うんちのお塩
| 分類 | 民俗調味・衛生関連の疑似化学製品 |
|---|---|
| 主原料 | し尿由来の分離画分(とされる) |
| 想定用途 | 代替塩・保存・民間療法 |
| 成立の舞台 | 江戸湾岸の下町(とされる) |
| 代表的な製法 | 低温乾燥→灰化→濃縮 |
| 規制状況 | 法規上の正式な食品規格は持たない(とされる) |
(うんちのおしお)は、し尿由来の微量成分を濃縮する工程から発想されたとされる「塩」に関する民俗技術である。主に代替調味や民間治療の文脈で語られ、地域の衛生政策と密接に絡んで拡散したとされる[1]。ただし、その製造実態や安全性には複数の疑義が呈されている[2]。
概要[編集]
は、名称の過激さとは裏腹に、塩(食塩)に似た結晶を得る“ものづくり”として語られることが多い概念である。伝承では「人体の不要物は自然界の資源でもある」という発想から、廃棄物に含まれるミネラル分を回収したものとされている[1]。
文献上は「代替塩」として扱われる一方で、漬物の塩加減調整や、皮膚の“浄化”を狙う民間療法にも転用されたとする記述がある。さらに、や周辺自治体が進めた下水・し尿処理の制度整備の過程で、民間の回収業が半ば公然と語られ、その“倫理”が争点化したとも説明される[3]。
このため記事では、実在の衛生科学とは距離を置きつつ、伝承と制度の物語として体系化された「うんちのお塩」の作法・流通・社会的影響を概観する。なお、ある研究者は「塩であると見なした瞬間に議論が塩分濃度の外へ逃げる」と述べたとされるが、出典は所在不明である[4]。
歴史[編集]
起源:江戸湾岸の“灰色の計量”[編集]
起源は後期、周辺の“灰”を扱う職人とされるが、浜辺の塩場が旱魃で揮発しにくくなった年に、別ルートの結晶を試したことに求める説がある[5]。この説では、灰化の温度を「湯気が消える直前の340℃」と記録しており、妙に具体的な数字が信憑性を補っている。
また別の系譜では、暦の改訂期に発生した“数え間違い”が発端とされる。すなわち、当時の米蔵検査で用いられていた「塩袋の目方」が、1袋あたり約12グラム単位でズレて発覚し、検査官が代替案として「回収結晶の試験」を提案したという筋書きである[6]。この話は、のちの衛生講習で「ズレは罪であり、では余りは正義か?」という標語に変換され、うんちのお塩の“道徳的魅力”として残ったとされる。
なお、これらの起源説には、実際の製法と整合しない点があるとされ、後年の編集者は「記録は残酷に整然としているが、現場は整然としていなかったのではないか」と注釈したとされる[7]。
制度化:衛生政策と“合法っぽさ”の綱引き[編集]
明治に入ると、系の衛生指導で「臭気の低減」が強く求められ、し尿の乾燥・回収が増えたという文脈がある。ここで回収業者は、回収物が直接食品になるわけではないとしながらも、代替塩としての需要を“試験的に”満たそうとしたとされる[8]。
特にの問屋街では、月ごとに「試供結晶 3.2kgまで」といった社内規定が作られたと記録されている[9]。数字は断片的だが、当時の帳簿様式(“kg”ではなく“斤”換算)から逆算され、結果として3.2kgという端数が残った、と語られることがある。
一方で、とは無関係とされながらも、食用に近づけるほど監督が必要になるという論争が起きた。衛生担当のは「塩は塩であり、由来が何であれ結晶の形は嘘をつかない」と講演したとされるが、後日この発言は“結晶の形は嘘をつかない、しかしヒトの胃は嘘をつかない”に要約され直されたという[10]。この修辞が、うんちのお塩のPR文言として一部地域に残ったとされている。
拡散:非常用備蓄と民間療法の二重回路[編集]
大正末〜昭和初期、災害時の備蓄が議論されると、代替塩という言葉が“非常用”の色を帯びた。ある自治体資料では、12年の備蓄点検で「代替塩箱(仮称)を10箱」設けたとされるが、箱の中身の実態は「検査員の気分次第」とも書かれたという[11]。この書き方が却って伝説性を高め、うんちのお塩が“非常時の希望”として語られる土壌になった。
民間療法のルートでは、皮膚刺激の強弱を調整できるとして、患部に当てる“薄い結晶水”が話題になったとされる。伝承では「塩水 0.08%を2分だけ」といった超具体が出てくるが、これが安全性ではなく、施術者の記憶のクセを示しているのではないかという見方もある[12]。
また、戦後は復興とともに食材の流通が改善し、うんちのお塩は表舞台から退いたとされる。しかし、退いたぶんだけ“やったことがある人が語る話”になり、結果として口伝が増えて、定義がさらに曖昧になったと説明される。
製法と特徴[編集]
伝承的な製法は、原料の乾燥と灰化により、可溶成分を回収し結晶化させる工程として語られることが多い。工程名は地域により変わるが、共通して「低温乾燥」「灰化」「濃縮」「冷却」の順で説明される[13]。
もっともよく挙げられる指標は“結晶の見え方”である。たとえば、南関東の回収業者の口伝では、湯気が引いた後に棒で攪拌したとき、結晶核が「2〜3秒遅れて浮く」場合は“当たり”とされたという[14]。科学的根拠というより、職人の勘定が数値化された結果として理解されることもある。
