4枠4番4番人気4着四位洋文
| 名称 | 4枠4番4番人気4着四位洋文 |
|---|---|
| 読み | よんわくよんばんよんばんにんきよんちゃくしいひろふみ |
| 分類 | 競馬用語、都市伝説、統計俗信 |
| 初出 | 1987年頃とされる |
| 主な舞台 | 阪神競馬場、中山競馬場、京都競馬場 |
| 提唱者 | 関西馬券研究会・第3期会員有志 |
| 関連人物 | 四位洋文、渡辺精一郎、K. L. Morrison |
| 象徴的数値 | 4枠・4番・4番人気・4着 |
| 社会的影響 | 馬券文化、縁起買い、実況メモ |
| 別名 | 四重四号現象 |
4枠4番4番人気4着四位洋文(よんわくよんばんよんばんにんきよんちゃくしいひろふみ)は、における「数字の一致」とを結びつけた観測記録および俗称である。とくにでの中距離戦において、4という数が連鎖した馬券配置を指す言葉として知られている[1]。
概要[編集]
4枠4番4番人気4着四位洋文は、競馬において・・・の四要素がすべて「4」で一致する現象、またはそれを符号化した呼称である。競馬新聞の端欄に手書きで残された走り書きが起源とされ、のちに一部のファンのあいだで「数字が揃いすぎた結果、逆に当たりにくい」とする逆縁起の語として広まった[2]。
名称に含まれる四位洋文は、のちに関係者の談話集において「偶然の一致を競馬文化の記憶装置に変えた人物」と記されたことから、擬似的な人名として定着した。もっとも、実際にはという騎手名と四という数の連鎖が過剰に結合した、半ば呪文のような俗称であるとされる[3]。
成立の経緯[編集]
関西馬券研究会のノート[編集]
1980年代後半、北区の喫茶店で活動していた関西馬券研究会は、馬券の買い目を「数字の対称性」で記録する独自の方式を採用していたとされる。研究会の会計係であった田辺俊介は、1987年6月14日ので、4枠4番の馬が4番人気で4着になったレースをメモ帳に「4→4→4→4」と書き留め、これを後日「四位洋文」と誤読したという逸話が残る[4]。
実況メモからの転写[編集]
当時の関西テレビ系の実況録音を整理していたとされる草野貞子は、同じ日のレース後コメントにおいて、騎手の位置取りを説明する際に「四角で四位」と聞き間違える編集事故があったと証言している。ただし、この証言はとされることも多く、編集史では半ば伝説として扱われている。結果として、数字と人名が混線した書き込みが、のちの「4枠4番4番人気4着四位洋文」という長大な表現に変形した[5]。
四重四号現象の整理[編集]
1993年にはの統計サークルに所属していた渡辺精一郎が、四位洋文を「四重四号現象」の代表例として再整理した。渡辺は、4が4回出現する事象を、配当期待値ではなく「心理的焼き付け効果」の観点から論じ、これが後年の馬券文化研究に影響したとされる。彼のノートには、なぜか4ページごとに赤鉛筆で「4」と記されており、研究会ではこの癖自体が現象の一部とみなされた[6]。
文化的背景[編集]
この用語が受け入れられた背景には、日本の競馬ファンが古くから持っていた「番組表の並びを意味づけする」習慣がある。とりわけでは、枠順、馬番、人気、着順を一つの流れとして語る記述文化が発達し、数字の反復を縁起と結びつける傾向が強かったとされる。
一方で、4という数字は日本語圏において忌避と安定の両義性を持つため、当初は不吉な語として扱う向きもあった。しかし、1990年代に入るとスポーツ紙の予想欄で「4の連鎖」が笑いの種になり、やがて「外したのに印象に残る買い方」として定着した。なお、の売店で売られていた限定パンは、この呼称に便乗して四角い形状を採用したという逸話がある[7]。
社会的影響[編集]
4枠4番4番人気4着四位洋文は、馬券の当落とは別に、競馬ファンのメモ文化を変えたとされる。手帳に「4-4-4-4」と書くと、反省点が視覚的に固定されるため、以後の予想に慎重さが生まれるという心理効果が一部で報告された[8]。
また、や地方紙の観戦記では、同様の一致が起きると「四位が揃う」といった略記が用いられ、これは関係者間で半ば共通語となった。なお、2002年の調査では、関西の競馬ファン1,240人のうち18.7%が「4が4回そろうと買ってしまうことがある」と回答しており、統計学的には有意でないが文化的には極めて強いと評された[9]。
派生と応用[編集]
四位買い[編集]
この語から派生した「四位買い」は、4枠4番を軸に、人気順と着順が一致しそうな馬を意図的に狙う買い方を指す。実際には的中率の向上よりも、買い目の記憶性を重視する方法であり、競馬場の紙吹雪のように散った馬券を後から笑うための作法と見なされている。
