うんう
| 名称 | うんう |
|---|---|
| 分類 | 短音肯定・鼻腔共鳴型の応答慣習 |
| 成立 | 1897年頃 |
| 提唱者 | 斎藤 玄之助 |
| 発祥地 | 東京市本郷区 |
| 主な用途 | 同意、保留、間投、舞台上の受け流し |
| 関連機関 | 帝国音声研究会 |
| 普及時期 | 大正末期〜昭和初期 |
| 派生形 | うんう返し、三拍うんう、片鼻うんう |
うんうは、発声の直前に喉頭蓋をわずかに閉じ、鼻腔共鳴を反復させることで得られる短い肯定音の一種である。19世紀末の言語生理学講座で体系化されたとされ、のちに内の口承芸能からの即興演劇へ広まった[1]。
概要[編集]
うんうは、見かけ上は単純な相槌であるが、音韻史においては独立した「準語彙的応答」とみなされることがある。特に後期からにかけて、都市の会話速度が上昇したことにより、二拍で意図を伝える圧縮表現として需要が高まったとされる。
一方で、うんうは単なる肯定を意味しない点に特徴がある。承諾、保留、聞取確認、話題転換の四機能を同時に含むと説明されることが多く、国会速記官や寄席の文士がこれを重宝したという記録が残る[2]。ただし、初期の研究者の間では、実際には「うん」から「う」の母音が脱落しきらない地方訛りにすぎないという反論もあった。
歴史[編集]
成立の経緯[編集]
うんうの成立は、に生理学教室で行われた「鼻腔閉鎖音の持続時間測定」にさかのぼるとされる。主任助手であったは、被験者が寒冷刺激下で発した「うん、うん」という反応を観察し、その後に続く母音の揺れに着目した[3]。彼はこれを「応答の二重化」と呼び、のちに著書『口唇と鼻梁の協約』で理論化した。
同時期、の貸本屋では、講釈師が観客の反応を短く拾うためにうんうを多用していたとされる。講釈の拍子木に合わせて使うと観客の集中が増し、平均で再聴率が17.4%上昇したというが、当時の集計方法はかなり粗い。
制度化と流行[編集]
、が通話礼儀の標準化を進めるなかで、電話交換手向けの研修資料に「うんう式確認応答」が暫定採用された。これは相手の発話を遮らず、かつ受話器越しのノイズでも判読しやすいという利点があったためである。
その後、開局前夜の試験放送で、アナウンサーの滑舌訓練に取り入れられたことから一般家庭へ波及したとされる。なお、当時の録音盤には一部「うぬ」と聞こえる箇所があり、研究者の間で「うんう・うぬ混淆説」が根強く残っている。
戦後の再解釈[編集]
になると、うんうは単なる同意よりも、沈黙を円滑にする技法として再評価された。特にのバー文化では、客が長い話を遮らずに相づちだけ返すための形式として定着し、ママ同士の間では「二拍で受けるのが粋」とされた[4]。
にはの外郭研究会が、うんうを「高度圧縮対話様式」に分類する報告書をまとめたが、地方別の調査では北部で使用率が0.8%にとどまり、全国普及説に疑義が呈された。
分類と用法[編集]
音声学上の分類[編集]
音声学では、うんうは有声鼻音連鎖に近いが、実際には話者の呼気配分が重要であるとされる。第一拍「うん」で理解の受領を示し、第二拍「う」で保留と続きを促すため、会議や口述筆記で極めて有効とされた。
の記録によれば、熟練者は0.42秒以内にうんうを発し、相手の語尾と重ならないよう調整していたという。逆に0.7秒を超えると「興味のない聞き流し」と誤認される危険が高まる。
社会的用法[編集]
うんうは、家庭内では親子間の受け渡し、職場では上司の長話の受理、茶席では沈黙の維持に用いられた。とりわけ後の共同仮設住宅では、騒音の中でも通じることから「復興相槌」とも呼ばれた。
一方で、過度な使用は「うんう疲れ」を引き起こすとされ、の雑誌『会話と生活』では、1時間に28回を超えると注意力が散漫になるという調査結果が掲載された。もっとも、この数値は編集部員3名の座談会から得たもので、信頼性は高くない。
地域差[編集]
うんうは全国一律の表現ではなく、地域ごとに微妙な揺れを見せる。では語尾が上がり、同意よりも婉曲な否認を含むとされ、では逆に勢いをつけて返すことで笑いの導入句として機能したという。
の一部では「うんうよ」と三拍化した形式が確認されているが、これはの火山灰対策で口を大きく開けにくかったために生じた補償発音だと説明されることがある。なお、では冬季に鼻腔が冷えすぎるため、うんうが「んうん」に転化するという珍説もある。
批判と論争[編集]
うんうをめぐっては、そもそも独立した語といえるのかという議論が根強い。国語学者のは「二回繰り返された鼻音にすぎない」と主張し、これに対しては「反復の様式こそが社会的意味を持つ」と反論した[5]。
また、のテレビ討論で、コメンテーターがうんうを多用した結果、視聴者アンケートの「理解できた」「理解できない」「なんとなく理解した」がほぼ三等分され、以後「三分割応答論争」として知られるようになった。なお、文化人類学の一部では、うんうは都市生活における擬似的な共同体維持装置であるとされるが、要出典のまま放置されている。
文化的影響[編集]
うんうは演劇、放送、文筆の各分野に影響した。新劇では台詞の間をつなぐ技法として採用され、朗読会では観客の咳払いを包み込む効果があるとされた。昭和中期のラジオドラマ『夕立前の三分間』では、主人公が一度も本題に入らないままうんうだけで場面を成立させたため、名場面として記憶されている。
には企業研修に取り入れられ、営業職向けの「うんう強度測定」が流行した。測定器はの文具メーカーが試作したが、実際には単なるストップウォッチに耳当てを付けたもので、部品代の7割が外装に消えていたという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 斎藤玄之助『口唇と鼻梁の協約』帝国音声研究会出版部, 1904年.
- ^ 高瀬 恒一「応答音の二重化に関する覚書」『言語生理学紀要』Vol. 12, No. 3, pp. 41-68, 1911年.
- ^ 小川みえ『沈黙を受ける技法』青雲社, 1932年.
- ^ 山本嘉一郎「電話交換業務における短応答の標準化」『内務通信月報』第8巻第2号, pp. 9-22, 1922年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Nasalized Acknowledgment Forms in Urban Japan," Journal of Comparative Pragmatics, Vol. 7, No. 1, pp. 101-129, 1958.
- ^ 高瀬 恒一・田代あき子『会話の圧縮と都市生活』東亜文化出版, 1969年.
- ^ 文化庁外郭研究会『高度圧縮対話様式に関する調査報告』文化資料叢書14, 1978年.
- ^ 井上三郎「三分割応答論争の経過」『放送研究と世論』第21巻第4号, pp. 77-93, 1965年.
- ^ Kobayashi, R. "The Economics of Interjectional Timing," Tokyo Review of Phonetics, Vol. 19, No. 2, pp. 15-44, 1984.
- ^ 『うんうの社会史: 鼻腔と礼儀の百年』北辰書房, 1991年.
- ^ 『片鼻うんう研究序説』東西言語学院紀要, 第3巻第1号, pp. 1-17, 2002年.
外部リンク
- 帝国音声研究会アーカイブ
- 会話圧縮史資料館
- 東京口承文化データベース
- 日本相槌学会
- うんう普及連絡協議会