うるう年廃止法案事件
| 題名 | うるう年廃止法案事件 |
|---|---|
| 法令番号 | 昭和62年法律第14号 |
| 種類 | 公法 |
| 効力 | 現行法 |
| 主な内容 | うるう年の廃止、補正日制度の導入、暦調整基金の設置 |
| 所管 | 総務省 |
| 関連法令 | 暦調整特例法、官公署日付統一法、閏日処理政令 |
| 提出区分 | 閣法 |
うるう年廃止法案事件(うるうねんはいしほうあんじけん、62年法律第14号)は、上のを段階的に廃止し、・・の日付調整を統一することを目的とするの法律である[1]。略称はうるう廃止法である。が所管する。
概要[編集]
うるう年廃止法案事件は、末期に発生した、暦制度の簡素化をめぐる一連の立法騒動である。法案名に「事件」と付されるのは、の暦算定班との予算担当が衝突し、最終的に「一年を365日で固定する」案が、附則の解釈をめぐって国会で異例の再審議に付されたためである[1]。
この法律は、において「日付の乱れを抑制し、行政文書の整合性を保持すること」を目的とすると規定する。もっとも、実際にはをいかに扱うかが中心論点となり、地方自治体の戸籍窓口や学校現場にまで影響が及んだとされる。なお、は当初、暦調整は政令で足りるとしていたが、国会審議では「法令上の補正日を無視した場合の責任」の整理が争点化した。
事件名の由来については、法案提出直後にの委員会室で配布された要綱に「うるう年廃止」と大書され、これを見た記者がそのまま見出しにしたことが始まりとされる。以後、学術的には「うるう年廃止法案事件」と称されるが、行政文書上は「暦年特例改正案」とされており、この不一致が混乱の原因となった。
構成[編集]
本法は全5章、附則12条から成るとされ、条文上は比較的簡潔であるが、実務上は告示・通達・省令の束によって運用される点に特徴がある。で「補正日」を定義し、で「廃止移行期間」を、で官公署における帳票更新義務を課す。さらにでは、学校教育法令の年度切替えに関する特例が置かれ、の監修を要することが定められた。
第2章には、民間企業が暦変更に対応するための「時刻表再編指針」が規定により組み込まれている。とくに鉄道事業者は、の時刻表を2月末だけ一日早めて印刷し直す必要があるとされたため、印刷会社からは「紙不足より人手不足が深刻である」との指摘があった[2]。また、金融機関についてはこの限りでないとされ、決済システムは別途で処理するとされた。
附則では、施行後最初の閏日を「暦調整記念日」として扱う案が一度盛り込まれたが、祝日の増設と誤認されるおそれがあるとして削除された。この削除が、後年の「祝日陰謀論」の火種になったともいわれている。
沿革[編集]
制定の経緯[編集]
発端はの冬、との合同会議で、うるう年を含む4年間の行政カレンダーが手計算で一致しないことが判明した件にある。会議録によれば、担当官の一人が「四年に一度の一日が、毎回どの省にも属さない」と発言し、これが制度上の“空白日”問題として政治課題化した[3]。
翌、は、暦の修正を新法で行うよりも「2月の最終週に補正日を挿入する」案を推したが、が「棚卸しが毎回ずれる」と抗議したため、政府はうるう年そのものを廃止する大胆な方針へ転じた。これが「廃止法案」と呼ばれる所以である。
法案はに閣議決定され、の通常国会で提出された。だが、提出時の法令番号が「昭和62年法律第14号」と記されていたにもかかわらず、条文の附則に施行とあったため、審議中に「未来法」と揶揄された。
主な改正[編集]
制定後、元年の改正では、2月29日が消滅する代わりに「補正日券」を交付する制度が導入された。これにより、地方自治体の戸籍システムは一応安定したが、航空会社の予約端末には「存在しない日付」が残り、国際線の一部で重複予約が発生したとされる。
改正では、大学入試日程への影響を抑えるため、文部省告示により試験日を前後1日ずらす措置が加えられた。ただし、私立大学側は独自判断で対応したため、同じ年に「実施日が3通りある入試」が出現し、受験産業では伝説的な混乱として語られている。
への改元後も、暦調整基金の残高をめぐり毎年のように通達が発出された。とくにの再点検では、基金の端数が8円不足していたことから、会計検査院が「日付は消えても端数は消えない」と評したという。
主務官庁[編集]
本法の主務官庁はであり、法令上は戸籍、住民基本台帳、地方自治体の日付管理を所管する。実務は同省自治行政局内の「暦制度対策室」が担当し、通称「レキカ」と呼ばれていた[4]。
また、補助的には交通時刻表の整合を、は学校年度の切替えを、は公会計の締切処理をそれぞれ担った。これらの省庁間連絡会は、毎年2月28日の午後4時に開催されることが慣例であったが、法案成立後は「午後4時が毎年短く感じる」との苦情が寄せられた。
なお、第17号により、自治体が2月29日を独自に記載する場合は「暦上の便宜日」と朱書することが義務付けられた。ただし、いくつかの町村では朱書の位置をめぐって住民説明会が紛糾し、議事録が3冊に増えた例もある。
定義[編集]
では、主要な用語が次のように定義される。まず「うるう年」とは、本法の規定により一時的に廃止される暦上の調整単位をいう。次に「補正日」とは、うるう年に相当する処理を行政上肩代わりするため、2月末または3月初に設定される1日のことをいう。
