うんちんちん
| 名称 | うんちんちん |
|---|---|
| 別名 | 運賃調べ、荷重符牒、ちんちん勘定 |
| 成立 | 18世紀末から19世紀初頭 |
| 起源地 | 大坂北浜・堺筋周辺 |
| 用途 | 荷駄の概算、口頭契約、夜間の積荷確認 |
| 主な使用者 | 廻船問屋、飛脚仲間、荷車請負人 |
| 衰退 | 中期にほぼ消滅 |
| 再評価 | 以降、民俗学と物流史の境界領域で研究 |
| 関連文書 | 北浜荷目録、堺筋聞書、運賃定式覚書 |
うんちんちんは、後期にの運送商人たちのあいだで用いられた、荷駄の重量を口頭で測るための符牒である。のちに期の民間研究者によって再発見され、系の委員会で半ば冗談めかして体系化されたとされる[1]。
概要[編集]
うんちんちんは、荷物の個数・重量・運賃を、定型句と短い拍で素早く照合するためのである。とくにの問屋街では、計量器が十分に普及する以前に、口頭での確認を補助する実務用語として重宝されたとされる。
名称の由来については諸説あるが、もっとも有力なのは「運賃」を示す「うん」と、荷締めの合図に用いられた「ちんちん」が結びついたとする説である。なお、の古文書班がに公開した写本には、同語が「うんちんちん一拍」として記されており、これは当時すでに半ば儀礼化していたことを示すと解釈されている[2]。
歴史[編集]
成立と初期の使用[編集]
最初期の記録は3年の『北浜荷受帳』に見えるとされ、そこでは米俵12俵を「うんちんちん二たたき」と表記している。これは単なる方言ではなく、夜間に帳場の灯が弱い状況でも誤認しにくいよう、語頭と語尾を揃えた実用的な工夫であったという。
の荷駄仲間では、重量の誤差が5匁を超えると罰金ではなく、茶請けの菓子を1箱差し出す慣行があったとされる。研究者のは、この制度が「笑いによる秩序維持」を目的としたもので、うんちんちんの普及を加速させたと論じている。
明治期の再編[編集]
12年、の臨時調査局が地方物流の聞き取りを行った際、うんちんちんが「旧式の拍子語」として報告された。報告書には、の問屋が一語で積荷の責任分界を決めるための簡便な慣習であった、とまとめられている。
ただし、同調査の付録には、調査員自身が語感の面白さに引きずられ、三日連続で同語を復唱していた記述があり、後年の編集者から「観察対象への感情移入が過ぎる」と批判された。にもかかわらず、この逸話がきっかけとなって、うんちんちんは民俗語彙として一度学界に入ったのである。
戦後の再発見と保存運動[編集]
28年、の整理作業中に、荷札の裏に書かれた「うんちんちん三重積み」の走り書きが見つかった。これを契機に、民俗学者のは、港湾労働者への聞き取りをとで計47名に実施し、うち19名が似た拍子語を記憶していたと報告した。
一方で、保存運動が進むほどに本来の意味が曖昧化し、には「親しみやすい運賃の擬音」だと誤解する広告文が現れた。これが逆に一般層への浸透を生み、うんちんちんは資料のなかで生き残ることになったのである。
語義と用法[編集]
うんちんちんは、単独で用いられる場合と、数詞を伴って用いられる場合とがある。前者は確認の合図、後者は積載段階の宣言であり、たとえば「うんちんちん一拍」は軽量荷、「うんちんちん四拍」は長距離輸送向けの荷を示したとされる。
また、の一部商家では、支払済みを示す際に「ちんまで済み」と言い換える習慣があり、これが後に学生の間で面白がられて誤用された。なお、とされるが、の旧家から出た帳簿には、同語に応じて番頭が箸を二度打つ所作が記されている。
社会的影響[編集]
うんちんちんの影響は、物流史にとどまらず、庶民の言語感覚にも及んだとされる。語感の反復性が強いため、子どもの遊び歌や寄席の小噺に取り込まれ、では荷物を抱えたまま言い間違える人物の定番表現として使われた。
さらにの鉄道貨物の近代化にともない、旧来の口頭検量が消えていくと、その喪失感がかえって郷愁を呼んだ。関係者の間では、うんちんちんを知らない若手職員が「言葉だけで帳尻が合う時代」を夢物語として語ったという逸話が残る。
批判と論争[編集]
もっとも、うんちんちんの実在性については早くから疑義が呈されていた。のは、の論文で「資料の大半が後世の脚色を含む可能性がある」と指摘し、語源をめぐる諸説を一括して保留すべきだとした。
これに対し、民俗学側は「実務で使われた語が文献に残りにくいのは当然である」と反論したが、にの演習で提示された模写資料に、明らかに別の語の上から書き直した痕跡が見つかったため、議論は再燃した。なお、支持派の一部はこの書き直しを「現場の息遣い」と呼び、かえって証拠として評価した。
現代における位置づけ[編集]
に入ると、うんちんちんは実用語としてではなく、地域文化の記号として扱われるようになった。では、年1回の企画展示で荷札・勘定帳・口伝の再現コーナーが設けられ、来場者数は平年で約8,400人前後とされる[3]。
また、物流教育の現場では、誤配防止の反面教材として紹介されることがある。たとえばにの専門学校で行われた講義では、学生が「語感は覚えたが制度がわからない」と感想を書き、担当教員がそれを「まさにうんちんちんの本質である」と評したという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 浅野寛一『北浜荷目録の研究』関西物流史研究会、pp. 41-68、1998年.
- ^ 森下京子『港湾労働と言語の揺らぎ』大阪民俗学叢書、第12巻第3号、pp. 102-119、2004年.
- ^ 島村榮一「拍子語の生成と消滅」『国語学評論』Vol. 27, No. 2, pp. 14-39, 1949.
- ^ 藤原みどり『運賃符牒の社会史』港都出版社、pp. 7-94、2011年.
- ^ T. H. Watanabe, “Rhythmic Trade Speech in Late Tokugawa Osaka,” Journal of East Asian Vernacular Studies, Vol. 9, No. 1, pp. 55-81, 2002.
- ^ Margaret A. Thornton, “Counting by Sound: Memorized Freight Terms in Japan,” Transactions of the Folklore Logistics Society, Vol. 4, No. 4, pp. 201-226, 2015.
- ^ 中村由佳『荷車とことばの民俗誌』青弓社、pp. 118-153、2009年.
- ^ 平山敬一「明治期調査局資料にみる擬音運賃表現」『交通史研究』第18巻第1号、pp. 3-27、1987年.
- ^ Richard P. Ellison, “A Note on Unchinchin and Other Japanese Cargo Chants,” Asia-Pacific Philology Review, Vol. 11, No. 2, pp. 90-97, 1991.
- ^ 大阪市立図書館編『荷札裏面資料目録』大阪市文化資料刊行会、pp. 233-241、1963年.
外部リンク
- 大阪荷語アーカイブ
- 北浜口伝データベース
- 日本物流民俗学会
- 堺筋古記録研究所
- うんちんちん保存委員会