いーじぃ映画とは
| 定義 | 低予算の編集技法と、観客の沈黙を前提にした演出を特色とする映像カテゴリ |
|---|---|
| 主な舞台 | 周辺の倉庫街、路面小劇場、夜間上映スペース |
| 成立時期(通説) | 1928年から1933年の間に語が固定化したとされる |
| 典型的な制作条件 | フィルム缶は3缶以内、撮影日数は最長で4日とされることが多い |
| 代表的な主題 | 通行人の“見なかったこと”と、字幕の遅延による誤解 |
| 関連する技術 | 転換機材の共用(チャーター・リール)、二重書き起こし字幕 |
| 運用団体(架空) | 英国映写者協同組合「」 |
(E.G.えいがとは)は、の地下配給網から自然発生したとされる、低予算ゆえの“間の妙”を売りにする映画ジャンルの俗称である[1]。1920年代末の撮影規格と、のちの社会運動の言語が混線して成立したと説明されることが多い[2]。
概要[編集]
は、上映会の空気を作品の一部とみなす点で、通常の娯楽映画とは異なるとされる概念である。具体的には、台詞と字幕の“着地”をわざとずらし、観客が勝手に補完する余白を前提として設計された作品群を指すと説明されることが多い[3]。
成立の経緯については、1920年代末にで普及した夜間撮影の常態化と、当時の労働記録運動の言い回しが同時期に拡散したことがきっかけだったとする説が有力である[4]。ただし、言葉そのもの(“いーじぃ”)は複数の団体が別々の意味で使用していたとされ、後年になって一括りに整理されたとも指摘されている[5]。
用語の由来と定義の揺れ[編集]
語源については、映画製作者が検収の際に使った“E.G.”を「Extra Grain(追加粒状化)」の略と解する説があり、実際に1930年の試写記録では露光不足を粒で誤魔化す手順が“E.G.手当”と記されている[6]。一方で、撮影監督側ではE.G.を「Editorial Gaps(編集の空白)」の略として口頭で広めたという証言もあり、こちらのほうがジャンルの体裁に合うとされる[7]。
定義に関しては、初期資料が散逸しているため、編集技巧(カット数)・字幕設計(遅延秒数)・音響(無音の尺)など複数の条件が混合されて語られている。とくに“間”の指標として、無音区間の合計が上映時間のを超えると「いーじぃ映画」と呼ばれることがあるという、半ば儀式的な基準がの集会で共有されたと伝えられる[8]。なお、この割合は後年、検閲官の気分で上下したとされ、一次資料に照らすと矛盾があるとされる(ここが笑いどころである)。
歴史[編集]
前史:倉庫街の夜間上映と“検収の穴”[編集]
いーじぃ映画の前史は、周辺の倉庫街で発展した小規模上映会に求められるとされる。映写機の保守が属人的であったため、現場ではフィルムを「3缶」「4日」「1回のリハ」の三点セットで回す慣習ができたと説明されることが多い[9]。
また、当時の配給帳簿では台詞欄が記号化され、台詞の“欠落”が検収の誤差として許容された。ここに注目した編集者の(通称E.G.として署名していた)が、台詞欠落を編集上の演出に転化したという流れが語られる[10]。ただし、グレイザーが本当にその略号を使用していたかは資料の所在が確認されず、後年の伝記で“やけに整えられた”とも評される[11]。
成立:E.G.クラスタと“字幕の遅延”の標準化[編集]
1930年、の内部会合で、夜間上映の共通手順を作る動きがあり、その作業班が「」と呼ばれたとされる[12]。クラスタは映画産業の制度改革を掲げ、検収のたびに“説明文の遅れ”を記録していたという。その遅れが平均で、最大でになっていたという集計が残り、これを“遅延字幕”として標準化したとされる[13]。
このとき、編集規約の条文では「沈黙は削るな、計測せよ」と書かれたと伝えられる。条文の原本には、監査担当が赤鉛筆で丸をつけた箇所があり、そこがのちに“いーじぃ映画とは”の合言葉として引用されるようになったとも言及される[14]。ただし、その条文が存在した証拠は一部の映写機マニュアルの写しに限られ、真偽は一定しないとされる。
社会への拡張:検閲と受容のねじれ[編集]
いーじぃ映画は、検閲が厳しいほど“言えないこと”が増えるという逆説のもとで支持を得たとされる。字幕を遅らせることで台詞の政治性が観客の理解のタイムラグに吸収されるため、現場では“検閲官が読み切れない作品”として消費されたと説明される[15]。
一方で、受容は単純ではなかった。1934年の紙上討論では、いーじぃ映画が沈黙を美化しているとして、学生団体が「沈黙は責任の放棄である」と批判したとされる[16]。ただし同討論は、その後の別号で編集方針が変わって結論が反転したとも言われ、読者が当時の空気を追いにくい構造になったと整理されている[17]。
特徴と演出ルール(現場の“お約束”)[編集]
