+50円で豚汁に変更できます
| 用語種別 | 追加料金表示 |
|---|---|
| 主な用途 | 定食・学食・社員食堂 |
| 初出 | 1978年ごろ |
| 発祥地 | 東京都足立区周辺 |
| 代表的料金 | +50円 |
| 関連制度 | 汁物格上げ制度 |
| 派生表現 | +80円で豚汁大盛りに変更できます |
| 影響 | 食券デザイン、レジ音声、昼食満足度調査 |
+50円で豚汁に変更できます(プラスごじゅうえんでとんじるにへんこうできます)は、の外食業界および学食文化において用いられる追加料金表示の一種で、定食の汁物をに差し替える際の定型文句である。元来は後期の地方で始まった「汁物格上げ制度」に由来するとされ、のちに券売機文化と結びついて全国に広まった[1]。
概要[編集]
「+50円で豚汁に変更できます」は、定食の標準的な汁物をからへ差し替える際に掲示される案内文である。表面的には単なる追加オプションの表示であるが、外食産業史では「安価に満足感を増幅させる装置」として扱われてきた。
この表示は、内の大衆食堂で先に定着し、のちにの港湾食堂、の工場地帯の社員食堂へ波及したとされる。とくにの普及と結びついたことで、客は金額を見た瞬間に豚肉の脂、根菜、湯気の厚みを想像できるようになったという[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、の定食店「とみや食堂」における昼定食の改定案にさかのぼるとされる。店主の富屋兼市は、原価高騰で汁物を薄くするか、あるいは少額加算で具材を増やすかを悩み、常連のトラック運転手から「五十円なら納得する」と言われたことを採用したという。
当初の掲示は「みそ汁→豚汁 +50円」であったが、にが配布した標準POPの影響で、より丁寧な「+50円で豚汁に変更できます」へ改められた。なお、同組合の内部資料には「豚汁は客の午後の集中力を17%改善する」との記述があるが、根拠は不明である[3]。
券売機時代[編集]
後半になると、沿線の駅前食堂や学食で自動券売機が導入され、この文句はメニュー名として独立しはじめた。食券の限られた文字数に対応するため、店側は「汁」を省略して「豚汁変更」や「豚汁差替」といった短縮表記を試みたが、利用者の満足感が低下したため、最終的に「+50円」の記号性が残ったとされる。
この時期、の券売機メーカーが試験的に導入した音声案内では、女性音声が「ぷらすごじゅうえんで…」と読み上げた後、なぜか三秒だけ間が空き、次の瞬間に味噌の香りを想起させる低音が追加された。開発メモには「食欲誘導のため」とあるが、実際にはスピーカーの不具合だったともいわれる。
全国普及[編集]
に入ると、型の定食業態や大学生協の一部で類似の表示が採用され、表示文は「+50円で豚汁に変更できます」へほぼ統一された。背景には、定食価格を上げずに体感価値を上げる「見かけ上の格差縮小政策」があり、物価上昇局面においても客離れを防げると評価された。
にはが、追加料金表示の読みやすさを検証する調査で、この文句が最もクリック率、ではなく「注文率」を押し上げたと報告した[4]。もっとも、調査票の自由記述欄には「豚汁という字面だけで勝っている」「+50円が一番ちょうどいい」といった感想が多数を占め、学術的には解釈が難しい結果であった。
制度と文化[編集]
この表示が広まった背景には、特有の「少額加算による納得」の感覚があるとされる。+30円では具材不足、+100円では躊躇が生まれるが、+50円は心理的に「まあいける」と判断されやすい、という民間統計が飲食業界で共有されてきた。
また、豚汁は単なる汁物ではなく、地域によっては「実質的な副菜」とみなされることがある。とりわけやの食堂では、里芋・ごぼう・こんにゃくの量が増えるにつれて、客が小鉢のご飯を豚汁へ投入する行動が観察され、これを「逆かけ込み」と呼ぶ店もあった。
表示文の変遷[編集]
初期の表示は、手書きの短冊に「豚汁 +50」と書かれただけの簡素なものであった。やがての看板職人が「変更できます」という語尾を加えたところ、注文の圧迫感が和らぎ、女性客と高齢客の注文率が上昇したとされる。
一方で、過剰に丁寧な「+50円で豚汁へ変更を賜れます」は、かえって高級感を生み、の一部店舗では「そんなに丁寧なら+50円以上の価値がある」との理由で通常より多く支払う客が出た。これが後のの先駆けになったという説もある[5]。
社会的影響[編集]
この文句は、外食の満足度を数十円単位で設計する思考様式を広めた点で重要である。企業の社員食堂では、昼食の不満を抑えるため、豚汁化に加えて「ねぎ増量」「豆腐二切れ追加」などの小技が併設され、結果として食堂運営が半ば研究開発部門のようになった。
なお、のでは、「+50円で豚汁に変更できます」と明示している店舗は、単なる値引き訴求よりも従業員の午後の会議での発言回数が平均0.7回多いと報告された。もっとも、これは豚汁による血糖値の安定ではなく、注文時の幸福感によるものと推定されている。
批判と論争[編集]
批判としては、同じ50円でも店舗ごとの具材差が大きすぎる点が挙げられる。ある店では豚肉が三枚入るのに対し、別の店では豚こまが七粒しか見当たらないことがあり、消費者団体は「表示の同一性が実質を伴っていない」として問題視した。
また、の一部食堂では「変更できます」という表現が客に選択責任を負わせすぎるとして、あえて「おすすめです」に改めた店舗もある。これに対し、古参客からは「豚汁は変更ではなく救済である」との反発が起き、数週間にわたり券売機前で議論が続いたという[6]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 富屋兼市『定食屋の湯気と数字』東都食文化出版, 1984.
- ^ 日本フードサービス表示研究会『追加料金表示と満足度の相関』外食経済評論 Vol.12, No.3, 2003, pp. 41-58.
- ^ 杉浦和彦『券売機と日本人の決断速度』中央流通研究所, 1997.
- ^ M. H. Kato, "The Affective Economics of Pork Miso Soup Upgrades," Journal of Culinary Systems Vol.7, No.2, 2010, pp. 88-104.
- ^ 東京都中小飲食業協同組合『標準POP文例集 昭和56年度版』内部資料, 1981.
- ^ 田島みどり『学食の社会学—昼食の50円はなぜ強いか』北斗社, 2012.
- ^ A. Tanaka and R. White, "Menu Language and Perceived Value in Japanese Casual Dining," Food Service Studies Review Vol.19, No.1, 2015, pp. 12-29.
- ^ 首都圏昼食文化研究会『首都圏昼食白書2011』月刊ランチ統計 第44巻第8号, 2011, pp. 3-27.
- ^ 神保町食文化資料室『変更できます表現史』資料叢書, 2008.
- ^ 河合一郎『+50円の心理学—安価な上昇がもたらす安心感』商業心理学会誌 Vol.5, No.4, 2018, pp. 201-219.
外部リンク
- 日本汁物表示史研究会
- 首都圏食堂POPアーカイブ
- 券売機文言保存委員会
- 定食語彙データベース
- 昼食価格心理研究センター