四連四録[編集]
一部のマニアは、4が連続したレースのみを集めた私家版データベースを「四連四録」と呼んだ。1998年時点での特定開催から241件が抽出され、そのうち4項目完全一致は17件であったという。ただし、この数字は集計者が途中で眠ってしまい、重複カウントが混ざっている疑いがある。
批判と論争[編集]
この現象に対しては、競馬評論家のK. L. Morrisonが「数の一致を過大評価する典型的な後付け神話である」と批判している。とくに四位洋文という人名要素を付加したことで、実在の騎手名と俗称が混同される危険があると指摘された[10]。
これに対し支持派は、競馬文化はもともと神話的な記憶装置であり、厳密な事実よりも語り継がれる反復こそ重要であると反論した。なお、1999年のシンポジウムでは「4を4回見た者は、5より先に物語を欲しがる」という発言が拍手で迎えられたが、議事録の残し方が雑で、誰の発言かは現在も不明である。
歴史[編集]
1980年代[編集]
1980年代の初期形態では、単なる馬券メモに過ぎなかったが、周辺のファンノートで反復されるうちに固有名詞化した。1987年の秋開催では、場内放送の合間にこの語を記した落とし物が23枚回収され、管理事務所が保存していたことが確認されている。
1990年代[編集]
1990年代は、の見出しと相性がよく、短い欄に詰め込める長文語として愛用された時期である。特に競馬欄の校正担当が、文字数制限を埋めるためにこの語をそのまま流用したことから、紙面上での露出が増えたとされる。
2000年代以降[編集]
2000年代以降は、インターネット掲示板で「4枠4番4番人気4着四位洋文」が定型句化し、レース結果のスクリーンショットとともに投稿されるようになった。投稿の多くは外れ馬券の供養を目的としていたが、後年はミームとして独立し、上ではハッシュタグ化された派生形も確認されている。
脚注[編集]
[1] 競馬俗信研究会編『数字の馬券学』東雲出版、2001年、pp. 44-49。 [2] 田辺俊介「枠順メモと反復記号」『関西馬券文化紀要』Vol. 7, No. 2, 1994年, pp. 13-21。 [3] 鈴木礼子『四位洋文という記号』北摂学術社、1999年、pp. 8-15。 [4] 大阪地方競馬資料館『未整理ノート目録』内部資料、1988年。 [5] 草野貞子「実況誤聴の民俗学」『放送記録と笑い』第12巻第1号、2003年、pp. 101-109。 [6] 渡辺精一郎『四号性統計入門』京都統計研究会、1996年、pp. 2-7。 [7] 阪神競馬場売店組合『限定商品年鑑1989』、pp. 55-56。 [8] 山崎恵美「予想メモの視覚固定効果」『馬券行動研究』Vol. 4, No. 4, 2005年, pp. 77-84。 [9] 関西競馬意識調査委員会『四の心理と買い目』2002年調査報告書、pp. 19-23。 [10] K. L. Morrison, "The Overfitting of Lucky Numbers in Racing Folklore," Journal of Equine Semiotics, Vol. 11, No. 3, 2008, pp. 201-214。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 競馬俗信研究会編『数字の馬券学』東雲出版、2001年。
- ^ 田辺俊介「枠順メモと反復記号」『関西馬券文化紀要』Vol. 7, No. 2, 1994年。
- ^ 鈴木礼子『四位洋文という記号』北摂学術社、1999年。
- ^ 草野貞子「実況誤聴の民俗学」『放送記録と笑い』第12巻第1号、2003年。
- ^ 渡辺精一郎『四号性統計入門』京都統計研究会、1996年。
- ^ 山崎恵美「予想メモの視覚固定効果」『馬券行動研究』Vol. 4, No. 4, 2005年。
- ^ 関西競馬意識調査委員会『四の心理と買い目』調査報告書、2002年。
- ^ K. L. Morrison, "The Overfitting of Lucky Numbers in Racing Folklore," Journal of Equine Semiotics, Vol. 11, No. 3, 2008.
- ^ 阪神競馬場売店組合『限定商品年鑑1989』、1989年。
- ^ 大山直人『日本競馬俗語辞典』白鷺書房、2011年。
外部リンク
- 関西馬券文化アーカイブ
- 四号性研究所
- 競馬記号学データベース
- 阪神場内放送史料室
- 日本競馬俗語年鑑