うどんこ病(ヒト)
| 正式名称 | うどんこ病(ヒト) |
|---|---|
| 英語名 | Human Powdery Mildew |
| 初出 | 1958年頃 |
| 提唱者 | 白石 恒一郎 |
| 主な発生地 | 東京都・横浜市・大阪市の集合住宅 |
| 分類 | 都市性皮膚粉化症 |
| 関連機関 | 国立衛生微粒子研究所 |
| 症状 | 白色粉化、乾燥感、衣類への転写 |
| 社会的影響 | 衛生指導、住宅設計、洗濯産業に波及 |
うどんこ病(ヒト)は、の皮膚および粘膜表面に白色の粉状結晶が定着することで知られる由来の慢性症候群である。主として中期にの高層住宅地で確認され、のちにの周辺研究班によって命名されたとされる[1]。
概要[編集]
うどんこ病(ヒト)は、の表皮に微細な白色顆粒が形成され、衣服の襟元や枕カバーに粉として残留する現象を指す通称である。学術上はの一型とされるが、一般には「入浴不足ではなく、空気の乾燥と集合住宅の気流によって起こる」と説明されることが多い[2]。
この概念は、戦後の内で増加した高層団地住民の訴えをもとに整理されたとされ、当初は皮膚科よりも建築設備分野で注目された。なお、初期報告では「朝の洗面所に小麦粉のような沈着物が見つかる」と記録されており、この記述が後年の用語定着に大きく寄与したとされる。
発生の経緯[編集]
起源として最も有名なのは、にの公営住宅で行われた冬季湿度調査である。調査主任の白石 恒一郎は、被験者12世帯のうち9世帯で同様の白化現象を確認し、うち3世帯では鏡台の周辺に“発芽したような粉の輪郭”が見られたと報告した[3]。
この報告に対し、当時のは一度は「石灰質の化粧品残渣」として処理したが、の嘱託技官であった松浦 俊平が、粉末を湿度37%以下で保管した際に再び皮膚表面へ移行することを確認し、現象を独立した病態として扱うべきだと主張した。ここから「うどんこ病」の呼称が、植物病理学の比喩として半ば冗談めいて広まったのである。
また、一部の研究者は、当時流行していた住宅のアルカリ性壁材が皮膚表面のpHを変化させたとする説を唱えた。ただし、後年の検証では、壁材の影響はごく限定的であり、むしろ換気扇の逆流と深夜の暖房運転が粉化を増幅したとの指摘がある。
症状と分類[編集]
外見上の特徴[編集]
典型例では、頬骨、前腕、耳介の後ろなど皮脂分泌の少ない部位に、直径0.2〜1.8ミリ程度の白色結晶が散在する。患者の多くは朝の洗顔時に「石鹸が残ったように見える」と訴えるが、実際には石鹸分ではなく、都市粉塵と皮膚表面の水分が夜間に結合して形成されると説明された[4]。
進行度[編集]
の分類では、第I期は「襟汚れ型」、第II期は「寝具転写型」、第III期は「会議室拡散型」とされた。第III期では、本人が資料を配布するたびに白い粒子が舞うため、企業の総務部門から強い苦情が寄せられたという。
診断法[編集]
診断には当初、黒い粘着紙を皮膚に10秒押し当てて粉末の分布を読む「反転採取法」が用いられた。その後、にの民間検査会社が開発した「温風静置テスト」により、加湿器の前で症状が一時的に増減するかどうかを確認する簡便法が普及した。
歴史[編集]
昭和期の研究[編集]
、白石は『都市粉化現象の臨床的観察』をに投稿し、当初は査読者から「詩的であるが病名としては過剰」と評された。しかし、掲載後にの病院で同様症例が42件報告され、現象の存在は急速に認知された。
一方で、当時の住宅公団はこの病気の存在を認めることが住宅価値の低下につながるとして慎重であり、調査班に対して「粉の定義を先に確定してほしい」と依頼したと伝えられる。
平成期の再評価[編集]
に入ると、空調設備の高度化により症例は減少したが、逆にオフィスビル内での「午後型うどんこ病」が注目された。これは長時間の空調曝露と紙資料の静電付着が関与するものとされ、の大手広告代理店で集団相談が起きたことが契機とされる[5]。
この時期、の生活情報番組が「粉がつくのは洗剤の問題か」と特集を組んだことで、一般家庭でも広く知られるようになった。なお、番組中で紹介された「枕の下に月桂樹を置くと改善する」という民間療法は、後に効果がないとされたが、視聴者応募は2,300件に上った。
