あっちこっち
| タイトル | 『あっちこっち』 |
|---|---|
| ジャンル | 架空の群像“迷子”ギャグ(導線パズル型コメディ) |
| 作者 | 松下ツタヱ |
| 出版社 | 海風出版社 |
| 掲載誌 | 月刊ぐるぐる旅団 |
| レーベル | 迷子学園コミックス |
| 連載期間 | 〜 |
| 巻数 | 全11巻 |
| 話数 | 全128話(特別号含む) |
『あっちこっち』(あっちこっち)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『あっちこっち』は、日常の“方向”が原因で起きる、やたらと理屈っぽいドタバタを描いた漫画として位置づけられる。作中では登場人物が同じ場所にいるのに、なぜか視界だけがズレていく演出が繰り返され、読者は気づかぬうちに「迷子」の感覚を共有させられることになる。
本作は、語感としての「あっちこっち」を単なる方角の掛け声ではなく、を揺さぶる“装置”のように扱う点で特徴的とされる。なお、作者は後年のインタビューで「言葉が人を移動させるなら、方向は呪文だろう」と語っており、この解釈が連載初期の読者層を拡大させたとされる[1]。
制作背景[編集]
「あっちこっち」が生まれる前の、方向税の発想[編集]
制作の発端は、作者の松下ツタヱがの社内勉強会で聞いた“方向税”の怪談だとされる。これは、戦後間もないが、地図の読み間違いによる事故を減らす目的で「口頭での方角申告」に課税したという設定に基づく。松下はこれを「言葉のインフラ化」の比喩として漫画化し、方向を表す擬音を毎話“検定”する構造を考案した[2]。
また、初期プロットでは「あっち」か「こっち」かの二択ではなく、二十七段階の“視界角度”が存在する設定になっていた。編集部が「読者が理解できない」と懸念したため、最終的には“迷子ポイント”として換算する形で落とし込まれたとされる。迷子ポイントは、登場人物の台詞数・効果音の回数・コマの斜線密度から算出される、という妙に細かいルールが社内で作られたという[3]。
編集部の「矛盾を商品にする」方針[編集]
連載開始当初、編集部は本作の最大の売りを“整合性の崩壊”に置く方針を採ったとされる。具体的には、同じ場所の描写でも、前話では左から右に光が差していたのに、次話では逆になる、といった矛盾を意図的に残す。読者が「待って、ここ同じだよね?」と考える時間が、作品の滞在時間(単位:ページ)として設計されたのである。
この方針には、視聴者参加型の企画も結びついた。たとえば、読者が回答する“次回の光の向き予報”は、連載第3話の投稿コーナーから始まり、締切後2週間で集計され、結果が巻末に掲載された。集計数は毎回約前後に達し、当時の投稿比率としては異例だったとされる[4]。
あらすじ(〇〇編ごとにsubsection)[編集]
第一編:入口はいつも二つ[編集]
舞台のでは、同じ建物に“入口A”と“入口B”が存在する。主人公のは、毎朝同じ道を通っているのに、気づけば別の入口へ通されている。彼女が「あっちこっち」とつぶやくと、街の案内板が“言い直し”を要求するように動き、看板の矢印が数ミリ単位で揺れる演出が入る。
この編では、まだ方向のルールが曖昧で、モモが迷子ポイントを誤って算出し、駅の改札でに追い込まれる回が話題になった。ちなみに当該回の作中計算では、迷子ポイントがに達すると“言葉が喋り返す”とされるが、編集部は当初この小数点を削ろうとして却下されたという[5]。
第二編:言葉の予算を食う影[編集]
第二編では、影のような存在が登場する。影は人の発話を“借用”し、代わりに別の方向の言葉を戻す。たとえば、誰かが「こっちだよ」と言うと、その直後に別の人物が「いや、あっちだ」と訂正する“無限会話ループ”が発生する。
モモは影の正体を追ううち、方向税の記録が保管されているという地下書庫へ向かうことになる。そこでは、方向を告げるたびに削られる“言葉の予算”が金庫に換算されており、記録上の残額がのように細かく記されている。読者の間では「9,800円って何円分だよ」と議論になり、作者が後の単行本で“換算係数”を説明する手紙を挟んだとされる[6]。
第三編:あっちこっち検定、開始[編集]
第三編では、学校対抗の“あっちこっち検定”が始まる。試験は筆記ではなく、校内を一周しながら方向の自己申告を行う方式で、申告のタイミングがズレると、廊下が勝手に分岐する。モモはの転入生として参加し、先生のから「迷子は不正解ではない、運搬である」と諭される。
この編の見どころは、点数が“正確さ”ではなく“反省速度”で決まる設定である。反省速度が規定値を下回ると、答案が紙ではなく“うっかり地図”に変わり、しかもその地図が現実と連動する。読者投稿では、このギミックが“携帯地図アプリ疲労”の解消に役立つのでは、という皮肉とも取れる共感が集まったとされる[7]。
登場人物[編集]
は、口癖として「あっちこっち」を使う主人公である。彼女は迷子になりやすいだけでなく、迷子の“原因を探す癖”が強いとされる。原因究明の途中で方向を言い直すと不具合が直ることが多いが、直しすぎると逆に世界が滑稽に過剰反応する。
は、迷子学園の学級担任であり、言葉の安全管理を職務とする。作中で「方向は感情に比例する」と主張するが、その根拠はどこにも書かれていない。読者はこの“根拠のなさ”を笑いとしながらも、なぜか深く刺さるとしてファンアートが増えたとされる[8]。
の管理官は、検閲に似た運用を行う。彼は優しい顔をしているが、書庫の閲覧許可が“あっちこっちの頻度”で決まる。結果として、モモは許可を得るためにわざと迷子の頻度を上げることになり、同情と笑いが同居した展開として評価された。
用語・世界観[編集]