一方で、色や臭いの評価もセットで語られる。とくに“白さ”の基準が厳しく、の一派では「白度を石鹸紙で判定し、紙に指紋が残れば不合格」といった奇妙な判定法が伝わったとされる[15]。これらの基準は、後の検査官に笑われながらも、なぜか記録だけは丁寧に残ったという。
なお、ある記事では、生成物を“塩”と呼ぶ条件を「舌に乗せてから10秒以内に“しょっぱさ以外の後味”が出ないこと」とする記述が確認される。しかし、出典は写しのみで、原本は燃えたとされるため、評価は定まっていない[16]。
流通と社会的影響[編集]
うんちのお塩は、通常の食塩と同じ経路では流れなかったとされる。代替塩としては、問屋街では“調味料見本”として小分けにされ、病院や町工場では“衛生用品”の名目で置かれたという二重の顔を持ったと説明される[9]。
この仕組みが社会に与えた影響としては、第一に「廃棄物の再資源化」が語りやすくなった点が挙げられる。極端な言い方だが、うんちのお塩の存在は“汚いものを片づける”から“汚いものを価値に変える”へ、感情のベクトルを変えたとされる[17]。
第二に、衛生の語り方が変質した。つまり、健康を守るための規制が、「誰がどの名目で回収するか」という制度設計の問題として見られ、議論が“善悪の由来”へ傾いたという。実際、の衛生講習会では、うんちのお塩を話題にするだけで受講者の表情が割れることが記録されている[18]。
第三に、備蓄や災害対応の議論が“塩”の比喩に絡んでいった。非常時の要点を「食べ物」ではなく「水・塩・匂い」と並べる自治会が増えたという証言があり、結果として塩が“味”ではなく“生活の整合性”を象徴するようになったとされる[11]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、安全性と法的区分である。衛生当局は、仮に結晶が塩に類似していても、由来の管理ができない限り食品として扱えないとする立場を取ったとされる[19]。ただし、当時の監督が“臭いの強さ”に寄りすぎたため、実態よりも印象で判断しているのではないかという反論もあった。
また、研究者の間では「塩としての機能」と「体内での振る舞い」の単純同一視が問題にされた。とある学会講演では、結晶の形がそろっていてもイオンの混入割合が異なり得る点が指摘された[20]。このとき登壇者は「白いものほど信用され、信用された白いものほど危ない」と言ったともされるが、議事録にそのまま載っているかは不明である[4]。
さらに、民間療法側からは「規制が厳しくなるほど、薄め方だけが上手くなる」という皮肉な主張が出た。たとえば、薄め液の濃度を「0.05%」から「0.03%」へ落としたところ、患部の赤みが減ったとする報告が回覧されたという[21]。ただし同じ回覧には「減ったのは赤みではなく、観察者の期待だった」とも書かれているとされ、論争は収束しなかった。
このように、うんちのお塩は“技術”として語られるほど、倫理と行政の境界で揉め続ける性格を持ったとまとめられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『湾岸廃灰の回収と結晶化手順』内海書房, 1912.
- ^ 高橋昌実『衛生講習会の記録:臭気と由来の政治』日本衛生学会誌編集部, 1934.
- ^ 松田楓子『代替塩の周辺:行政文書に残る“仮称”』海図出版, 1987.
- ^ Eleanor M. Sutter『Crystallized Morality: Salt Analogues in Local Policy』Journal of Applied Folk Chemistry, Vol.12 No.3, pp.44-61, 2001.
- ^ 田中六郎『回収物の“白度”検査とその誤差』中央衛生研究所年報, 第8巻第2号, pp.113-129, 1959.
- ^ 島津順一『災害時の食塩像と語彙の変遷』防災文化研究叢書, 1976.
- ^ Kenta Ishikawa『Odor Indexing and Misclassification in Municipal Inspections』Proceedings of the Public Health Fiction Society, Vol.5, pp.1-19, 2010.
- ^ 鈴木恭介『民間療法の数値化:0.08%の系譜』杏林民俗医学会紀要, 第3巻第1号, pp.77-90, 1995.
- ^ M. J. Valera『Waste-to-Resource: A Comparative Mythography』Cambridge(※タイトルが微妙に不正確), Vol.2, pp.201-229, 2018.
- ^ 『東京都衛生講習会 旧資料綴』東京都立公文書館(架蔵), 1938.
外部リンク
- 結晶職人の記憶アーカイブ
- 非常用備蓄語彙研究所
- 灰化工程データベース(民俗篇)
- 衛生行政文書の奥付
- 臭気と政策の年表(非公式)