あとがきの法則
| 分類 | 認知バイアス、社会心理学 |
|---|---|
| 対象 | 文章読解、会話、報告書 |
| 提唱者 | エリス・A・ハーグリーヴ |
| 提唱年 | 1978年 |
| 主な研究拠点 | ロンドン大学応用認知研究室 |
| 関連現象 | 末尾重視、締め文過信、補足記憶効果 |
| 観測されやすい媒体 | 社内報、回覧文、回顧録、議事録 |
| 影響分野 | 広報、教育、官僚文書、編集学 |
あとがきの法則(あとがきのほうそく、英: Afterword Law)とは、の用語で、においてが本文よりもを強く信じてしまう心理的傾向である[1]。
概要[編集]
あとがきの法則は、文章の結論部や末尾注記に置かれた一文が、本文中の複数の事実よりも高い説得力を持つように感じられる現象である。とくにの行政文書やの学術要旨のように、形式が整っている文書で強く観察されるとされる[1]。
この効果は、読者が「本文は説明、あとがきは真意」という無意識の前提を置くことによって生じると考えられている。また、末尾に配置された控えめな自己言及が、かえって全体の信頼性を引き上げる傾向があるとされ、の一種として扱われる[2]。
定義[編集]
あとがきの法則とは、文章の最後に付された総括的な一文、謝辞、あるいは「なお書き」が、読者の記憶において本文の中心命題を上書きしてしまう傾向をいう。本文が詳細であればあるほど、末尾の短い断言が強く残るという点が特徴である[3]。
では、これは「後置権威化」とも呼ばれ、文章の終端に近づくにつれて読者の警戒心が低下することと関連づけられている。なお、にで行われた追試では、注釈が三段階以上ある文書ほど、最後の注釈だけが異様に記憶されやすいことが示されたとされる[4]。
由来/命名[編集]
この用語は、にの応用認知研究室に在籍していたエリス・A・ハーグリーヴによって提唱されたとされる。彼女は、学会予稿集のあとがきに「本論はすべて仮説であるが、謝辞だけは事実である」と書いたところ、研究内容ではなくその一文だけが委員会で話題になった経験から着想を得たという[5]。
命名の背景には、末のにおける「序文は警告、あとがきは告白」という慣習があったともいわれる。さらに、では40年代の企業広報誌で「結局なにを言いたいのかは最後に書くべきである」とする編集方針が浸透し、これが理論の実証素材として引用されたとの指摘がある[6]。
メカニズム[編集]
あとがきの法則は、主として三つの要因によって説明される。第一に、終端位置にある文は「締め」であるという形式的期待により、内容以上の重みを与えられる。第二に、本文を読み終えた読者は認知資源を消費しており、末尾の短文を再評価する余裕が少ない。第三に、あとがきには筆者の本音が現れるとする文化的信念が、判断を補強する[7]。
また、とされるが、飲食店のレビューや医療説明文のように不安を伴う文脈では、この傾向がさらに強まるという。とくに「以上、異常なし」や「なお、個人差があります」のような定型句が、本文全体の意味を再編成してしまう現象が報告されている。
実験[編集]
初期実験[編集]
ハーグリーヴの初期実験では、被験者216名に同一内容の報告書を配布し、末尾に異なるあとがきを付けた。すると、本文の結論が同じであっても、最後に「以上は暫定である」と書かれた群より、「以上は実務上ほぼ確定である」と書かれた群のほうが、信頼度を平均18.4ポイント高く評価した[8]。
再現研究[編集]
にはの研究班が、会議録風の文章を用いた再現研究を行った。参加者94名のうち67名が、本文中で否定されていた仮説よりも、末尾に置かれた一文を優先して記憶したという。研究班はこの結果を「あとがきの圧縮支配」と記述したが、後に用語が長すぎるとして学会要旨では省略された[9]。
奇妙な追試[編集]
のによる追試では、あとがきの最後に絵文字を一つ入れるだけで、理解度は変わらないのに「親しみやすい内容」と判定される割合が32%上昇した。研究者の一人は、これは理論の本質ではなく「人は最後の一拍を信じる」と説明したが、査読者からは詩的すぎるとして修正を求められた[10]。
応用[編集]
あとがきの法則は、広報文、教育資料、謝罪文、自治体の回覧板などで応用されている。実務上は、本文で複数の条件を慎重に並べたうえで、最後に短い断定を置くと、読者の受容率が上がるとされるの知見と結びついている[11]。
一方で、ではこの効果を利用した「末尾注記戦略」が問題視されることがある。たとえば、長い注意書きの最後にだけ「ただし当社は責任を負わない」と置く手法は、理解を助けるどころか、読者に安心感だけを与える可能性が指摘されている。また、学校現場では作文指導の一環として、あとがきの法則を逆手に取る「最後に疑問文で締める練習」が行われた例がある。
批判[編集]
この理論に対しては、実際には「あとがきが強い」のではなく、「読者が結末を覚えやすいだけではないか」とする批判がある。また、文化差の影響が大きく、語圏では末尾重視が強い一方、では要約の有無のほうが信頼形成に影響するとの指摘もある[12]。
さらに、ハーグリーヴの原著に含まれる統計表の一部が、後年になってから編集部の組版ミスで「あとがき」という見出しだけが二重印刷されていたことが判明し、理論全体の信頼性を疑う声も上がった。ただし、支持者はこれを「二重あとがき効果」と呼び、むしろ理論の補強材料として扱っている。
脚注[編集]
[1] エリス・A・ハーグリーヴ『末尾の説得力に関する基礎研究』ロンドン応用認知研究所紀要、Vol. 12, pp. 44-61, 1979年.