いーじぃ映画では、撮影よりも“検収の通りやすさ”が先に設計されるとされる。たとえば、がまず決めるのは画面の“欠落予定”であり、台詞は後付けの字幕で補う方針が採用されることが多い[18]。
演出ルールとしては、(1)無音区間の合計が上映時間の、(2)字幕の初回提示は音声より遅らせ、(3)同一場面に“意味のずれ”を2回まで許容する、の三条件が口伝で広まったとされる[19]。なお、この“2回まで”は、編集室の電卓が誤作動した事故の後に採用されたとする逸話があり、細部が妙に生々しいことで知られる[20]。
作品例として、通行人が立ち止まってしまうように撮っておき、実際には何も起きていない場面を“誤解の物語”として成立させる手法が挙げられる。観客は字幕の遅延をきっかけに自分の経験を当てはめるため、同じ上映でも解釈が割れることがあるとされる[21]。
代表的な“いーじぃ映画”とエピソード[編集]
いーじぃ映画とは呼称が先行し、作品ごとのラベルは後付けである場合が多い。そのため、以下は“当時の関係者がいーじぃ的と認めた”とされる文脈でのリスト化であるとされる[22]。
代表作には、字幕遅延によって恋愛関係が“破談”から“再交渉”に反転する(1932年)、無音のカウントダウンが観客の行動を変える(1931年)、そして“通行人の見なかったこと”を主題として掲げる(1934年)が挙げられることがある[23]。
また、撮影場所の混在も特徴で、同じ作品の“外観”がの路地との階段を別テイクで合成したとされる。合成率は推定でと報告されるが、計測担当の記録が片方だけ欠けているため、後に別の推定が発生したとも言われる[24]。このように数値が残るほど、逆に怪しく感じられる点が、ジャンルの面白さでもある。
批判と論争[編集]
批判としては、いーじぃ映画が“観客の補完”を搾取しているという指摘がある。字幕遅延は一種の操作であり、観客の理解を意図的に遅らせることで、責任ある議論を避けているのではないかという論旨であるとされる[25]。
また、ジャンルの“科学化”が過熱したことが問題になったとも説明される。無音率、遅延秒数、編集ギャップ数などを競うあまり、表現の必然性よりも数値の達成が優先されたという反省が、1950年代の回顧記事で言及されている[26]。
さらに、創始者の扱いが揺れている点が争点になることがある。グレイザーを中心に据える系統と、の複数名を起点に据える系統で、出典の整合性が取れないと批評される場合がある[27]。この不一致は“嘘”として扱われることすらあり、研究者の間では「笑えるのに、なぜか資料が多い」という評価が出たこともある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ミハエル・スタンレー『沈黙を編集する技法:E.G.クラスタの記録』Granite Press, 1987.
- ^ エレノア・グレイザー『夜間上映の手順と帳簿の論理』Oxford Civic Studies, 1936.
- ^ James L. Harrow『Cinematic Delays in Urban Warehouses』Vol. 12, No. 3, Film & Society, 1974, pp. 141-189.
- ^ 田中恵里『英国小規模配給の制度化と例外条文』第3巻第2号, 映画史研究, 2001, pp. 55-92.
- ^ S. R. Whitcombe『Extra Grain, Editorial Gaps: A Reconstructed Glossary』Vol. 7, Screen Archive Quarterly, 1999, pp. 9-38.
- ^ 【編集部】『ロンドン夜間検閲と“読み切れない字幕”』Film Policy Review, 第21巻第1号, 1968, pp. 1-33.
- ^ Katherine M. Sorel『The Silence Index and Audience Behavior』International Journal of Media Metrics, Vol. 4, No. 1, 2012, pp. 77-104.
- ^ R. G. McNally『字幕の遅延:11秒神話の成立』Cambridge Minor Works, 1940, pp. 201-247.
- ^ 藤川真琴『数値で語る映画史:無音率の歴史』新潮学芸文庫, 2016.
- ^ E.G.クラスター調査班『倉庫街の撮影規格と3缶運用』London Bureau of Cinema Statistics, 1933, pp. 12-60.
外部リンク
- E.G.クラスタ資料館
- ロンドン夜間上映アーカイブ
- 字幕遅延研究会
- 沈黙の尺コミュニティ
- 地下配給アドレス帳(復刻)