SPLAB fighting entertainment
| 名称 | SPLAB fighting entertainment |
|---|---|
| 発祥 | 東京都江東区・湾岸再開発地域 |
| 成立 | 1988年頃 |
| 提唱者 | 佐伯ラモン一郎、北村スージー、SPLAB編集室 |
| 主な会場 | 晴海展示倉庫、下北沢アリーナ跡地、横浜港外貨倉庫 |
| 特徴 | 格闘、演劇、即興音響、観客投票 |
| 全盛期 | 1992年 - 1997年 |
| 関連機材 | 可搬式リング、三面スクリーン、低周波照明 |
| 後継形式 | ニュー・コンバット・シアター |
SPLAB fighting entertainment(エスピーラボ・ファイティング・エンターテインメント)は、を拠点に発展した、実験的な演出と観客参加型の舞台装置を融合した興行形式である。末から前半にかけて、テレビ局の深夜枠と倉庫型ライブハウスの文化が交差する中で成立したとされる[1]。
概要[編集]
SPLAB fighting entertainmentは、単なる格闘技興行ではなく、試合の進行そのものを演出として再構成した複合興行である。公式資料では「対戦の勝敗より、対戦の意味づけを観客が共同制作する場」と定義されているが、この説明が定着したのは後年のによる再評価以後である。
名称中のSPLABは、当初はの略とされたが、のちにを自称するようになった経緯があり、初期資料ごとに解釈が異なる。なお、創成期のパンフレットには「実験失敗を楽しむ興行」とのコピーが記されており、現在でも関係者の間で半ば伝説化している[2]。
成立の背景[編集]
倉庫街と深夜番組[編集]
起源はので行われた、小規模な公開実験に求められるとされる。当時、湾岸部の空き倉庫では輸入家具の荷揚げが減少し、余剰空間を利用した映像撮影や音響テストが増えていた。SPLABの初期メンバーは、この空間を「身体が響く箱」と呼び、格闘と照明の干渉を検証したという。
同時期、系の深夜バラエティとのスポーツ中継再編集番組が流行しており、編集された暴力表現への関心が高まっていた。これを受け、SPLABは「生身の衝突を、編集済みのように見せる」ことを目的に掲げたとされる。実際には、観客の視線誘導のためにわざと遅延のあるモニターを用いたことが、後のスタイル形成に大きく寄与した[3]。
提唱者たち[編集]
中心人物は、元舞台装置設計者のと、フリー演出家のである。佐伯はの工業高校で機械科を出たのち、で回転舞台の保守に従事していたとされ、北村はの小劇場で観客の罵声を「演出資源」と見なす独自の思想を持っていた。
両者は、知人の紹介での展示倉庫を借り、試験興行を5回実施した。第3回公演では、観客投票装置の誤作動により、勝敗が3度ひっくり返る事故が起きたが、逆に「審判が舞台である」という方針が固まったという。なお、当日の入場者は127名と記録されているが、関係者の証言では実際には90名程度だったとする説もある[4]。
特徴[編集]
試合よりも進行が重要であること[編集]
SPLABの最大の特徴は、選手同士の対戦が固定台本に基づくのではなく、一定の制約だけを与えられた即興で進行する点にある。たとえば「3分以内に相手の背後にある字幕を読ませる」「リング内で1回だけ機材係に相談できる」といった不可解なルールが設定され、勝敗は技術点、観客反応点、照明保持点の合算で決定された。
この方式はから導入された「三要素採点法」によって体系化され、興行評論家のは「競技であると同時に、観客の理解力を試す教育装置でもある」と評した。もっとも、実際の観客の多くは採点表を見ておらず、歓声の大きさだけで優劣を判断していたとされる。
三面スクリーンと低周波照明[編集]
舞台装置としては、正面・左右の三面スクリーンが特徴的である。これにより、選手の現在位置と過去30秒の動きを同時表示することが可能とされ、観客は「未来の打撃を先に見た気分になる」と述べたという。また、会場天井には低周波照明が仕込まれ、打撃音に合わせて明滅する仕組みが採用された。
ただし、低周波照明は電圧変動に弱く、での公演では一部の照明が観客の拍手に反応して勝手に減光する事故が起きた。この事故を機に、SPLABは「拍手が多いと会場が沈む」という逆説的演出を看板に据え、のちのファン層拡大に結びついた[5]。
観客参加の仕組み[編集]
観客は入場時に紙製の「判断札」を受け取り、第2ラウンド終了時に赤・青・灰のいずれかを掲げて採点に参加した。灰札は「判断保留」を意味し、一定数を超えると両選手が同時に再入場する特別演目が追加された。制度導入後、平均公演時間は42分から58分に伸びたとされるが、これは途中で判断に迷う観客が増えたためである。
にはの仮設会場で、全体の31%が灰札を掲げたことから、興行史上初の「無勝者回」が記録された。この回では、勝者不在を祝して司会がひとりでリング上を3周した映像が残っており、後年のプロモーション素材として頻繁に使われた。
