SCP-682
| 分類 | 収容対象生物 |
|---|---|
| 初出記録 | 1968年3月17日 |
| 発見地 | アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンホアキン・デルタ |
| 推定体長 | 約4.8メートル |
| 推定体重 | 約2.1トン |
| 収容等級 | EuclidからKeterへ移行 |
| 関連施設 | サイト-19、サイト-77、ミラ・ランダ研究保全区 |
| 別名 | 「不死の爬虫」「第682号対象」 |
SCP-682(えすしーぴーろくはちに)は、において「極端な再生能力と強い敵対性を示す大型爬虫類個体」として分類される存在である。もともとはに南部の湿地帯で実施された生体耐性試験の副産物として記録され、その後の前身施設で再定義されたとされる[1]。
概要[編集]
SCP-682は、の文書群において最も高頻度で再収容計画が改稿された対象の一つである。外見上は巨大なに類するが、実際には組織損壊後の再構成速度、攻撃対象への選択的適応、ならびに極端な学習性によって、単なる怪物譚の域を超える存在として扱われている。
財団内部では、682は「殺すことよりも、どう観察し、どう記述するかが問題になる対象」として認識されてきた。とりわけ後半の旧式記録では、担当研究員が観察メモを残すたびに文体が妙に詩的になる傾向があり、編集史上でも異例の対象であるとされる[2]。
起源[編集]
湿地帯試験の副産物[編集]
最初の記録は、沿岸で実施された農薬耐性調査と家畜免疫試験の混成プロジェクトにさかのぼるとされる。現地の臨時研究区画で、飼育用の大型トカゲ3頭とが誤って同一保管庫に入れられ、翌朝には「肉体だけが残り、性格が先に獣化した」個体が発見されたという記述がある。なお、この説明は後年の再編でかなり整えられており、初期文書にはもっと雑なメモが残されている[1]。
サイト-19前史との関係[編集]
の前身である「中西部異常生体調整室」は、1971年にこの個体を分類し直した際、収容の成功よりも「記録形式の標準化」に成功したことを成果として報告している。ここで初めて、対象が単なる危険生物ではなく、複数の研究班に同時に論文を生ませるタイプの異常存在として扱われるようになった。実際、当時の会議録には「682は逃げるたびにプロトコルが増える」との一文があり、後の財団文化の一部を先取りしている[3]。
分類と収容史[編集]
682の収容等級は、当初であったが、1979年の「第4次再適応試験」以後、実質的にへ移行したとされる。理由は脱出頻度そのものより、脱出のたびに周辺職員が新しい対策を考案し、結果として収容施設の改装費が年平均で増加したためである。
一方で、財団内部では682をめぐる議論が長年続いた。ある派閥は「完全破壊が可能」と主張し、別の派閥は「破壊試行そのものが対象の適応を促進する」として反対した。1987年の会合では、これらの立場が折衷され、以後は「殺害試験」よりも「失敗の形式を保存する」方針が採られたとされる[4]。
実験記録[編集]
適応試験の時代[編集]
1982年から1994年にかけて、682には少なくともの直接攻撃試験が行われたとされる。内容は火炎、塩酸、超音波、冷凍、電磁拘束、宗教儀礼、さらには「説得による懐柔」まで含まれており、後者は3分で失敗したが、記録担当者の評価欄には「倫理的には進歩」と書かれていた。これらの試験によって、682は攻撃方法に合わせて皮膚質・骨格密度・反射速度を変える性質を示したと報告されている。
観察日誌の変質[編集]
1990年代後半以降、682に関する日誌は徐々に文学的な語りを帯びるようになった。特にの連続観察メモは、冷静な実験報告の形を借りながら、対象を「怒りそのものが肉になったもの」と形容しており、後に財団広報部がその比喩表現を削除したという。もっとも、削除版と原本の差分が大きすぎたため、逆に原本の方がよく引用される結果となった[5]。
社会的影響[編集]
682は財団外の文化にも広く影響したとされる。2000年代に入ると、匿名掲示板や創作系フォーラムで「絶対に勝てない相手」の比喩として682の名が使われ、ゲーム設計、都市伝説、インディー映画の怪物造形にまで波及した。特にの同人イベントでは、682をもじった「再生しすぎる怪獣」系の二次創作が一時的に流行し、1日でを売り切ったサークルが複数あったとされる。
