AAカップ
| 名称 | AAカップ |
|---|---|
| 別名 | 二重A区分 |
| 分野 | 身体計測学・衣料規格 |
| 成立 | 1968年ごろ |
| 提唱者 | 三輪田ユキオ |
| 普及地域 | 日本、韓国、台湾の一部 |
| 主な用途 | 下着のサイズ表記、舞台衣装、健康診断記録 |
| 管理機関 | 日本被服規格協議会 |
AAカップ(えーえーかっぷ)は、を中心に用いられる胸部寸法の区分のひとつで、主としてとの接点で成立した規格である。20世紀後半の「平坦性の可視化」運動に由来するとされ、後に内の既製服工場を経由して一般に普及した[1]。
概要[編集]
AAカップは、カップサイズ表記の中でも極めて小さい部類に属する区分であり、計測上の差分を厳密に可視化するために設けられたとされる。一般には単純なサイズ記号として理解されているが、もともとは40年代の工業製品標準化の流れの中で、縫製誤差を減らすための補助記号として導入されたものである[2]。
この区分は、当初はの外郭団体であるが、国内6社のブラジャー試作データをもとに暫定運用したものだったという。のちに雑誌広告や百貨店の採寸会を通じて広く知られるようになったが、1980年代初頭までは「Aの上にAを重ねる表現は誤記ではないか」と問い合わせが相次いだとされる。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、にあった縫製研究施設「関西肌着試作センター」での内部会議に求められる。主任技師の三輪田ユキオは、既存のAカップでは取りこぼされる微小差分を記録する必要があると主張し、会議資料の余白に「A/A」案を記した。これが略記されてAAとなり、のちにカップ記号として採用されたとされている[3]。
ただし、当時の議事録の一部はの倉庫火災で焼失しており、後年の聞き取りによって補完された経緯がある。そのため、成立の正確な日付についてはとする研究者もいる。
普及[編集]
普及の契機となったのはの百貨店で行われた「春の身体記録展」である。ここで採寸担当者が、客のサイズ感を視覚的に伝えるためにAAカップを口頭で案内したところ、短い言い回しで誤解が少ないとして評判になった。翌年にはの生活情報番組でも取り上げられ、司会者が「Aの次ではなく、Aの奥にある表現」と説明したことで全国に定着したという[4]。
一方で、1970年代後半には一部の下着メーカーがAAを「若年層向け」と誤って宣伝し、から表示改善を求められた。これにより、AAカップは年齢ではなく単なる寸法区分であることが、業界内で繰り返し確認されるようになった。
標準化[編集]
1984年には準拠の民間指針として「JBS-84胸部曲率補助記号表」が策定され、AAカップの定義が数値化された。資料によれば、胸囲差が11.0cm未満かつ装着時の浮き率が6.3%以上である場合にAAを用いるとされ、採寸員の感覚に依存しがちだった従来方式がかなり整理されたという[5]。
ただし、この数値は地域別の工場サンプルを平均化した妥協値であり、とでは同じAAでも着用感が大きく異なるとの報告が残る。これが後年、「AAカップは数値より文化である」とする評論につながった。
分類と運用[編集]
AAカップは、単独で用いられる場合と、AA-AA、AA+、AA-softなどの補助表記を伴う場合がある。とくに舞台衣装の世界では、胸元の立体を抑えつつ肩紐の見え方を安定させる目的で、AA+0.5という非公式単位が使われたことがあるとされ、1989年のの小劇場界隈で流行した[6]。
また、健康診断の記録票においては、AAカップがそのまま医学的所見と誤認されないよう、必ず「衣料参考値」と併記する慣例が生まれた。この運用はの旧式フォームにも影響し、用紙右下に極小の注記欄が追加されたことは、後の事務規格史でたびたび引用されている。
社会的影響[編集]
AAカップの普及は、単に下着の選択肢を増やしただけでなく、身体を「見た目」ではなく「規格の差分」として扱う視点を一般化した点に特徴があるとされる。これにより、百貨店の採寸会や通信販売のカタログは、曖昧な表現を避けて数字中心の説明へと移行し、1980年代末にはの推奨表現にもAAを含む記号体系が組み込まれた[7]。
一方で、AAという表記が「最小」を暗示することから、自己像への影響を懸念する声もあった。1987年にはの家庭科研究会が「サイズ表記は人格評価ではない」とする啓発冊子を配布している。もっとも、同冊子の表紙だけが妙に豪華だったため、むしろAAカップの知名度が上がったとの指摘もある。
批判と論争[編集]
AAカップをめぐる批判で最も多いのは、その定義が工業規格に由来するにもかかわらず、一般社会ではしばしば感覚的な序列として扱われた点である。とくに1990年代には、週刊誌が芸能人の衣装を比較する際にAAを過剰に記号化し、が「記号の娯楽化は本来の趣旨を損なう」と抗議したことが知られている[8]。
また、採寸時の誤差が大きい店舗では、同じ利用者に対してAとAAが混在する事例も報告された。これを受けて、1996年にで開かれた業界会議では「AAを測るのではなく、AAを納得させるべきである」との発言が議事録に残され、のちに名言として引用された。ただし発言者については複数説があり、現存する資料はいずれも署名が薄い。
文化的受容[編集]
AAカップは、ファッション雑誌、舞台衣装、広告コピーなどで独自の文化記号として扱われてきた。1990年代後半の少女漫画では、主人公が試着室でAAを告げられ、なぜか人生観まで揺らす場面が定番化したが、これは実際には下着売り場の採寸手順を誤解した脚本家が量産したものだとされる[9]。
さらに、の老舗呉服店では、和装の胸元を整える補助概念としてAAを借用する独自慣習が生まれ、店内マニュアルに「洋式AA、和式AAは同義ではない」と記された。こうした転用は、AAカップが単なるサイズ表記を超え、身体表現の共通語になっていったことを示している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三輪田ユキオ『胸部規格補助記号の試作史』日本被服規格協会資料集, 1971.
- ^ 佐伯真理子「AA表記の普及と百貨店文化」『被服計測学誌』Vol.12, No.3, pp. 44-61, 1986.
- ^ Howard K. Ellis, “The A/A Notation and Postwar Garment Standardization,” Journal of Apparel Systems, Vol. 8, No. 2, pp. 113-129, 1991.
- ^ 中村志津『採寸員のための記号入門』文化生活社, 1984.
- ^ 渡会圭介「JBS-84胸部曲率補助記号表の成立」『日本規格研究』第5巻第1号, pp. 9-23, 1985.
- ^ Margaret L. Horne, “Microscale Cup Taxonomies in East Asian Retail,” Clothing and Society Review, Vol. 4, No. 1, pp. 2-19, 1994.
- ^ 小山内環『記号としての身体、身体としての記号』新潮選書, 1998.
- ^ 日本被服規格協議会編『AAカップ運用指針 改訂第3版』内部刊, 1996.
- ^ 田辺一樹「AA表示をめぐる消費者苦情の実態」『生活表示研究』第7巻第4号, pp. 88-102, 1992.
- ^ Eleanor V. Rudd, “When Small Becomes Standard: A Cultural History of AA,” Garment Metrics Quarterly, Vol. 19, No. 4, pp. 201-218, 2002.
外部リンク
- 日本被服規格協議会アーカイブ
- 関西肌着試作センター史料室
- 生活表示研究フォーラム
- 百貨店採寸文化データベース
- 胸部規格補助記号保存会