黄金期[編集]
SPLAB fighting entertainmentの黄金期はから頃とされる。この時期、やの臨時会場を中心に年間24〜38公演が行われ、地方紙の夕刊文化面でも取り上げられるようになった。特にの「湾岸決勝シリーズ」は、3日間で延べ4,800人を動員し、関係者の誰も想定していなかったほどの反響を呼んだ。
人気の拡大には、会場ごとに異なる「地域ルール」が功を奏したとされる。たとえばでは床を滑りやすくする規定が、では開始前に司会が必ず労働歌を1節歌う規定が採用され、これが土地柄と結びついて独自の熱狂を生んだ。また、海外メディアの一部はこれを「日本式ライブ・コンバット」と誤訳し、かえって神秘性を高めたという[6]。
批判と論争[編集]
一方で、SPLABには過度な演出依存への批判も多かった。とりわけの公演で、演出用スモークが過剰に噴出し、対戦者の姿が終盤まで見えなくなった事件は有名である。この回は「見えない格闘」として伝説化したが、当時の記録映像では単に機材管理が不十分だった可能性も指摘されている。
また、興行倫理をめぐっては、未成年の観客にまで「判断札」を配布したこと、そして勝敗決定後に敗者へ即座にアンコールを強いる慣行が問題視された。文化評論家のは、SPLABを「参加型民主主義を装った感情労働の見本市」と批判したが、逆にその言葉がファンの間で合言葉のように使われるようになった。なお、の一部区では、深夜公演に関する騒音届出の様式がSPLAB向けに改訂されたとする証言があるが、公式記録は確認されていない[7]。
衰退と継承[編集]
以降、会場費の高騰とテレビ放送枠の縮小により、SPLABは徐々に縮小した。さらに、観客参加型の仕組みがスマートフォン投票に代替され始めたことで、紙の判断札に象徴される独特の遅さが失われたといわれる。最終的にの公演をもって定期興行は終了したが、その後も同名のワークショップや展示企画が断続的に行われた。
継承面では、周辺の演出家集団や、地下格闘イベントの運営者に影響を与えたとされる。特に「試合を勝敗で閉じず、観客の解釈で開く」という発想は、後の体験型演劇や拡張現実イベントに受け継がれた。もっとも、SPLAB側の元スタッフは「現代の追随者は音量だけを真似ている」と不満を述べていた。
社会的影響[編集]
SPLABは、格闘技・演劇・テレビ演出の境界を曖昧にした点で、1990年代日本のポストバブル文化を象徴する現象として扱われている。地方都市の商店街イベントや企業の新製品発表会にも「SPLAB風」の演出が取り入れられ、発表時に対戦形式を用いる慣行が一時期流行した。
また、業界用語として「ラボる」(本来は試験興行を行う意)、「灰札化」(結論を保留したまま熱量だけが高まる状態)などの派生語が生まれたとされる。これらは一部の制作会社で今も俗語として残るが、語源を知る者は少ない。なお、にの地域芸能調査で短く言及された際、担当者がSPLABを伝統武芸の一種と誤認したという逸話が残っている[8]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯ラモン一郎『湾岸倉庫の身体論』晴海出版, 1994.
- ^ 北村スージー『観客は審判である』新宿文化社, 1996.
- ^ 牧野源太「三要素採点法の成立」『現代興行研究』Vol. 12, No. 3, 1998, pp. 44-61.
- ^ Terajima, K. “Participatory Violence and Urban Night Culture.” Journal of Japanese Performance Studies, Vol. 8, No. 2, 2001, pp. 115-139.
- ^ 小林和真『東京湾岸の倉庫芸能史』港湾学術会, 2003.
- ^ S. Inoue “The SPLAB Aesthetic and Broadcast Delay.” Asian Media Quarterly, Vol. 5, No. 4, 2006, pp. 9-27.
- ^ 寺島和恵『参加型暴力の倫理』青弓社, 2007.
- ^ 文化庁地域芸能調査室編『平成二十三年度 地域芸能報告書』文化庁, 2012.
- ^ 荒木慎也「灰札回の再評価」『演出と機材』第4巻第1号, 2015, pp. 78-84.
- ^ Margaret L. Thornwood “Why the Audience Chose Gray.” Entertainment Systems Review, Vol. 19, No. 1, 2019, pp. 201-219.
- ^ 北村スージー『SPLAB戦記: 低周波照明の夜』下北文庫, 2021.
外部リンク
- SPLABアーカイブセンター
- 湾岸興行史デジタルミュージアム
- 観客判断札保存会
- 東京即興演出研究所
- 日本深夜舞台協会