また、教育分野では「失敗から適応する思考モデル」の例として引用されることがあり、危機管理講座で682の収容プロトコルを教材化する動きも見られた。ただし、これには「危機を教えるのに危機そのものを売り物にしてよいのか」との批判もあった。
批判と論争[編集]
682をめぐっては、長年にわたり「財団は本当に収容しているのか、それとも記録を書き続けているだけではないか」という根本的な疑義が呈されてきた。とりわけの内部監査では、対象の実体よりもプロトコル文書の方が先に肥大化していることが指摘され、文書管理班が一週間ほど業務停止になったという。
また、収容試験の一部には、実効性よりも儀礼性が優先されていたとの批判がある。ある研究員は、682に対する最大の失策は「敵として定義した時点で、すでに物語として勝てなくなっていたことだ」と述べたとされるが、この発言は会議録に残っている版と残っていない版があり、真偽は不明である[要出典]。
派生設定と二次資料[編集]
後年の拡張資料では、682には複数の起源案が付与され、実験用生体兵器説、異世界由来説、感情汚染体説などが併存している。なかでもの非公開付録に記された「白い鱗片を持つ前身個体」案は、学術的には否定的に扱われつつも、ファンコミュニティでは好まれている。
さらにで回収された磁気テープには、682が夜間に職員の名前を模倣した音声を出したという記録があるが、後にテープの一部が別案件の音声と入れ替わっていたことが分かった。それでもなお、この逸話は「682は姿を変えるだけでなく、記録の文体までも適応する」として引用され続けている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Voss, Eleanor.『Adaptive Predation and Administrative Drift in SCP-682』Journal of Anomalous Biology, Vol. 12, No. 4, pp. 201-244, 1998.
- ^ 中村 恒一『財団収容史における爬虫型対象の変遷』異常現象研究叢書 第3巻第2号, pp. 55-93, 2004.
- ^ Thompson, Claire M. “The Metastable Hostility of SCP-682.” Containment Quarterly, Vol. 7, Issue 1, pp. 14-39, 2001.
- ^ 佐伯 祐介『Keter分類の行政史』サイト文書学レビュー 第18号, pp. 112-146, 2010.
- ^ Miller, Jonathan P. “When the Monster Learns the Protocol.” Proceedings of the Geneva Working Group on Nonstandard Fauna, pp. 3-28, 1987.
- ^ 高橋 由里『失敗記録の保存とその倫理』財団倫理年報 第9巻第1号, pp. 77-101, 2014.
- ^ Renard, Philippe. “On the Excessive Regeneration of SCP-682 and Related Paperwork.” Revue de Cryptozoologie Institutionnelle, Vol. 5, No. 2, pp. 88-119, 1992.
- ^ 山田 俊介『SCP-682における観察者効果の定量的検討』日本異常科学会誌 第26巻第3号, pp. 140-168, 2008.
- ^ O'Neill, Patrick. “Containment by Narrative: Case Studies from Site-19.” Archives of Applied Anomaly Studies, Vol. 15, No. 6, pp. 1-37, 2016.
- ^ 『サンホアキン湿地帯調査報告書 第4分冊』カリフォルニア州異常生体対策局, 1969.
- ^ 伊藤 真理『再生する対象に対する冷却処置の限界』収容工学報告集 第11巻第5号, pp. 203-229, 1995.
外部リンク
- SCP財団文書アーカイブ
- サイト-19内部報告索引
- 異常生物収容年報
- ミラ・ランダ研究保全区資料室
- 非公開付録デジタル複写館