うーたんとブータンの関係
| 対象 | の民俗儀礼と「うーたん」関連資料 |
|---|---|
| 起点とされる時期 | 前後(初出とされる同人誌) |
| 中心地 | 、周辺(聞き取り調査地点) |
| 主な論点 | 音声・贈答・境界儀礼の共通性 |
| 波及先 | 旅行企画、学校教材、民間企業のノベルティ |
| 研究形態 | 比較民俗学・音響人類学・メディア史 |
うーたんとブータンの関係は、の各地に伝わる「音(おと)に宿る贈答儀礼」と、民間で流通したキャラクター「うーたん」にまつわる民俗学的な関係を指す呼称である[1]。両者の関係は、観光庁系の記録や少数の学術誌に断片的に現れる一方、後年にはメディアによって“国民的コラボ”のように語られるようになった[2]。
概要[編集]
は、うーたんが“ただのマスコット”ではなく、音声を媒介に贈答を成立させる儀礼の型に連動して理解されてきた、という説明で構成される概念である[1]。
この呼称は、民間の語りとして先行し、のちに「音響人類学」領域の研究者が、ブータン側資料の語彙と、うーたん関連の文言が「同じ語形の癖」を共有する点を根拠に「関係」として整理したことにより広まったとされる[3]。
ただし、研究の多くは断片的であり、特に初期資料の保管状態(見開きが欠けた写本、テープ巻きの劣化など)から、どこまでを一次情報として扱うかについて揺れがあるとされる[2]。この不確実性こそが、後年の“嘘っぽいほどリアルな物語”を生みやすかった要因とも指摘されている[4]。
歴史[編集]
起源:『音便(おんびん)』の誤読と同人誌の誕生[編集]
伝承では、ブータンの古い贈答儀礼が「音便」と呼ばれていたとされる。ここでの「便」は郵便の便ではなく、音(おん)の波が境界を“運ぶ”という意味だと説明されることが多い[5]。
一方で日本側では、に小規模サークル「ラボ札幌同好会」が『うーたん音便記(おんびんき)』という冊子を出したとされる。この冊子は、ブータン語の短い語句を誤って“うーたん”と聞き取り、さらに手描きの口型(こうがた)を付けたため、後年に「うーたん=音便の擬人化」と解釈される土台になったと推定されている[6]。
当時の冊子は全体であり、第ページだけ印刷が薄く、読めない行を「うー…たん」と勝手に補ったのが、関係説の根っこだとされる。補筆の根拠は「インクの匂いが甘い」ことだったとも記録されており、後の研究者は“匂いを根拠にした民俗”と評している[7]。なお、このページが欠けていたとする別資料もあり、整合性は低いが面白さは高いとされる[8]。
拡大:ティンプー学習用『響きの授業』と観光行政の巻き込み[編集]
1980年代後半、の一部校区で「響きの授業」が導入された。授業は机の上で木片を叩く実習を含み、児童が作った“贈答音”を学級内で受け渡す形式だったとされる[9]。
この授業が注目されたのは、教師用の小冊子に、なぜか「うーたんの口型図」が挿入されていたためである。口型図には「→の谷をで戻す」といった、やけに具体的な時間指示が書かれていたと報告される[10]。研究者の一部は、これが音響計測(単位:秒、ただし測定器は不明)に基づく可能性を指摘しつつも、実測可能性の低さから「教材編集者の夢」が混入した可能性も同時に述べている[11]。
さらに1992年、の前身に相当する部署が、ブータン訪問者向けに“うーたん音便セット”をノベルティとして配布したとされる。セット内容は「小型鈴+口型カード+説明リーフ」で、配布数はとされる[12]。この数字の出所は不明であるが、なぜか申請書の控えが残っていたという証言があり、控えの筆跡が別人のものだったという指摘もある[13]。
定着:パロ周辺の“境界テープ”とメディアによる物語化[編集]
定着期には、周辺で「境界テープ」と呼ばれる音声記録が作られたとされる。境界テープは、儀礼の直前に寺院の外周を歩きながら、決まった節回しで“返礼の音”を録音するものである[14]。
この録音に、うーたんの声として紹介される音声が混入していたという逸話が広まり、後年のドキュメンタリー番組では「ブータンの音が日本のうーたんに変換された」と説明された。もっとも、その番組のテロップはしばしば「秒数カウント」を誤表示し、視聴者が「嘘がプロっぽい」と笑ったことで逆に話題になったとされる[15]。
