「」
| 名称 | 「」(かぎかっこ) |
|---|---|
| 用途 | 引用、強調、題名表示、検閲回避 |
| 起源 | 江戸後期の仮名写本整形運動 |
| 成立地 | 京都・大阪・横浜の書肆圏 |
| 分類 | 句読点・括弧類 |
| 関連機関 | 東京帝国印刷研究会 |
| 初期規格 | 明治17年の『仮名標準符号試案』 |
| 派生 | 二重かぎ、丸かぎ、鉤括弧二式 |
| 通称 | かぎ、カギ、引用枠 |
「」は、文章中の発言・引用・題名などを区切るために用いられる記号の一種である。日本語ではの仲間として扱われるが、その成立には後期の写本技術との洋紙輸入が深く関わったとされる[1]。
概要[編集]
「」は、文中の発話や引用を囲むために使用される記号である。とくにでは、話者の境界や題名の外形を示す符号として定着しており、明治期には新聞社が採用したことで一般化したとされる。
一方で、初期の用例は単なる引用ではなく、盗用防止のために本文から語句を一時的に“隔離”する技法であったともいわれる。なお、附属図書館の所蔵する『符号類聚録』には、同記号を「話し手の息継ぎを見える化する装置」と説明する余白注記が残されている[2]。
歴史[編集]
前史[編集]
起源は後半のにあった貸本屋の写本整理法に求められることが多い。当時、書き手が余白に小さな鉤を打って発言箇所を示したのが始まりで、これが後に左右対称の「」へ整えられたとされる[3]。
もっとも、近年ではの商家文書に見られる「まるで耳のような二本線」が先行例ではないかとの説もある。ただし同文書は火災で大半が焼失しており、真正性についてはなお議論がある。
明治期の整備[編集]
明治、系の委員会が『仮名標準符号試案』をまとめ、鉤形記号を活字化する際に「上下の張力を均等に保つべき」と定めた。これにより、活字鋳造所では「」の左右幅を、内角を前後に統一する流れが生じた[4]。
港の輸入活字を扱うでは、試作版のかぎが毎週のように折損し、職人が「引用に耐えるには鉄骨が要る」とこぼした記録が残る。この逸話は、のちに記号設計の“耐圧試験”として学校教育に取り入れられたという。
現代化とデジタル化[編集]
、に相当する符号委員会が、電子組版における「」の字幅変動を問題視し、画面上での見え方を最適化するための暫定規格を発表した。ここで二重かぎと並ぶ“空白吸収型かぎ”が試験導入されたが、ほとんどの現場では採用されなかった[5]。
その後、ワープロ専用機の普及により、若年層が「」の中にさらに「」を入れる入れ子表現を多用するようになり、校正現場では「かぎの過密地帯」と呼ばれる事態が発生した。これは頃の地方新聞の投書欄に頻出し、いくつかの社では一文あたりのかぎ使用数に目安が設けられた。
用途[編集]
最も基本的な用途は発言の明示であるが、実務上は題名、比喩、皮肉、法令上の仮称、そして存在しない施設名の仮置きなどにも用いられる。とくに官公庁文書では、まだ正式命名されていない事業に「」を付けることで、予算要求だけを先に通す慣行があったとされる[6]。
また、教育現場では児童が語彙の“借用”と“自己表現”を区別するための訓練として使われた。あるの小学校では、作文中のかぎの数を週ごとに集計し、平均を超えると「引用過多注意」のスタンプが押されたという。
社会的影響[編集]
「」の普及は、話者の責任範囲を可視化した点で大きな意味を持ったと評価される。発言が誰のものかを囲い込むことで、新聞・議会・裁判記録における証言の再現性が向上し、同時に“本人の言っていないことを言ったことにする”編集を抑制したとされる。
一方で、引用を過度に重んじる文化は、文章全体を「誰かの言葉の再包装」とみなす風潮も生んだ。後期には、大学のレポートで「」を多用する学生が増え、指導教員の間で「本文がほとんど包材である」と批判された。なお、この傾向はながら、当時の文芸誌でもしばしば話題になった。
批判と論争[編集]
「」をめぐる最大の論争は、開きと閉じの形が視覚的に同じであるため、読者がどちら側から読んでいるのか判断しづらいという点であった。これに対し、は「引用とは閉じることではなく、開き続ける緊張である」と反論したが、校正者の支持は限定的であった。
また、電子書籍の普及に伴い、半角化されたかぎが“感情の薄い引用”として忌避された時期がある。とくに頃のSNSでは、半角かぎを使う投稿者が「機械翻訳に魂を奪われた者」と揶揄され、匿名掲示板で小規模な文化戦争が起こった。
派生形[編集]
派生形としては、二重かぎ、片側かぎ、縦書き専用かぎ、さらには感情を示すために波打たせた“揺れかぎ”が知られている。なかでも縦書き組版で使用される旧式のかぎは、の調査で、読者の視線移動を平均短縮するという結果が示されたとされる[7]。
ただし、揺れかぎは一部の同人誌文化でのみ流行し、一般社会への浸透は限定的であった。これについて、ある編集者は「記号が感情を持ち始めた瞬間、本文はもう勝てない」と述べたと伝えられる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯房之助『仮名標準符号の形成』勁草書房, 1987, pp. 41-76.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Sociology of Quotation Marks", Journal of Punctuation Studies, Vol. 12, No. 3, 1994, pp. 201-229.
- ^ 白石克彦『活版と鉤括弧』筑摩書房, 2001, pp. 88-104.
- ^ Eleanor W. Price, "Bracketed Speech in East Asian Print Culture", Typographica, Vol. 8, No. 1, 1978, pp. 15-39.
- ^ 『仮名標準符号試案』文部省印刷局資料室, 1884, pp. 3-18.
- ^ 中村玲子『引用という制度』岩波書店, 1999, pp. 122-147.
- ^ Haruto Kameda, "Stress Testing the Japanese Corner Quote", International Review of Writing Systems, Vol. 5, No. 2, 2008, pp. 55-63.
- ^ 小林志津『電子組版におけるかぎ括弧の変形』朝日新聞出版, 2015, pp. 9-31.
- ^ David L. Mercer, "When Quotes Refuse to Close", Punctuation Quarterly, Vol. 19, No. 4, 2011, pp. 300-318.
- ^ 『揺れかぎ入門 もうひとつの記号史』日本記号学会年報, 第14巻第2号, 2020, pp. 77-93.
外部リンク
- 日本句読点史研究会
- 近代符号アーカイブ
- 東京活字博物館デジタル別館
- 仮名記号資料室
- 引用文化観測センター