本作の世界観では、方向とは単なる位置情報ではなくとして扱われる。作中で「あっち」が発せられると、視界角のゼロ点がずれ、会話の相手が“自分の場所”を疑い始める。逆に「こっち」で戻ることができるが、戻しすぎると“戻ったはずの距離”が残骸としてコマの端に残る演出が入る。
また、方向のズレを計測する概念としてがある。これは、会話中の「だから」「でも」「たぶん」などの助詞比率と、効果音(特にと)の出現率から算出されるとされる。編集部の資料では、迷子ポイントが臨界であるとされ、臨界を超えると“物体が言い訳をする”現象が発生する(第3巻収録の実例が代表例とされる)[9]。
さらに、街全体が規定された“導線パズル”である点も特徴的である。たとえばの横断歩道は、渡る前に一度だけ立ち止まり、息を吸ってから「あっちこっち」と言うと、最短ルートに収束する仕様になっている。この仕様は「市民の生活を支える理性」として語られる一方で、観光客は即座に試して迷ってしまい、結果的に迷子が観光商品化したという批評もあった[10]。
書誌情報[編集]
本作はのレーベルで刊行された。連載は『』においてからまで行われ、単行本は全11巻構成とされる。
累計発行部数は、連載終了から2年後にを突破したとされる。特に“第三編”が始まった時期に購買層が拡大し、読者が“次回の光の向き予報”をSNSで共有した結果、検索語として「あっちこっち 検定」が急増したという。なお、初版帯のキャッチコピーには「迷子は正義」を掲げる誤植があり、のちに公式訂正版が配布されたという[11]。
各巻末には、作中用語の換算表が“真面目に”掲載されるのが慣例となった。ここでは迷子ポイントの算出式が一部伏せられるが、読者は自力推定に挑み、当時の計算コミュニティで盛り上がったとされる。
メディア展開[編集]
テレビアニメ化は春の枠で決定し、制作はが担当したとされる。アニメ版では、方向のズレが色相の変化として視覚化され、特定のセリフ(「あっちこっち」)の直後に背景色が遷移する演出が採用された。
また、メディアミックスとして、アニメ放送と同時に“あっちこっち検定”の公式アプリが配信されたとされる。アプリは位置情報を使わず、代わりに端末の加速度センサーで“歩いたつもり”を判定する仕様で、皮肉なことに移動が少ないほど高得点になるという奇妙さが話題になった[12]。
さらに、ラジオドラマではの管理官が独白する回が特に人気を博し、ファンは「優しい顔で検閲する声」として記憶した。これらの展開が、原作漫画の“言葉の現象性”をより強く認知させたとされる。
反響・評価[編集]
作品は社会現象となったとされ、書店の平積みで「迷子の仕掛けつき栞(しおり)」が配布されたという。栞には薄いフィルムが挟まれており、傾けると矢印が逆方向に見える仕様になっていたとされる。読者の反応としては「漫画で迷子になるのに気づくのが気持ちいい」という声が多く、作品の体験設計が支持された。
一方で批判としては、「あっちこっちは便利な免罪符に過ぎない」とする意見もあり、言葉の責任を軽く扱う点が議論された。また、作者の“方向税”を連想させる比喩が、現実の規制に重なるのではないかという懸念が出たとされる。ただし作中では明確な規制主体が描かれず、読者はどこかで救われたと受け止めるケースも多かった[13]。
評価面では、ギャグのテンポと世界観の説明密度の両立が称賛された。編集者のは、インタビューで「説明が多いのに読ませる」と述べたとされるが、その言葉自体が本作の“矛盾を商品にする”方針を象徴していると評された。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松下ツタヱ「『あっちこっち』連載開始号の設計メモ」『月刊ぐるぐる旅団』第1巻第1号, 海風出版社, 2009年, pp. 3-18.
- ^ 多田モナ「方向税と語感ギャグの相性」『日本コミック編集論叢』Vol.12, 語文舎, 2011年, pp. 77-96.
- ^ 白鴎カイ「迷子の統計は嘘をつくか」『都市言語研究』第4巻第2号, 方角学院出版, 2012年, pp. 41-59.
- ^ 早見スイリ「反省速度はどこで測れるのか」『架空教育とマンガ』Vol.5, 検定機構出版, 2013年, pp. 120-133.
- ^ 『あっちこっち』単行本第3巻 追補資料「迷子ポイント換算表」海風出版社, 2011年, pp. 201-207.
- ^ Margaret E. Crowley, “Cartographic Humor in Japanese Media”, 『Journal of Orientation Studies』Vol.9 No.3, 2014, pp. 12-28.
- ^ 渡辺精一郎「記号としての方向—コマ割り遷移の実務」『マンガ表象学研究』第7巻第1号, 表象学会出版, 2015年, pp. 88-105.
- ^ 小林シオン「アプリ“歩いたつもり”の逆転設計と熱狂」『メディア社会と評価』Vol.18, 斜線出版社, 2016年, pp. 55-71.
- ^ 『迷子学園コミックス』編集部「初版帯の誤植と訂正版の配布記録」『海風広報年報』第2号, 海風出版社, 2017年, pp. 33-38.
- ^ Kuroda, Ryo. “Acchi-Kocchi as a Cognitive Device”, 『Proceedings of the Imaginary Conference on Narrative Systems』Vol.1, 2018, pp. 1-9.
外部リンク
- 海風出版社 迷子学園コミックス公式
- 月刊ぐるぐる旅団アーカイブ
- 藍碧スタジオ アニメ版特設ページ
- あっちこっち 検定コミュニティ
- 方角庁旧倉 見学記(ファンサイト)