なお、1999年に放送された番組の脚本メモには「BGMは拍で止める」とあり、録音担当は「その拍数では間に合わない」と抗議したが採用されたと報じられている[16]。この矛盾こそが、関係説の“ありえそうな嘘”の再現装置になったと考えられている[4]。
社会的影響[編集]
「うーたん=音便」という読み替えは、ブータン訪問の動機を“自然”から“音の儀礼体験”へと一部誘導したとされる[17]。旅行会社は、宿のロビーで「うーたん式の返礼」を教えるツアーを組み、説明が難しいときは口型カードを配る運用が取られたと報告される[18]。
教育面では、授業の一部が学校教材として採用されたとされ、地方紙は「児童の発声が揃うと、いじめが減った」と短絡的に書いたと指摘されている[19]。ただし当該記事は統計の出典が弱く、「学級担任がそう感じただけ」とする批判も同時に存在した[20]。
企業面では、ノベルティの標準化が進んだ。ティンプーの土産店「ドゥルック工房」では、うーたんの口型を印刷した鈴をまでに計個販売したとする推計が出回ったとされる[21]。もっとも、この数字は領収書に基づくのではなく「棚の数を数えた」だけだったという噂もあり、物語の確からしさが“運用”として残っていった様子がうかがえる[22]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、一次資料の欠落と、うーたん側がどの段階で“解釈”から“実体”へ格上げされたのか不明である点にある。比較民俗学の研究者は、口型図が本当にブータンの教材に由来するのか、翻訳者の創作なのかを分解して検証すべきだと主張した[23]。
また、観光ノベルティの配布数が極端に具体的であることについて、「行政文書は桁を揃える癖がある」という指摘がなされた一方で、桁合わせが“嘘のための嘘”になっている可能性が示唆された[12]。この点は「物語としての説得力を優先した結果」とも評価されたが、学術的には要出典であるとして一部で扱いが変わった[2]。
さらに、境界テープの音声混入については、「別の観光番組の音源を流用したのではないか」という疑義が出た。しかし当事者は「混入というより、文化の重なりだ」と反論し、結果的に“科学ではなく物語が勝つ”形で定着したと記されている[15]。この勝ち方が、関係説を笑えるほど現実的にした、とする編集者もいる[24]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Rinchen Tashi『音便儀礼の伝承語彙:第3郡資料』チベット音響学会, 2004.
- ^ Margaret A. Thornton「Comparative Syllabic Fits in Folklore Labeling: The Uutan Case」『Journal of Translingual Ritual Studies』Vol.12第1号, 2007, pp.41-63.
- ^ 小林和馬『誤聴が生む民俗:同人誌編年の方法』東京民俗叢書, 2011.
- ^ Sangay Dorji『ティンプー教育における反響実習の実態』パロ大学出版局, 1998, pp.77-89.
- ^ 橋口直実『観光ノベルティと行政書式の数字癖』官公庁史研究会, 2016, pp.12-27.
- ^ Tenzin Karma「Border-Tape Practices and the Ethics of Remix」『Ethnomusicology & Media』Vol.5第4号, 2013, pp.201-219.
- ^ 佐藤藍『口型図の記号論:教材挿絵は誰が描いたか』青海出版社, 2019, pp.55-70.
- ^ The Uutan–Bhutan Archive Project『未整理音声の巻き戻し:1990年代聞き取り報告』国際民俗音響アーカイブ, 2021, pp.3-18.
- ^ 田村秀樹『ブータンと日本の“変換”史(誤植だらけの版)』筑波文理書房, 2015, pp.90-104.
- ^ R. Tashi『音便儀礼の伝承語彙:第3郡資料(改訂版)』チベット音響学会, 2004, pp.1-9.
外部リンク
- Uutan-Bhutan 音便アーカイブ
- ティンプー響き教育センター
- 口型カード研究会
- 境界テープ・データベース
- ドゥルック工房 収蔵品案内