[2] Margaret L. Fenwick, "Terminal Trust and the Afterword Bias", Journal of Social Cognition, Vol. 8, No. 3, pp. 201-219, 1981.
[3] 佐伯真理子『文末配置と判断の歪み』心理測定学評論、第14巻第2号, pp. 73-90, 1986年.
[4] C. D. Wren and H. Feld, "On the Persistence of Closing Statements", Cambridge Review of Behavioral Science, Vol. 17, pp. 88-104, 1984.
[5] エリス・A・ハーグリーヴ『学会予稿の末尾における真実性の過剰評価』非公開配布資料, 1978年.
[6] 斎藤久美『昭和広報誌における結語表現の変遷』編集文化研究、第7巻第1号, pp. 15-29, 1992年.
[7] P. J. Rhoades, "Why Readers Believe the Last Sentence", Applied Psychology Quarterly, Vol. 21, No. 1, pp. 5-26, 1990.
[8] E. A. Hargrave, "A Controlled Study of Postscript Credibility", London Journal of Experimental Letters, Vol. 2, pp. 1-17, 1979.
[9] 大阪市立大学認知行動研究班『会議録読解における終端優位の検討』大阪心理学報、第29巻第4号, pp. 211-228, 1994年.
[10] Ingrid Holm and S. Vester, "Emoji as a Closing Device in Informal Reports", Scandinavian Behavioral Notes, Vol. 6, pp. 99-113, 2007.
[11] 内藤賢一『広報文における結語設計と受容率』社会言語と実務、第11巻第3号, pp. 122-139, 2001年.
[12] H. Beaumont, "Cross-Cultural Variation in End-Weight Effects", International Review of Cognitive Politics, Vol. 4, No. 2, pp. 54-72, 2005.
関連項目[編集]
脚注
- ^ エリス・A・ハーグリーヴ『末尾の説得力に関する基礎研究』ロンドン応用認知研究所紀要、Vol. 12, pp. 44-61, 1979年.
- ^ Margaret L. Fenwick, "Terminal Trust and the Afterword Bias", Journal of Social Cognition, Vol. 8, No. 3, pp. 201-219, 1981.
- ^ 佐伯真理子『文末配置と判断の歪み』心理測定学評論、第14巻第2号, pp. 73-90, 1986年.
- ^ C. D. Wren and H. Feld, "On the Persistence of Closing Statements", Cambridge Review of Behavioral Science, Vol. 17, pp. 88-104, 1984.
- ^ エリス・A・ハーグリーヴ『学会予稿の末尾における真実性の過剰評価』非公開配布資料, 1978年.
- ^ 斎藤久美『昭和広報誌における結語表現の変遷』編集文化研究、第7巻第1号, pp. 15-29, 1992年.
- ^ P. J. Rhoades, "Why Readers Believe the Last Sentence", Applied Psychology Quarterly, Vol. 21, No. 1, pp. 5-26, 1990.
- ^ E. A. Hargrave, "A Controlled Study of Postscript Credibility", London Journal of Experimental Letters, Vol. 2, pp. 1-17, 1979.
- ^ 大阪市立大学認知行動研究班『会議録読解における終端優位の検討』大阪心理学報、第29巻第4号, pp. 211-228, 1994年.
- ^ Ingrid Holm and S. Vester, "Emoji as a Closing Device in Informal Reports", Scandinavian Behavioral Notes, Vol. 6, pp. 99-113, 2007.
外部リンク
- 応用終端心理学会
- ロンドン末尾研究センター
- 編集文化アーカイブ
- 日本結語研究ネットワーク
- 終端認知レビュー