FAXの建築学
| 分野 | 建築工学・通信史・情報設計 |
|---|---|
| 提唱の背景 | オフィスレイアウトの変化と規格争い |
| 中心概念 | 送信距離より「紙の迷路」を設計すること |
| 主な対象 | 執務空間、通信設備室、会議室 |
| 成立時期 | 1980年代後半〜1990年代前半 |
| 関連組織 | 日本建築通信協議会(JATC)など |
| 代表的な指標 | ページ率(%)と再送回数(回/日) |
(ファックスのけんちくがく)は、が紙面を運ぶだけでなく、建築空間の設計思想まで規定するとする建築理論である。とくに、配線・騒音・空調の設計を「送信可能性」の観点から再編する学派として知られている[1]。
概要[編集]
は、建築を「人の居場所」ではなく「情報の通り道」として捉える点に特徴がある。ここでは、廊下の幅や扉の閉まり具合が、最終的に受信品質(欠け・にじみ・遅延)に影響すると説明される。
この学派の成立は、オフィスの自動化が進む過程で、配線図がそのまま建築図面の言語に翻訳されなければならなくなったことに求められるとされる。のちに内の複数の「送信最適化オフィス」で、壁厚・吸音材・照明色温度まで、紙の線の出方に合わせて統一されていったと記録される[2]。
歴史[編集]
前史:紙の“風”が建物を決めた時代[編集]
最初期の研究は、単なる通信技術の追随ではなく、「紙がめくれる方向」まで含めた観察から始まったとされる。1986年、の試験オフィスで、改修前後の会議室における再送回数を、床面積あたり1.7回ずつ記録するプロジェクトが立ち上がったとされる[3]。
当時、研究者のあいだでは“電気”ではなく“紙の風合い”が原因だと疑う声が強かった。送信ヘッドの摩耗が原因ではなく、コピー用紙の保管湿度と、空調ダクトの気流が紙の繊維を立たせ、走査線の見え方を変えるという理屈である。ただしこの説明は一方で、空調担当者から「建築学として成立していない」と反論されたという[4]。
成立:JATCによる“送信距離建築”標準[編集]
1989年、(JATC)が「建築図面に通信指標を併記する」方針を採択し、学派の輪郭が整えられたとされる。採択会議はの旧工学会館で行われ、出席者は公式に137名とされるが、議事録に別添された参加名簿では140名へ訂正されている[5]。
この標準では、階段室の角度、廊下の曲率、の隙間、吸音材の粒径までが、ページ率に関係するパラメータとして列挙された。たとえば「再送回数は、(床から受信機までの)実効距離が10m増えると0.23回/日増えるが、照度が300lxを超えると減衰する」といった一見理系すぎる補正が盛り込まれたとされる[6]。なお、この“300lx”は実験ノートの片隅に手書きで残っており、出典が曖昧だと後年の監査で指摘された。
普及と変種:学会誌が“建物の受信機”を語り始める[編集]
1993年には、が学会誌『建築と送信』を創刊し、建物の平面計画を「情報流体」として描く論文が増えた。具体的には、給湯室の位置が用紙の運搬導線を規定し、結果として“紙詰まり”を減らすという提案が多数寄せられたとされる[7]。
また、FAXは単に送受信の装置にとどまらず、来客動線の演出まで含めて扱われた。たとえばの中堅企業では、応接室にわざと短い廊下を作り、来客が長居しないことで送信待ちの時間を短縮する、といった設計が採用されたと報じられている。これにより社内の“再送恐怖”が下がり、会議室の平均ページ率が96.4%へ改善したとされるが、その測定方法は同時に説明されていない[8]。
理論:送信を支える“建築的条件”[編集]
では、受信品質を「電波」よりも「建築の拘束条件」で決まるとする立場がある。たとえば走査時に生じるムラは、壁面反射だけでなく、床材の摩擦係数、机上の紙置き面の材質、さらに人が立ち上がる際の気圧変化まで因果候補として挙げられる。
中心にあるのは、送信の成功を“見積もる”ための式ではなく、“部屋を組み替えて成功率を上げる”ための設計原則である。具体的には「最短距離」ではなく「最短“迷路”」を選ぶことが推奨されたとされ、配線は一直線で通すのではなく、曲がりを一定のリズムに揃えることが重要だと説明された[9]。
ただし、理論の細部は研究者ごとに差があり、ある系統では「インクのにじみは温度よりも換気量で決まる」とされ、別系統では「換気量より紙の保管“影”が支配する」とされた。ここでいう“影”は比喩であるはずだが、実務では蛍光灯の位置が変更されたという逸話が残っており、比喩がそのまま設計になった例とされる[10]。