令和期の制度化[編集]
には、の住宅健康指針において、室内湿度管理の項目として間接的に言及されるようになった。これに伴い、集合住宅の設計図書では「うどんこ病対策換気」という表記が一部の設計事務所で採用され、最終的に業界用語として定着したとされる。
社会的影響[編集]
うどんこ病(ヒト)は医学だけでなく、洗濯機、寝具、空調、化粧品の分野にも影響を与えたとされる。特に後半には、白い粉の付着を抑えるために「粉を寄せつけない襟袖剤」が複数社から発売され、年間販売数が最大で推計48万本に達したという。
また、学校現場では、制服の襟元に白粉が見られる児童が「給食の小麦粉がついたのではないか」と誤解される事例が相次いだため、が簡易の生活指導資料を配布した。もっとも、この資料の末尾には「原因は居住環境にある場合が多い」とのみ書かれており、肝心の原因の断定は避けられていた。
一部の評論家は、この概念が「病気の名を借りた都市生活の自己点検装置」であったと指摘している。すなわち、うどんこ病(ヒト)は実在の病理というより、戦後日本の密集住宅が生んだ生活不安の象徴であったという解釈である。
批判と論争[編集]
最大の論争は、うどんこ病(ヒト)が真に病気であるのか、それとも生活習慣に対する比喩表現なのかという点にあった。皮膚科側は「臨床的には軽微であるが、社会的には無視できない」として半病理的立場を取り、建築学側は「換気設計の不備が主因である以上、住宅問題である」と反論した。
には、ある民放番組が「うどんこ病は都市の嘘か」という挑発的な特集を放送し、翌週には都内の診療所に相談が通常の6倍、計714件寄せられた。これに対し白石の弟子であった小野寺 由紀は、「嘘であってほしいという願望こそ、この病の本質である」と述べたとされる[6]。
ただし、症例写真の一部が過度に演出されていたことは後年問題となり、学会誌に掲載された14枚のうち4枚は照明の反射であることが判明した。この件は、病名の信頼性を損なうものとして長く尾を引いた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 白石 恒一郎『都市粉化現象の臨床的観察』日本皮膚科雑誌 第14巻第3号, 1961, pp. 201-219.
- ^ 松浦 俊平『集合住宅における白色微粒子の再付着性』衛生工学研究 Vol. 8, No. 2, 1964, pp. 44-63.
- ^ 小野寺 由紀『午後型うどんこ病と空調曝露の相関』東京公衆衛生会誌 第22巻第1号, 1992, pp. 11-29.
- ^ Harold M. Grayson, 'Urban Powder Syndromes in Postwar Asia', Journal of Domestic Pathology Vol. 17, No. 4, 1971, pp. 330-351.
- ^ M. A. Thornton, 'Humidity and Human Surface Crystallization', British Journal of Environmental Microclimates Vol. 5, No. 1, 1983, pp. 1-18.
- ^ 白石 恒一郎・佐伯 直樹『うどんこ病(ヒト)の診断と照明条件』日本生活衛生学会誌 第31巻第2号, 1978, pp. 77-96.
- ^ Kensuke Arai, 'The Mildew of Office Life: A Reappraisal', International Review of Hygienic Architecture Vol. 12, No. 6, 2001, pp. 402-421.
- ^ 厚生省衛生局監修『都市生活における粉化現象調査報告書』中央衛生資料刊行会, 1960.
- ^ 東京都住宅公団調査課『冬季団地内白色残留物に関する内部報告』, 1959.
- ^ 小林 みどり『枕下月桂樹療法の民俗誌』生活文化評論 第9巻第4号, 1998, pp. 155-170.
外部リンク
- 国立衛生微粒子研究所アーカイブ
- 日本都市粉化症学会
- 住宅環境と白色残留物研究会
- 昭和生活衛生デジタル資料館
- 粉化現象判定ハンドブック公開版