社, 第3巻第2号, pp. 101-126, 2001年.
- ^ Harold J. Wainwright, "Ghost Signals in Occupied Cities", The Review of Imaginary Broadcast Studies, Vol. 5, No. 1, pp. 9-33, 2007.
- ^ 『真夜中の叫びとその周辺』放送文化資料室, 2011年.
- ^ 佐伯直人『ラジオ怪談大全』霧笛館, 2017年.
- ^ M. S. Watanabe, "The Scream That Wasn't There", Proceedings of the Institute of Aural Folklore, Vol. 8, No. 2, pp. 77-95, 2020.
- ^ 小野寺翠『戦後ノイズ文化史』北辰社, 2022年.
外部リンク
- 日本都市伝説資料館
- 戦後放送怪談アーカイブ
- 深夜電波民俗研究会
- 怪異放送年表データベース
- 夜の受信文化センター