実務:送信最適化オフィスの設計手順[編集]
実務の手順は、まずの設置位置を“建物の呼吸点”として決めることから始まるとされる。次に、紙の搬送経路(机からプリンタ、プリンタからFAX、FAXから保管棚)を、歩幅ではなく“曲率”として計測する。ここでの曲率は、曲がり角の内側半径を mm 単位で記録するという、建築らしからぬ細かさが特徴である[11]。
次いで、騒音は回避ではなく制御の対象となった。送信時に発生する装置音は、紙の送り機構の立ち上がりタイミングと同調して“うなり”を作る可能性がある、とされたためである。たとえばの採用事例では、会議室の天井吸音材をメーカー指定品に統一し、残響時間を0.62秒に合わせたとされる[12]。
最後に、現場は必ず「試験送信日」を設定した。試験送信日には、規格表では同一条件であるはずの資料を、あえて10種類に変え、ページ率と再送回数を相関させる。相関の高さは報告書で“架空の係数”として扱われたこともあり、後年の監査では「数式はあるが、説明はない」と批判されている[13]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、理論が通信の物理に対して建築要素を過大評価している点である。特に、FAXの欠けやにじみを建物由来だと断定する論文に対して、通信工学側からは「装置・消耗品の要因が先ではないか」という指摘がなされた。
一方で、やオフィス管理側からは「現場では“部屋を変えると改善する”のだから、理論の粗さは許容される」という反論も多かった。1997年、で行われた共同調査では、改修前に再送回数が平均4.1回/日だったのが、改修後に2.9回/日になったと報告された[14]。ただし同時期にトナーや紙の銘柄も変更されており、因果が建築にあると断言できないという結論が学会誌上で争われたとされる。
また、「送信最適化オフィス」が増えることで、会議文化が変質したという指摘もある。送信が遅れると罰則のように“廊下の歩行速度”を測る制度が導入された企業もあり、その結果として“急いで紙を運ぶ人”が評価され、思考の余白が削られたという証言が残っている[15]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 相沢信義『FAXの建築学—送信距離から紙の迷路へ』白鳳建築出版, 1995.
- ^ Margaret A. Thornton『Paper-Medium Transmission and Architectural Constraints』Journal of Applied Building Telemetry, Vol.12 No.3, 1998, pp.45-67.
- ^ 【日本建築通信協議会】『建築図面併記標準:送信可能性指標の運用』第1版, 建築通信協議会, 1989.
- ^ 田中澄人『再送回数の建築的制御に関する研究』建築と送信, 第5巻第1号, 1993, pp.101-134.
- ^ Luis M. Ortega『Noise as a Transmission Clock: Meeting Rooms and Fax Artifacts』Proceedings of the Symposium on Office Acoustics, Vol.4, 2001, pp.12-29.
- ^ 鈴木千春『残響時間0.6秒時代のオフィス設計』響文社, 1997.
- ^ 大塚義一『配線曲率とページ率の相関(未完)』建築工学年報, 第9巻第2号, 1996, pp.77-92.
- ^ Klaus Bergmann『Humidity, Fiber Uplift, and Scanning Variance』International Review of Office Media, Vol.3 No.2, 1999, pp.201-219.
- ^ 佐伯真琴『建物の呼吸点と受信機の配置』建築通信研究叢書, 2003, pp.3-41.
- ^ JATC編『送信距離建築の実践例集(新装版)—正しく測れない係数の扱い方』建築通信協議会, 2012.
外部リンク
- 建築と送信アーカイブ
- JATC標準文書倉庫
- ページ率計測ログ研究所
- 配線曲率シミュレータ
- 紙の迷路設計講座