「暦調整対象機関」とは、官公署、学校法人、一定規模以上の事業者その他政令で定める者をいう。また「日付整合義務」とは、帳票、契約書、掲示、放送表記について、同一日付を相互に矛盾なく表示する義務をいう。違反した場合は行政指導の対象となるが、故意にを年1回でも印字した者についてはこの限りでない。
「空白日」とは、実務上存在しないが、会計年度末の処理でしばしば発生する概念であるとされる。もっとも、法制局はこれを「日付ではなく勘定科目の問題」と整理しようとしたが、現場では区別されず、結局、空白日名義の備品シールが大量に作られた。
罰則[編集]
本法の罰則は、第4章にまとめて規定される。第18条は、正当な理由なく補正日を欠落させた帳票を作成した者に対し、20万円以下の過料を科すと定める。第19条は、法令の趣旨に反して2月29日を独自の祝日として周知した者について、是正命令および公表措置の対象とするとする。
さらに第20条では、官公署の電算システムを書き換えずに放置した場合、担当課長に対して「暦順守研修」への出席義務を課す。これに違反した場合、1回につき出席票3枚の再提出が求められるという、実務上きわめて煩雑な制裁が設けられた。なお、罰則といっても刑事罰は原則として想定されておらず、むしろ自治体の事務処理能力を追い込む構造になっているとの批判がある。
一方で、の実施初年度には、ある県庁が誤って「うるう年廃止済」と印字した住民向け広報を全戸配布し、これが「法施行を先取りした優良事例」として表彰されかけた。後に回収されたが、回収率は97.4%で、残りは現在も古書店に紛れて流通しているという。
問題点・批判[編集]
本法に対する最大の批判は、そもそもの公転周期を法律で変更できるかという根源的な点にあった。国会審議では、天文学者のが「暦法と天体運行を同一視してはならない」と証言したが、同時に提出された試算表が2月28日までしか印刷されていなかったため、説得力を欠いたとされる。
また、商慣行への影響も深刻であった。冷凍食品メーカーの一部は、賞味期限ラベルの更新に伴い、同一ロットで3種類の期限シールを貼ることを余儀なくされた。これにより、およびの量販店では「2月29日特売」が慣例化し、逆に消費者が暦変更を待つようになったという逆説的現象が生じた。
学識経験者からは、法律によって時間の連続性を分断するのは「国家による暦の過剰介入」であるとの批判が出された。一方で、当時の幹部は「閏をなくすことで行政が軽くなる」と説明したが、実際には書類だけが軽くなり、会議は重くなったと伝えられている[5]。
なお、要出典とされる逸話として、法案審査の最終局面で議員の一人が「一年に一度の借金返済日が消える」と誤解し、全国の金融機関から一斉に抗議が来たという話がある。真偽は定かでないが、当時の銀行団の議事録に同様の表現が見られるともいう。
脚注[編集]
[1] うるう年廃止法案事件では、実際の公布日と施行日が1か月ずれて記録される例が多い。
[2] 東海道新幹線の時刻修正は、暦調整基金から臨時に11億2,400万円が支出されたとされる。
[3] 1984年12月14日付会議録「暦表の空白について」『自治行政資料集』第8巻第3号、pp. 44-49。
[4] 「レキカ」の正式名称は「暦制度連携監理班」であるとする資料もあるが、統一されていない。
[5] 1987年2月の国会質疑では、答弁時間が異例の78分に達したとされる。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯隆一『暦制度改正史と自治体事務』行政法研究社, 1991.
- ^ M. H. Thornton, "Fiscal Effects of Calendar Abolition in Late Showa Japan", Journal of Comparative Public Administration, Vol. 14, No. 2, 1994, pp. 201-229.
- ^ 渡辺精一郎『閏日と国家統制の法社会学』日本暦学会出版局, 1989.
- ^ 自治省暦制度対策室編『うるう年廃止法案事件資料集』第一法規, 1988.
- ^ Harold K. Benson, "Administrative Consequences of Removing February 29", Public Law Review, Vol. 22, No. 4, 1992, pp. 77-103.
- ^ 高橋みどり『補正日行政の実務』ぎょうせい, 1993.
- ^ 内田健二『暦調整基金の会計処理とその周辺』中央経済社, 1990.
- ^ Eleanor P. Grant, "When Days Disappear: Bill No. 14 and the Japanese Calendar", East Asian Legal Studies, Vol. 9, No. 1, 1995, pp. 11-38.
- ^ 国立天文台暦算定班『公転周期と法令運用の接点』丸善出版, 1992.
- ^ 『平成初期の法案審査と省庁連携』日本行政学会紀要 第17巻第1号, pp. 5-21.
外部リンク
- 暦制度史研究会アーカイブ
- 自治体法令資料室
- 日本補正日協議会
- 国会会議録デジタル仮想館
- 暦調整基金公開台帳